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§第02話 断崖から頂上へ

 同時刻。同じ山中に二人の人間の姿があった。先の自転車男とは違う。二人共登山者らしい格好をし、かなり大きな背嚢を背負っている。


 と、一人が蹌踉(よろ)めいた。同じ山中ではあるが、自転車男が登る道とは様相が異なる。


 薄明に照らされたその道の片側は断崖絶壁であった。


 二人の内小柄な方が前を歩く。鳥打ち帽(ハンティング)を目深に被っているので表情は見えない。やや離れて中肉中背の体格の男。先ほど蹌踉めいたのはこちらだ。二人とも手に持ったランプで道を照らしながらゆっくり登っている。掌中に隠れるほどのコンパクトサイズながら十分に明るい。後ろの男が前に話しかけた。


男  おいアキラ。アキラ!ちょっと待てよ。おい!


 声からしておっさんだな。小柄な方は大きな荷をものともせず足取り軽く登っている。身体のコアマッスルがしっかりしていて、身の熟しにしなやかさがある。おっさんの方はどうも足許が覚束ない。二人の距離は自然に拡がるばかりである。


 と、アキラと呼ばれた小柄な方が振り返った。


アキラ  なんすか課長

男  アキラ~。ちょっと待てよ焼尭暁(やけたかあきら)。アキ あ


 男は何かに躓いてまた蹌踉めいた。焼尭暁。やけに横棒の多い名前だ。触れると痛そうだ。暁は立ち止まった。


暁  大丈夫っすか?匂坂朔次(さきさかさくじ)課長。24


 最後に小声で呟いたのは確かに数字だ。匂坂課長と呼ばれた男はかなり息が上がっている。


朔次  大丈夫じゃないよ。オレもう肉体労働者じゃないんだから

暁  慣れない人にはキツいっすかね


 言葉で労ってはいるがすぐに前を向いて歩き出した。朔次の顔にゆっくりと「限界」という文字が浮かび上がってきた。


朔次  なあこの辺でいいんじゃないか?なあ。なあおい暁!


 暁は漸く止まってちゃんと振り返った。


暁  何言ってんすか。課長が「課員の親睦にハイキングやろうぜ」って言うから下見がてら一緒に来たんじゃないすか。もうすぐ頂上なんだから文句言わずにハイ登る登る!あっそこ浮石

朔次  あ


 朔次がまた――いや、今度はかなり大きくぐらついた。踏み外した石が他の石を捲き込んでガラガラ、カランカラン……と落ちていく。ほぼ垂直の絶壁のため下は見えない。見たくもない。音が遠い下方から響いて返ってくるのみだ。


 朔次は下目で足下に目をやった。


朔次  あっぶねぇ!

暁  大丈夫っすか?25


 暁は顔に汗をかいているものの息も乱れず平然としたまま小声で数字を呟く。


朔次  大丈夫じゃないよ。落ちるところだったよ。頂上どころかずっっっと高いお空にイっちゃうよ

暁  この辺ガレ場っすからね

朔次  見りゃ分るよそんな事はオレだって。ガレ場だろうさこんだけ石がゴロゴロゴロゴロしてるんだから


 朔次は苛ついている。思う様に歩けない自分がもどかしいのか。そりゃまああれほどヨロヨロしていたらもどかしかろう。暁は表情を変える事なく朔次を促す。


暁  さあ行くっすよ朝日拝みに行くんでしょ。あ 浮石

朔次  うぉ!


 またか。暁は見かねて少し戻り、手を差し伸べつつ、


暁  大・丈・夫・っす・か?26


 手助けしてもらいつつも朔次が訝しげな顔で聞く。


朔次  ちょっと聞いていいか。そのちっちゃ~く『26』って何だ

暁  え いえ 別に


 朔次探る様に暁を見る。と、またグラッ。


暁  え え 大丈夫っすか?27

朔次  『大丈夫っすか』の数っすか?


 確認のためのグラだったのか。暁は少し呆れ気味に答えた。


暁  やっと分ったんすか。もう27っすよ27回

朔次  なな 何いってんだよ。それだけ大丈夫だったって事だろうが ワ

暁  あ

朔次  ああぁァァァ


 今度は大物だ。朔次は遂に道から見えなくなった。浮き石踏みの達人だな。……滑落か。なんの展開も見ずにこの場面は終わるのか。


 と、流石に暁が急いで駆け寄った。しゃがんで崖下を覗き込む。が、見当たらない――いや。すぐ足許の横には僅かに指だけが岩を掴んでいる。クリフ○んガー!


暁  課長~


 暁は崖のギリギリまで手を伸ばし、朔次を引き上げる。


暁  大・丈・夫・っすか?ファイト!28ぱーつ!

朔次  ううぅぅぅこ こっちの手 こっちの手を いやそっちじゃないそっちはイタタタ

暁  あれ こっちっすか え こっち?重たいいぃぃぃ


 どこかの国の栄養ドリンクのCMの様にカッコよくとは行かず、意外に手こずっている。大人一人の全身を腕だけで引き上げるのは至難の業なのだ。


 這い上がってきた朔次と暁は息を切らして座り込んだ。


朔次  ハァ!ちっくしょう ハァ……ハァ……会社帰ったら……お前の報告書の悪いとこに……『大丈夫っすか?』って赤ペンで書いてやる。ハァ……でっかく書いてやる


 赤字で「大丈夫っすか」だけが目一杯大きく書かれた書類を上から目線で暁に投げ渡す朔次――の絵図。それが朔次の脳内に展開している事だろう。


 暁は暁で息をついている。


暁  フゥ。そのザマでよく言うっすね。それに俺今まで変な報告書出し事あるっすか?


 朔次は黙して考える。


朔次  ねえわ。畜生~お前は優秀だよ。妙に優秀だよ。微妙に優秀だよ


 最後の「微妙」は明らかに悔し紛れだ。


暁  なんすか微妙って。それよりも助けてもらってなんか言う事無いんすか

朔次  五月蠅いよ分ったよ


 朔次は素直に暁に向いて座り直し頭を下げた。


朔次  命を助けて頂きどうもありがとうございました。お礼に数数えていいですよ気が済むまで。そんで俺のバースデーケーキに『大丈夫っすかキャンドル』を数えた本数立ててくださいよ

暁  『大丈夫っすかキャンドル』ってなんすかそれ。嬉しっす

朔次  え?


 暁の表情が変わった。


 スンとはしているが表情筋が僅かに、しかし確かに喜びの働きをしている。この一瞬で暁の脳内には――豪華なパーティ会場が現れた。生の管弦楽団が華やかに誕生日音楽を演奏している。重厚なドアが開きスポットライトを浴びて運ばれてくるケーキ。中央の大きなプレートには「お誕生日大丈夫っすか」の文字。立てられたキャンドルにはもちろん全て「大丈夫っすか」が刻印されている。なんだこれ。そもそもプレートの意味がわからん。


 それを目を細めて眺める朔次。笑顔の同僚達。ハッピーでハートフルな空間。その横には幸せな俺――


 と、暁は顔をプルンと振った。にやけ顔は去り、一瞬で元のスン顔に戻る。妄想を振り払ったか。


暁  い いえ。あの あ 頭大丈夫っすか29

朔次  あっお前それは数えるなよ

暁  じゃあ今のはオマケして。28っす。楽しみっす


 まだ妄想の残滓があるみたいだな。


朔次  すまねぇな。……あれ。考えたらお前が勝手にカウントしてるだけじゃねえか。うわ~なんか損した。ケーキはなしだ

暁  えぇ!あううぅケーキは食べたいっす。けど


 暁は立ち止まり振り返った。歩いてたんだこの二人。


暁  もう数えなくていいっす

朔次  え?


 朔次は顔を上げた。


次回は「§第03話前篇 ご来光(1)」

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