§第07話後篇 紗綾へのオファー(3)
潤 この話を受けてくれたら僕らは運命共同体になる
運命共同体.現代ニン国の日常会話にまず出てくる事のない単語だ。紗綾の表情が語るのは「ナンジャソレ」。
潤 うん。ある意味崩れやすい現代的社会契約単位としての婚姻よりも遥かに強力な結びつきになり得る。わかる?
紗綾は緊張した面持ちで息を呑んだ。二秒。三秒。息を吐き出した。
紗綾 プハッ。小難しくてわかんねぇずら
紗綾は何杯目かのバニラジェラートを頬張る。鼻から吐く息が少し荒い。
潤 続きを聞くか?
紗綾 何よもったいつけて
ジェラートを食べ終わり何杯目かのカフェオレを一口飲み終えた後だ。声のトーンを上げている。余裕を醸し出している潤に対抗するべく。
紗綾 早く話しなさいよ。話だけは聞いてあげる ただし。やるかどうか判断するのは私よ
潤 それでいいよ
紗綾 じゃどうぞ
潤 君への依頼は
紗綾の蟀谷がピクリとする。歯を食いしばっているのか。以外と緊張しぃなのか。
潤 ある物をある時まで預かってほしい。そしてある条件が満たされた時にある情報を全世界に発信してもらいたい
紗綾 全然わがんねわい!どけんこつね!
潤 だろうねハハハ
紗綾 ハハハじゃねぇよ
紗綾はむくれた。むくれながら潤の眼を見る。何かを引き出そうという表情。ジャーナリストの魂が騒ぐか。
紗綾 預かるのはモノと情報。どっちもヤバイってことね?
潤 モノ自体はそれほど危険じゃない。正しく扱えばね。情報はまあまあアブないかな。それよりも大事なことはひとつだけ。君は今それが可能な極めて少ない人間の一人だということ。僕としては是非とも君に受けてほしいんだけど
紗綾 かなりヤバそうだな……どうするアタシ?
紗綾は自分に相談している。
潤 ごめん。受ける確約を貰う前にこれ以上は言えないんだよ。だからプレゼンはこれで終わり。今考えてここで返事を下さい
紗綾 これだけで判断しろって?見たこともない山に登れってことだよね?高尾山かエベレストかわからないのに
潤 誰だって最初はそんなもんだよ。ほら 初めて自分の運転で高速道路に乗り入れた時どうだった?
紗綾 え どうって。ひたすら怖かった
潤 だろ。僕は他の車が全部ハヒルトン・ヘナの乗るF1カーに見えた
世界最速と言われた伝説の男の名を、今はどれほどの人が知っているのだろうか。況んや紗綾は……
紗綾 はひふほん へな?なにいっとんかわからんとん
やっぱりな。
潤 そういうところな
そうそう。
紗綾 なによ
理解できない事を適当に言葉遊びでごまかすところだよ。
潤 いや。なんでも。そうそう。報酬についても言っておかなくちゃね。大まかな金額はこれ位だ
潤はスマホを取り出して計算機を操作し、数字を提示した。
紗綾 ンガッ!
紗綾は文字通り目を剥き声にならない奇妙な音をだした。
潤 三分の一は前金として今支払う準備ができている
紗綾 ホヒョ!
潤 税金も手数料もなし。ただし諸経費はそちら持ちで
紗綾 フシュゥ~。変な声出しちゃった。聞かれたかな
潤 聞こえてるよ全部。てか注目浴びてる
紗綾が周りを見ると店内中の客とスタッフが注目している。
紗綾 あううう恥ずかしい~
紗綾は縮こまって顔を隠した。そして指の間から潤の顔を伺い、ゆっくりと顔から手を外した。
潤 今『まあいいかこいつ相手なら』って思っただろ
紗綾はフリーズして二コンマ四八秒後、縦にコックンした。一瞬、舌をペロンと出す。潤に真顔で見られて引っ込めた。そういうとこだぞ紗綾。
潤 で。受けてくれる?
紗綾 アタシにしかできない事?
潤 ああ
紗綾 うまくいったらアタシ良くなる?
潤 うん。社会的にも経済的にも良くなるよ。それは保証する
紗綾 危なくなくなくない?
潤 あ~
微妙な間。
潤 まあ。うん……うん
この間が答えを物語っているよな。
紗綾 危ないじゃん!えぇ~。潤がカッコよく守ってくれるとか?
潤 それは無理
紗綾 えぇぇぇ~。自分で何とかしろってか
潤 それに見合う報酬だと思うけど
紗綾 もう一度聞くけど
紗綾は居住まいを正した。
紗綾 アタシにできる?
潤 できると確信してるから依頼してる。ただし。君にジャーナリスト魂があればだけど
紗綾 うう~そうきたか。うぅぅぅ。分ったわよ受けてやるわよ。ジャーナリストのハシクレの名に懸けてやったろーじゃねぇのオゥ!何でも言いなさいよ
紗綾の眼が活き活きとしてきた。身体からオーラを放っている。ジャーナリストという魑魅魍魎の魂の塊が鬼気迫る様に。どんだけ鬼っぽいんだ。
潤は嬉しそうにニンニン、と紗綾の手を握った。
潤 そっか!ありがと!じゃあさっそく
潤の言葉が改まった。
潤 では契約書にサインしてくれれば前金の小切手をお渡します。それからこの端末を持っていて下さい。お互いの連絡は全てこれで行います。まずここに行って、ここに書いてある物を
紗綾 フェッ
手渡された小切手を見て改めて紗綾が変な声を出した。瞳孔がぎゅっと縮んでいる。潤は小さなスマホのような端末を手渡して構わず続ける。
潤 ここに行ってこのメモに書いてあるものを取ってきて下さい。そしてここからが大事なんだけど……
紗綾の縮瞳が戻らないまま打合せはしばらく続いた。大丈夫か紗綾。
――潤が紗綾に依頼した事とは。
次回は……「第08話 三上山での接続」




