わたし、初恋の彼をブロックしました “未読”のままで終わった、最後のメッセージ
ー未読パラメータ Unreadable Gaugeー
この物語は一話完結の短編です。
主人公の「ひより」は、ちょっとツンデレな中学生女子。
相手の「直」は、無口で目立たない中学生男子。
中学生カップルの、淡い初恋と失恋、そして新たな出発を描きました。
この物語をもとにしたオリジナルソングをYouTubeで公開しています。
リンクは後書きに掲載していますので、ぜひご覧ください。
◆ プロローグ
「ん? あれ……なんか引っかかってる?」
私は春川ひより。この春、東京の短大に進学する。
初めての一人暮らしに向けて部屋を片付けていたら、机の一番下の引き出しの奥から、中学の時に使っていたスマートフォンが出てきた。
発色のいい蛍光オレンジだったシリコンカバーは、ホコリにまみれてくすんでいた。
スマホを手に取った瞬間、あの頃の感情が鮮明によみがえった。
「こんなところに、あったんだ…」
ホコリを払って、充電コードをスマホに差し込む。
しばらくすると、リンゴのマークがふわっと浮かんだ。よかった。まだ電源は入る。
覚えていたパスコードを入力すると、画面が開く。
高校入学のタイミングで今のスマホに買い替えたとき、データはすべて引き継いだ。
だから残っているアプリはほとんどない。
──でも、写真だけはあえて移さなかった。
私はゆっくりと写真フォルダのアイコンをタップした。
中にあったのは、中学生の頃の私が撮った写真やスクリーンショットの数々。
「懐かしいな」
今では疎遠になった友達の写真。
雨上がりの虹や、お菓子の当たりクーポンの写真。
飼い猫のコムギが、まだ子猫だったころのヤンチャ動画に、思わず笑みがこぼれた。
当時の私が撮った、たくさんの思い出たち。
「あっ…」
そして、それらに混じって、それは“いた”。
「ぺー太…」
LINEのトーク画面を撮ったスクショの中にいた、変なキャラのスタンプ。
ピンク色の雨ガッパを着た、鳥のような…でも鳥じゃない、謎のキャラクター。
それが──ぺー太。
あの時もなんのキャラか分からなかったけど、3年経った今見ても分からない。
『このスタンプ気に入ってるんだ。…可愛くない?』
ふいに耳元で、声変わり前の少し甲高い少年の声が、聞こえた気がした。
「直…」
自然とその名前が口から漏れた。
途端に胸の奥に広がっていく、苦さと切なさ。
直は私の初めての彼氏。
そしてペー太は、直が気に入ってよく使っていたLINEスタンプだった。
初カレに浮かれていた私は、直とのLINEのやりとりをすぐに見られるようにと、スクショして写真フォルダに保存していた。
《今日の給食のカレー、3回もおかわりしたでしょ?カレー好きなの?》
《中学生にもなってプールとか…まじでダルい。女子だけ、なくせばいいのに。》
《朝、右側だけ前髪がはねてたよ?寝ぐせ?寝坊でもした?》
「うわっ!昔の私、まじでヤバい!」
思わず赤面してしまう。
わざわざスクショして残しておくとか──イタすぎる。めちゃくちゃ恥ずかしい。
しかも、私ばっかり連続で送っていて、直からの返信はぺー太のスタンプばかり。
たまにメッセージもあるけど、短い一文だけ。
比べるとお互いの熱量に差があるように見えるけど、直なりに色んなペー太で応えてくれていた。
──かなり独特な使い方だったけど。
「はぁ、これのどこが可愛いのよ?… 全然可愛くない。」
そう言いながら、私は画面の中のぺー太の頭をバチンと指で弾いた。
直とのやりとりが残った数十枚のスクショ。
あの時は消すこともできず、かといって次のスマホに引き継ぐこともできなかった、苦い記憶の欠片たち。
今なら、消せる。
そう思って、目についた一枚を長押しする。
でも──消せなかった。
私は、胸の奥底でくすぶり続ける──
あっという間に終わった初恋の跡を、
一枚ずつ、そっとタップしていった。
◆体育祭の準備
私と宮川直の距離が近付いたのは、中学2年の秋。
直とはそれまでの半年間、同じクラスであってもほとんど喋ったことがなく、私の直への第一印象は“影が薄い”。
言い方は悪いけど、クラスでの直の立ち位置は中の下。無口で目立たない、その他大勢の一人。
そんな直への印象が180度変わったのは、体育祭でクラス団旗を作る旗係になったことが、きっかけだった。
クラス団旗とは、体育祭当日にクラスの団席の後ろに飾られる旗のこと。
一枚の大きな布に、体育祭へ向けてのスローガンと、団カラーに基づいたキャラクターの絵を描く。
旗係は、クラスで男女1名ずつ選ばれ、スローガン決めと下書きを担当する。
そして、色塗りはクラス全員で行い、団結を深めるのが、うちの学校の伝統。
旗の出来栄えも応援団の点数として入るから、学年問わずどのクラスも毎年、迫力ある団旗を工夫して仕上げてくる。
つまり、旗係は絵が上手くないといけない。
でも、私の美術の成績は『2』
絶対に、やりたくない!
そう思っていたのに…。
私はクラスの女子全員にジャンケンで負けた。
渋々引き受けることになった私に対して、直は立候補者。
ちなみに、直の美術の成績は『5』
つまり──直と私では団旗制作に対して、明らかな温度差があった。
《春川さん。今日はくる?》
放課後。
下駄箱で直からのLINEに気づいた。それを見た私は、思わず眉をしかめた。
私たちの中学は、スマホは登下校中の緊急事態に備えて持ち込みはOKだけど、基本、電源OFF。だから、放課後になれば殆どの子がスマホを確認する。
私も同じように、教室を出た瞬間に確認したけど、その時には来ていなかった。
「…行きたくない。」
団旗係として、必要な材料を買いに行くのに必要になるからと、私と直はお互いのIDを交換していた。
正直、同じクラスの男子にIDを知られるのは嫌だった。
でも、全校の団旗係が集まる係会で、他のみんなが当然のように交換しているのを見て、一人だけ「嫌です」とは言えなかった。
《来ル?来ナイ?》
無視しようと決めた瞬間、ペー太のスタンプがポンっとあらわれた。
名前も微妙な動くソレは、花占いしながらチラチラとこちらを見てくる。
……ウザい。
宮川直は、メッセージをあまり送ってこない。
代わりに、この微妙なスタンプをよく使ってくる。
「はぁ、めんどくさい」
私はスマホを鞄にしまいながら、ため息を吐いた。
スローガンを決める時は、人前で喋るのが苦手な直に代わって、私がクラス会でサクサク決めた。
だから、キャラクターの絵を描くのは、そっち方面が得意な直が当然やるものと思っていた。
なのに──
下書き作業一日目。
直がどんな絵を描くのか気になって見ていたけど、何故かオロオロと挙動不審になって、全く描こうとしなかった。
そんな直にイライラした私は、
「アンタの好きなように描けばいいじゃん。絵、得意なんでしょ?」
と、開始10分で速攻、帰った。
それが先々週の月曜日。
そして今日は木曜日。
係活動は月・木と週に2日と決められている。
──そういえば、材料の買い出しにも行っていない。
「さすがに、全部丸投げは、まずいよね…?」
それにしても、さっき教室を出る時に直接言ってくれれば良かったのに。
私は、出した靴を元に戻して、渋々教室に戻った。
「はぁっ!?ウソでしょ?」
教室に入って、思わず声が出た。
教室にいたのは直ひとり。
そして、床の上に広げられた2メートル四方の真っ白な布には、尻尾に火を灯したボールでゲットするあのキャラが、ほぼ完成した状態で鉛筆で描かれていた。
うちのクラスは赤団。
赤色で強そうなイメージといえばフェニックスだけど、私の中では最終進化形態の、あのキャラ一択だった。
初日のアイデア出しで、ポロッとその名前を言ったのだが、まさかそれが採用されているなんて。
鱗一枚まで鉛筆で丁寧に描かれている。かなりリアル。
きっとリアル過ぎて、知らない人には迫力あるドラゴンにしか見えないだろう。
「さすが美術5。宮川、めちゃくちゃ上手いじゃん!」
思わず絶賛して、直の背中をパチンと叩いた。
それに驚いた直は、一瞬だけ間の抜けた顔をしてから、くしゃっと嬉しそうにはにかんだ。
「っ!…???」
初めて見た直の笑顔に、何故かぶわっと顔が火照った。
意味が分からず焦る私に、直が小さく、
「…ありがとう」
と呟いたが、かなりテンパっていた私に、その声は届かなかった。
その後、私はなんだか落ち着かなくて──
ひたすら直の絵の上手さを褒めちぎった。
◆初めての彼氏
付き合い始めたのは、中2の冬のクリスマスイブだった。
体育祭で団旗係を一緒にやってから、私と直は学校じゃ今まで通りのクラスメイト。でも、夜になるとLINEでよくやり取りする仲になっていた。
直から送られてくるメッセージには必ずと言っていいほど、全く可愛くない”ぺー太”がいた。
因みに直のLINEメッセージは本人と同じで無口。
大抵一文で終わる。
代わりにペー太をバンバン使ってくるんだけど、これがもう…意味不明すぎて、ほんとに謎。だからついつい私は、そのチョイスにつっ込みを入れてしまう。
直とは反対に、私のLINEはめちゃくちゃ長い。
だって、学校で直接話せないから長くもなるでしょ?
だから、私のレスを待ってる間に、直が寝落ちしていた…なんてこともしょっちゅう。
私は深夜まで既読になるのを待ってたのに、実は寝てました、なんて酷くない!?
LINE電話をかけたら、私ばっかり喋って、あっちはたまに「うん」とか「そう」なんて相槌を打つだけ。
「ちょっと、聞いてるの?」
って聞いたら、欠伸と共に生返事が返ってきたりする。
電話でもトークでも寝るとかあり得ない!
「そんなに私の話、つまらないの!?」
私が怒って問い詰めると、返ってきたのは──寝ぼけた声で、一言。
「春川の声、好き」
…っ!!
耳元で、いきなりの呼び捨てとか、不意打ち過ぎる。
しかも──”好き”(私の声)だなんて!
そんなの反則じゃん!?
一人、ぶわーっ!てなって。きゃーっ!ってなって。
こっちはめちゃくちゃ動揺したのに、電話越しに『スースー』って、めっちゃいい寝息が聞こえてきた…。
寝ぼけてんじゃないわよ、ばかっ!!
それ以来、色んな意味でもたないから、電話はしないことに決めた。
《クリスマスぷれぜんと、イルのカ?》
いつもの様に、私が直へのメッセージを打っていると、珍しく直から先にポンっと動くペー太スタンプが送られてきた。
いつものピンクの雨がっぱの上にサンタ帽をかぶったペー太が、クラッカーをパンパン鳴らしながらイルカに乗ってる──までは良かったのに、急に海が暗くなって雷が落ちて、ペー太が嫌そうにため息ついて、そう言った。
いや、もうツッコミどころ多すぎ!
なんでそんな嫌々なの?クリスマスプレゼントをあげたくない?って感じじゃん。
いや、そもそも私たちは、クリスマスプレゼントをあげ合う様な関係なの…?
意味が分からない。
「プレゼントって何よ!?」
私はペー太を指でパチンと弾いて、冗談半分にこう返信する。
《もしかして、クリスマス、誘ってるの?》
そしたらすぐに直から、めずらしく少し長いメッセージが届いた。
《うん。クリスマスイブに、一緒に買いに行こう。なにか欲しいものある?》
思わず「はあっ?!」ってなった。
カレンダーを見ると、イブは土曜日。
それってつまり…そうだよね?
クリスマスデートってこと、だよね??
きゃー!!ってなって、一人ベッドの上でバタバタして、それから深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、
《別に暇だから、付き合ってあげてもいいけど?》
って返したら──
まさかの未読スルー。
こんな時にまで寝落ちしてんじゃないわよ!ばかっ!!
そしてクリスマスイブ。
私たちは、地元から離れたショッピングモールへ出かけた。
クリスマスイブにどこへ行くのか?
行先を決める時に、ちょっとだけ揉めた。
直は近場を提案してきたけど、そんなの絶対に無理!
もしも、知り合いにばったり会ったらどうするのよ?!
結果、私たちは電車で二駅離れた、大型ショッピングモールに行くことになった。
私は前の日から、どんな服を着ていくのか悩みに悩んだ。
だって、人生”初”のデートなんだよ?
(いや、直がデートだと認識しているかは分からないけど…。)
気合が入るにきまってる!
結局、服が全然決まらなくて、夜更かし。気づいたら外が明るくなっていた。
鏡を見たら顔がむくんで、ちょっと不細工。目の下にクマまである。
最悪だ。
何度も冷たい水で顔を洗ってむくみは取れたけど、目の下のクマが消えない。
朝から一人バタバタする私にピーンときたのか、お姉ちゃんが自分のコンシーラーを貸してくれた。
それから、ちょっとだけ大人っぽいミニスカートも。
真冬のミニスカート。
本当は厚手のタイツを履きたかったけど、そこは可愛さ優先。
でも生足で外に出てみたら、あまりの寒さに速攻でロングブーツをお姉ちゃんに借りた。
待ち合わせの駅に現れた私服姿の直を見て、私はかなり戸惑った。
私は、直はデートだなんてまったく意識していなくて、もしかしたら上下ジャージとかもあり得るかも?!なんて思っていたら──
まさかのセンス。勿論、逆の意味で。
カッコいい。
着るものでこんなに変わるの?!
思わず見とれた私に、でも直は一言。
「その恰好、寒くない?」
「……。(はぁ?)」
スンって上がった熱が一気に下がった。
確かに寒い。
でも、直に可愛いって思ってもらいたかったのに、それはない!
「別に寒くない!…ていうか、宮川が着すぎなんだよ!」
って、思わず叫んでいた。
最悪だ。
会って1分で喧嘩しちゃった。
思わずその場から走って逃げようとしたけど、借り物のブーツのせいで私は転びそうになった。
そしたら──
「っと!」
えっ?!
普段、ぼーとしてるくせに、直が素早く私を抱きとめたのだ。
だけど直はまだ成長途中の中学生。私と直の身長は殆ど変わらない。
私たちは揃ってよろけて、駅前のベンチに倒れこんだ。
ベンチがあって良かった。
もしなかったら、二人して地面と激突するところだった。
「っ!!ひより、大丈夫か?」
結構密着した状態で、直が慌ててそう叫んだ。それも耳元で。
ば、ばか!!近すぎだから!!
しかも──
「な、なんで名前呼び?!」
驚いた私がそう叫んで直の顔を見たら、思ったよりずっと近くにあって──しかも、真っ赤!
あの無表情男が、顔を赤くして固まってるなんて…!
「あ、いや、その…!」
そして直は、両手で顔を覆ったまま、黙り込んでしまった。
そんな感じで、私たちの”初めてのデート”が始まった。
二つ先の駅まで、微妙な距離間を保ったまま私たちは電車に揺られた。
その間、終始無言。
たぶんだけど、直はずっと前から私のことを名前で呼んでたんだと思う。
だって私も同じだから…。
私も直のことを学校やLINEでは”宮川”って呼んでるけど、部屋で一人の時は名前呼びしていた。
つまりは、そういうこと──なんだと思う。
でも、面と向かってそんなことを聞くなんてこと、私にはできなかった。
ショッピングモールに着いても、私たちは終始ギクシャクしていた。
加えて、ここでも借り物のブーツが文字通り、足を引っ張った。
ヒール。
ブーツのヒールくらい大丈夫だと思ったのが、間違いだった。
前のめりになって、いつも通りに歩けないし、すぐに足が痛くなった。
そんな私に気づいて、直は歩調を合わせてはくれるけど、私たちの間にはずっと微妙な距離が開いていて。
横を通り過ぎていく楽しそうなカップルや、幸せな家族。
華やかに飾られたクリスマス仕様の店舗。
でも、私は足が痛いし、直とは会話もない。
とても、クリスマスプレゼントを探す気にはなれなかった。
俯きながらトボトボ歩いていた私に、突然、
「春川。そこ座ってて」
直はそう言うと、いきなり手を引っ張って私を休憩用ソファに座らせ、自分だけどこかへ行ってしまった。
あまりのことに思考回路がストップする。
置いていかれた…?
さっきまで、もしかしたら直も私と同じ気持ちかも…なんて浮かれていたのが馬鹿みたいに思えた。
目頭が熱くなる。
でも、こんなに大勢の人がいるところで泣くなんてありえない。
なんとか涙をこらえていると、目の前にスッと何かが差し出された。
──直の手だった。
その手にはラメ入りのピンクと青の派手なステッカーが二つ。
「どっちがいい?」
読めない英語をシャウトしている、全身毛むくじゃらの宇宙人?…みたいなキャラのスマホステッカー。
ぶっちゃけ、めっちゃ変。
ペー太もそうだけど、直のセンスはやっぱり独特。
でも──
同じキャラクターの色違い。
私は勝手に置き去りにされたと勘違いしていたけど、直はこれを買いに行っていたのだ。
「勝手に選んでごめん。春川、足痛そうだったから」
直はそう言って、私の隣にぴったりと座る。
「ううん。……えっと、これ、お揃いだけど、いいの?」
そう聞くと、直は初めてそれに気付いたようで、また両手で顔を隠して、コクンと頷いた。
「高いものじゃなくて、ごめん」
……ヤバっ!
顔がぶわっと熱くなった。
直がこっちを見てなくて良かった。
嬉しいのと同時に、恥ずかしくなって、思わず笑いが漏れる。
「ふふっ、”直”にそんの期待なんかしてないよ!」
「っ!!なっ!!」
いきなりの名前呼びに、直が盛大に動揺する。
私はその隙に、青色のステッカーをひょいっと取った。
「こっちにする。青のほうが好きだし…それから、」
そこでことばを切って、直の耳元にそっと顔を近づける。
「二人っきりのときは、”ひより”って呼んでもいいよ」
そう囁いたら、直の顔がボンッて音が出そうなくらい、真っ赤になった。
決定的な言葉はなかったけど、きっと気持ちは同じなんだと思った。
クリスマスに直から告白──なんてことはなかったけど、私たちはその日から付き合い始めた。
(もちろん、私からも言ってない。ていうか、告白とか絶対ムリ!!)
でも、付き合うって言ってもしょせんは中学生。
特に何をするわけでもないし、学校でもそんな雰囲気は出さない。
クリスマスに買ってもらったお揃いのステッカーだって、直は堂々とスマホに貼っている、私にはムリ。
だって誰かに知られたら、ヤバいじゃん?ほんとにムリ!
直はそんな私にちょっと戸惑っていたけど、ちゃんと私に合わせてくれた。
──でも実は、スマホカバーの中に貼ってるんだけどね。
部屋で独りニヤニヤ眺めてるなんて、直には絶対に知られないようにしないと!!
初詣、バレンタイン、ホワイトデー。
それから、私たちは行事にかこつけて少しずつ距離を縮めていった。
外で会う時は、地元の友達に見つからないように、いつも遠出した。
二人でファミレスに入っても、お互いに照れ隠しで会話もままならない。
目の前にいるのに、スマホばっかり見てる時もあったけど、それでも、同じ空間にいるだけで満足だった。
手をつなぐだけで精一杯。
──私たちは、そんな関係だった。
だけど…それも春までだった。
◆卒業式と別れ
中3のクラス替え。
直と私は、別々のクラスになった。
直は選抜クラスで、私は文系クラス。
校舎も北舎と南舎に分かれてしまった。
まだ先だと思っていた高校受験が、現実味を帯びてくる。
家でも学校でも空気がピリピリとひりついて、重苦しさがのしかかった。
毎日小テストがあって、月イチの校外模試では、志望校の合格ラインがはっきりとアルファベットで突きつけられる。
私は思うような点が取れず、心配した親が、ついに私を塾に入れた。
学校、塾、宿題、復習、予習…。
気づけば毎日、深夜まで勉強漬けの日々。
毎日していた、直との夜のLINEのやり取りも、できない日が少しずつ増えていった。
最初は気づかないフリをしてた。
《最近どう?》
長いメッセージだと直に負担になるかも──そう思って、軽く送ってみる。
でも、すぐに返信が来ない。
次の日。
《毎日鯛へんヨ!》
鯛のかぶり物をしたペー太のスタンプが、ひとつだけポンっ。
相変わらず、ツッコミどころしかない。
でも嬉しかった。
…だけど、それだけ。
少しくらい、メッセージを入れてくれてもいいのに…。
直が目指しているのは県下一の進学校。
地元の商業高校を志望してる私より、ずっと大変なのは分かってる。
分かってるけど、寂しいのはどうしようもない。
やり取りは、さらに減っていった。
既読スルーが増えて、ペー太のスタンプさえ来ない。
そうなると、私は短いメッセージすら送るのが怖くなっていった。
私から直へ送らなくなると、ペー太をアイコンしている直の名前が、画面からどんどん下へ落ちていく。
私たちは、何かをはっきりとは言わないまま、少しずつすれ違っていった。
学校でも校舎が違うせいで、顔を合わせる機会はほとんどなかった。
たまに渡り廊下ですれ違うこともあったけど、直は多分同じクラスだろう友達と、難しそうな話をしながら、私に気付かずに通り過ぎて行った。
《ねえ、私なんかした?どうして無視するの?》
直接会って話すどころか、LINEにそう書いては、消す──そんな日々が続いた。
苦しいし、辛かった。
いっそ会ってちゃんと話したい。
そう思って、誘おうとしたけど、断られるイメージしか浮かばなくて、できなかった。
そして、直のことばかり考えて、勉強に身が入らなかった私は、ついに校外模試でやらかしてしまう。
合格圏外に落ちたのだ。
このままじゃダメだ。今は、勉強に集中しないと!
私はスマホの電源を切って、引き出しの奥へと追いやった。
直への想いを、いったん封印する。
そして、迫りくる本番に向けて、ひたすら勉強に打ち込んだ。
《合格したよ》
直への、最後のメッセージ。
そのひとことだけ打って、私は直の名前をブロックした。
もう返信を見る勇気がなかった。
──いや、このメッセージですら、未読スルーのまま、ペー太のアイコンが下に落ちて見えなくなるのが嫌だった。
「直……」
スマホを握りしめたまま、私は一人で泣いた。
卒業式。
クラスでの最後のお別れを早々に切り上げて、私は思いきって直の教室まで走った。
やっぱり、あんな終わり方は嫌だった。
でも──直は、もういなかった。
「なんで…?」
花束を受け取って、朗らかに通り過ぎていく同級生たち。
みんなが明るい未来に向かって歩いていく中、私だけが一人、そこに取り残された気がした。
◆エピローグ
「何が原因で私はフラれたのかな…」
あれから三年経った今でも、その理由は分からないまま。
直と私は別々の高校へと進み、中学を卒業してから一度も会っていない。
掃除中に見つけた昔のスマホ。
その写真フォルダの中にあったのは、ほろ苦い思い出たち。
それを一枚一枚、めくるように眺めながら、私は過去へと想いをはせた。
フォルダの中には、ペー太が溢れている。
「…ほんと、直のセンスって独特だったなぁ」
直がハイテンションの時にだけ送ってきていた、“オタ芸を高速で踊るペー太”の残像スクショに、私は思わず吹き出した。
「もしも、私がもっとちゃんと気持ちを伝えてたら…」
私はくすんだスマホカバーを少しだけズラす。
現れたのは鮮やかな青いラメ入りのステッカー。直からのクリスマスプレゼント。
中学生の私は、素直になるのがとてつもなく恥ずかしかった。
せっかくお揃いで買ってもらったのに、私はこのステッカーを誰にも貼っているのを見せなかった。
それに、もしもあのとき──
……好き。
その二文字を、素直に伝えていたなら、何か変わっていたのかな。
「好き」
そっとその二文字を言葉にしてみる。
今なら言える。
でも、そう呟いた私の言葉は、誰にも届かないまま、静かに消えていった。
あっという間に3年が過ぎた。
毎晩、スマホの画面ばっかり見つめて、ぺー太のスタンプに、たまにイラッとして、でもそれ以上に楽しくて。
忘れられるわけない。でも──
「バイバイ、ペー太」
私はそっと写真フォルダを閉じ、 スマホの電源を落とす。
このスマホのパスコードを知っているのは、私だけ。
もう二度と、このスマホを開くことはないかもしれない。
でも──きっと、それでいい。
「よしっ!」
私は両手でパチンと軽く両頬を叩いて、窓を開けた。
目に飛び込んだのは、ペー太の雨がっぱよりも薄い、鮮やかな桜のピンク色。
もうすぐ、東京での生活が始まる。
新しい部屋、新しい街。
そして──新しい出会い。
荷造りの続きを再開しながら、私はくすりと笑った。
◆エピローグ 直編
僕が春川ひよりのことが気になり始めたのは、同じクラスになって間もない頃だった。
初めはただ、声がよく通る人だなと思っていた。
僕と違ってハキハキと喋る。それに、思っていることがすぐに顔に出るみたいで、くるくると表情が変わって、気づけば目で追うようになっていた。
だけど、僕はひよりと”どうにかなりたい”だなんて思ってなかった。
自分が冴えないヤツだって、ちゃんと分かってるから。
でも──
男子の団旗係に立候補したあと、ひよりがジャンケンで負けてペアになったのには、めちゃくちゃびっくりした。
僕は思わず「ありがとう!」って、心の中で神様に手を合わせた。
二人っきりの作業初日。
こんな近くにひよりがいる。
しかも、ワクワクした顔で僕の手元を凝視している。
恥ずかしすぎて頭が真っ白になったのを、今でもよく覚えてる。
ひよりがゲームをやる人だと知って、驚いた。
それだけで、距離が縮まったような気がして、嬉しくなって、調子に乗ってかなりリアルなあのキャラを描いていた。
あのとき初めて、その他大勢じゃなく「宮川」って呼ばれた。それにちょっとしたスキンシップも。
たったそれだけのことなのに、心臓がバクバクして、「やばい」って思いながらも、嬉しくて、今でもあの時のことを思い出すと、ちょっと落ち着かなくなる。
二人っきりの放課後。
何を喋ったらいいのか、考えれば考えるほど言葉が出てこない。
全く喋らずに黙々と絵を描いた。ほんとにダメなヤツだって自分でも分かってる。
でも、ひよりはそんな僕に色々と話しかけてくれる。
ひよりの声は心地いい。どんな話だってずっと聞いていたくなる。
数学が苦手だって聞いて、ちょっとだけ勉強を教えたりした。
でも…そんな関係は係の作業中だけ。
放課後と違って、ひよりは授業中はいつも通り。僕の方を見もしない。
ひよりはクラスの中心だし、仕方ないって分かってるけど、やっぱりちょっと、さみしかった。
体育祭。
うちのクラスの団旗の評判はよくて、係が終わってもLINEが続いた。
夜に他愛もないやり取りができることが、信じられないくらい嬉しかった。
これは、もしかして…。
なんて、そんなことまで考えるようになって。
でも、僕は口下手だし、文章を書くのも苦手。それに、どうしてもオタクっぽいノリが出ちゃって、ひよりにはとても送れなかった。
それから、ひよりに頼られたくて思って、勉強を頑張るようになったのも、たぶんそのころ。
ひよりの声が好きだった。
本人と一緒で声も素直で、ダイレクトに機嫌が伝わってくる。
また電話して欲しいから、ちょっとだけ駆け引きっぽくしたら──
ひよりの機嫌が悪くなって、ああ、僕にはそういうの向いてないんだって、痛感した。
同じクラスでもひよりとは遠い。夜のLINEは、もしかして別人としてるんじゃないかって思うくらいの塩対応。
それでも、勇気をふり絞ってクリスマスイブに誘ってみた。
結果は、まさかのOK。
でも届いたレスを見るのが怖くて、ウダウダやってるうちに、それまでの緊張もあってか、うっかり寝落ちし、気づいたのは次の日の朝だった。
それを見た瞬間、嬉しすぎて手が震えた。
「うっしゃーー!!」
朝っぱらから大声で叫んで、うるさい!って兄貴に殴られた。
でも、浮かれていて全く痛くなかった。
当日は、兄貴に服を借りて、髪型も少しだけ整えた。
背伸びしてるのが自分でも分かって、鏡の前で苦笑いしてたら、こっそり僕を見ていた兄貴に笑われた。
でも、笑いながら「似合ってる」って背中を叩かれた。
モテる兄貴の言うことは、信じていい気がした。
待ち合わせ場所に現れたひよりに、僕は目を見開いた。
初めて見るミニスカート。
思わず視線が吸い寄せられて、でも「見ちゃいけない」って焦って。
挙動不審になって──全然違うことを言ってしまった。
本当は「可愛い」って言いたかったのに、言えなかった。
怒ったひよりにめちゃくちゃ焦る。
そんな中で、うっかり彼女を名前で呼んでしまう。
「ひより」って。
…やばい、キモいって思われたかも。
引かれたかもしれない──
そんな不安を抱えたまま、モールへ向かった。
いつもキビキビと僕の前を歩くのに、今日はいつもと違う。
もしかして、足が痛い? それなら、長居はダメだ。
急いでプレゼントを買って帰ろうと思った。
選んだのは、 お気に入りのロックバンドのステッカー。
ひより、気に入ってくれるといいな。
ピンクの方をあげようと思ったけど、ひよりが手に取ったのは青だった。
へぇ、ひよりは青系が好きなんだ。また、一つひよりのことが知れて嬉しかった。
それに──念願の”名前呼び”
ヤバい。明日死ぬんじゃないか?本気でそう思った。
でも……。
ひよりはそのステッカーをスマホに貼ってくれなかった。
気に入らなかった?
それとも、僕が選んだものなんて、気持ち悪かったのかな。
聞きたいけど、聞けない。
だって「こんなの、いらない」とか言われたら、きっと立ち直れないから。
そんな小さな棘は刺さっていたけど、その後は順調だった。
初詣で振袖姿のひよりと会って、「キレイだ」って今度はちゃんと言えた。(でも、なんでか怒られて、帰りにコンビニで大量のお菓子を買わされたけど)
バレンタインには、人生初の手作りチョコレートをもらった。
兄貴のおこぼれじゃない。僕だけのチョコ。
もったいなくて冷蔵庫に入れて、ニマニマ眺めていたら、兄貴に半分食べられていた。いくらなんでも酷すぎるだろ!
ホワイトデーにはちょっと遠出して、ランチを奢った。
ひよりは何かを言いたそうにしてたけど、デザートをあげたら機嫌が直った。
もぐもぐ食べてる姿が可愛すぎる。
それにしても、ひよりはどうして遠出しようって言うんだろ?
付き合いだしてからも、学校ではただのクラスメイトのままだし。
ん?あれ?も、もしかして──
付き合ってるって思ってるのは、僕だけ?とかじゃない…よね?
いや、まさか…。
胸に刺さった棘がちょっとだけ大きくなった気がした。
三年になってクラスが別々になった。いつもの様にクラスでひよりを盗み見ることさえできなくなった。
移動教室でひよりのクラスの近くを通ったら、たまたま廊下でひよりが友達と話してるのが聞こえた。
「判定Bだった、ヤバい、夜が忙しくて勉強できてない」って。
夜──もしかして僕とのLINEのせい?
もし、そうだったら……
そう思って、夜遅くまでやりとりするのをやめた。
ひよりが安心して勉強できるように…と。
でも、しばらくしてひよりからLINEが来なくなった。
「ひよりも受験勉強、頑張ってるんだろうな……」
僕も頑張らないと!そう思って、僕ももっと集中した。
……けど、なにか、変だった。
連絡が来ない。ずっと。
自分から連絡を取ろうとしても、なんて送ればいいのか分からなかった。
適当なペー太スタンプを探すけど、良さそうなのが見つからない。
結局、何も送れないまま日が過ぎていった。
クリスマスイブ。
去年はあんなに楽しかったのに。
年が明けた。
思い切って、あけおめスタンプを送った。
でも、 既読になったのは、2日後だった。
……きっと、勉強が忙しいんだ。
そう、自分に言い聞かせた。
ひよりと連絡が取れない。
いや、ひよりから連絡がこない。
焦った。
だけど、もうすぐ受験。
「終わったら、絶対に連絡しよう!」
そう思って、僕は受験勉強に打ち込んだ。
でも試験が終わっても──結局、送れなかった。
ひよりの結果がどうだったか、気になる。
でも、もし上手くいってなかったら?
なんて言ったらいい?
ぐるぐる考えて、たった一つのスタンプを送るだけで何日もかかった。
《結果オーライ?》
そして、勇気を出して送ったペー太のスタンプ。
でも、何日たっても既読にならなかった。
え、なんで?
確かめようにも何度LINEしても結果は同じ。
もしかして、もう僕のことなんて──
そんな考えが頭をよぎる。
スマホを見るのが怖くなった。
もう自主登校になって、学校でも会えない。
でも、卒業式なら。きっと会えると思った。
最後のクラス会が終わるとすぐに、僕はひよりの教室に走った。
──でも、ひよりはいなかった。
息を切らしながら、思い切ってLINE電話をかけた。
呼び出し音が二回鳴った。でも突然──ぷつっと切れた。
何度かけても、同じだった。
その瞬間、胸の奥にずっと刺さっていた棘がひどく痛み出した。
まさか、とは思ったけど、
……ブロック、されてる。
そんなふうにして、
僕の初恋は、終わった。
あれから僕は志望通りの高校へ入学して、ひよりとは会っていない。
ひよりが僕との関係をどう思っていたかは、結局よく分からなかったけど、ひよりにとって僕は隠したくなるようなダメな彼氏だったんだと思う。
「いや、彼氏だったのかもあやしかったな…。」
思わず苦笑が漏れる。
ずっとスマホに貼りっぱなしだったピンク色のステッカー。
ラメは褪せてるし、角もすり減ってる。
剝がしてしまいたい。
でも、なんとなく今日までできずにいた。
机の上には傷だらけのスマホと、新しいスマホが並んでいる。
大学進学の前に新しいスマホに買い替えることにした。
データの移行はびっくりするくらい簡単で、あっという間に終わった。
来週には上京する。
少しだけ不安だけど、期待の方が大きい。
僕は古いスマホを、新品のスマホが入っていた箱に押し込むと、まだカバーも付いていない真新しいスマホをポケットに入れた。
この物語を題材にしたオリジナルソングをYouTubeで公開中です。
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■ 本編テーマソング
『未読パラメータ ―Unreadable Gauge―』
https://youtu.be/F5RCzXL54O8/
■ 安眠ピアノ+朗読バージョン
https://youtu.be/Ks51LnNYiFo/
■ ARISATO チャンネルトップ
https://www.youtube.com/@ARISATO-g1v/
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