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9、お前かっ!!



 向こう側の岸についてすれ違う人達が皆振り返るのが分かって眉根を寄せた。二度見どころか三度見……立ち止まってまで見られている。ため息をついた。


 ——この男、目立ちすぎる……。


 じっとりとした視線を向けるとグライトと目が合う。


「千颯は黒髪に黒目だから目立つな」

「いや、お前を見ているんだと思うぞ」

「違うぞ、周りをよく見てみろ。黒髪も黒目も居ないだろう?」


 目立っているのはあくまで千颯の方だと言いたいらしい。周りを見渡すと確かに黒髪に黒目の人は自分以外誰一人いなかった。


「オレ……?」

「先に髪と瞳の色を変えておくべきだったか」


 グライトに手を引かれて裏路地へと入る。何やら呪文を唱えられたと思えば、少しだけ頭が温かくなった気がした。


「ここでは珍しくない茶色に変えといた」

「マジで? 見てみたい!」


 生まれてこのかた毛髪を染めた事もカラーコンタクトをした覚えもない。気分が上向いて、グライトを見上げて両手で服を掴んだ。


「……」

「どうかしたのか?」


 グライトがほんのりと目尻を染めて片手で顔を覆っている。視線が泳いでいるので中々目が合わないのがもどかしい。


「何やらムズムズする…………いや、何でもない」


 ——変な奴だな。


 どこかに鏡がないか周りを見渡していると服飾店らしき店があったので、中を覗く。思っていた通りそこには鏡が置かれていた。早速確認してみれば、本当に茶色の髪の毛と瞳になっていたので感動した。


「色が変わってる! 茶髪にしたのも目の色を変えたのも初めてだ。なんか表情まで明るくなった気がするな!」

「そうだな。まあ、千颯は黒髪黒目の方が可愛いが」


 ——可愛いとか言うな!


「どうせオレは誰かさんみたいに顔良くないしな。素朴で平凡がお似合いなんだろ。悪かったな」


 グライトに言われると、嫌味にしか聞こえずに必要以上に卑屈になってしまう。


「褒めたつもりだったんだがな」

「はいはい。可愛いとか言われて喜ぶ男はいないと思うけどね」


 ヒラリと手を振って軽くあしらった。


「まあいいか。それより千颯が俺の顔が好みだと知れたのは僥倖だ」

「好みだとは言っていない! 顔が良いって言っただけだし、それもあくまで客観的な感想だ!」


 ニヤニヤとした表情で見つめられると居心地悪くなってきて、今度はこちらが視線を逸らす羽目になってしまった。


 ——これじゃ肯定してるようなものじゃないか。


 分かっていても何故かグライトの顔を見れなくて、道もわからなかったが先を急ぐ。


「千颯、そこじゃない。この道を右に行くぞ」

「……」


 指摘されたのも恥ずかしくて耳まで熱くなる。

 グライトの案内するままに歩いていくと街を抜けた。また山道を歩いていくと小さな村に出て、一時間半もしない内にまた違う街へと出た。


「この街は何だか賑やかだな」


 人々の活気が全然違う。あまり人見知りもしないのか笑顔で挨拶されたので、挨拶をし返した。


 ——そうそう。初対面の相手だと普通はこうだよな。


 ラスティカナ帝国にいた神官や宰相を含めた人たちがおかしかったのだ。頷きながら一人納得する。


「この辺りで一番大きな街だからだろう。昔から変わっていないみたいで安心した。ここまで来ると数日くらいは滞在しても平気だろう。これからの旅に向けて必要な物を集めて行こう。今日はここの宿に泊まるぞ」

「泊まるって言ってもオレはこの世界のお金なんて持ってないぞ?」


 するとグライトがニヤリと笑みを浮かべた。


「城を出る前に奴らの金庫からたんまりと拝借してきた。千颯を邪険に扱った罪と、この俺を長期に渡って拘束しやがった罪を金で解決してやった。人間は金が好きだろ? 好きな物で解決できてさぞ喜んでる事だろうな」

「まあ……嫌いな奴はいないだろうけどさ……金を払うのは大抵の人間は嫌いだと思うぞ」


 腰に巻きつけていた焦茶色の袋には金が入っていたようだ。今更ながら気がつく。


 理不尽な目に遭って散々無茶振りされてきたんだ、これくらいは良いだろう。小袋はグライトの片手に乗るくらいの大きさだし、大した額ではないだろう。慰謝料がわりだと思案した。


「グッジョブ、グライト!」


 盗みはダメだと分かりながらも、親指を立てて見せる。


「よく分からないが、喜んで貰えて良かった。その前に服を幾つか調達しよう」

「そうだな。着替えがないのはさすがに嫌だ。それにもっと暖かい服がいいな」


 グライトと一緒に服飾店に入り、何着か購入していく。グライトは貴族とでも間違えられたのか、スリーピースのやたら良い生地の服をあてがわれている。そこまで持ち金はなかったのか即座に断っていたけれど。


 ——物凄く似合っていたんだけどな。


 若干、残念な気持ちになったのは秘密だ。それでも普通の平民の服ですら着こなしてしまう美貌の男を半目で見つめた。


 ——顔と体格が良いとなんでも高級に見えるんだな。


 嫉妬だ。またイケメン滅びろと思っていたが、己もやっとまともで一般的な平民の服を着れたので、それだけでも嬉しくて笑みが溢れる。靴や着替えの分も合わせて何着か購入すると結構な荷物になった。

 グライトがまた次元の中に購入したものを全てしまっていく。本当に便利だ。

 悪態をついていたのも忘れて気分は上向いていく。あらかた買い物は済ませたので、グライトと共に宿を求めて周りを見渡す。


「食事も出て泊まれる所がいいな」

「オレは良く分からないからグライトに任せる」

「分かった」


 どこがそれに該当するのかよく分からなかったので、ひたすらグライトの後をついていく。


「ここにしよう」

「え、高いんじゃないのか? こんなとこ泊まって大丈夫か?」


 下から見上げながら呟くように言った。見るからに高そうな建物は、平民が利用していいのか疑わしいくらいにしっかりとした造りの外装をしている。壁はオレンジとペールオレンジを主にした煉瓦造りになっていた。赤茶色の扉を潜れば中はもっと綺麗だろう。


「平気だ。先程の服も全て購入しても余るくらいの金は拝借してきたからな。口止め料も合わせ、前払いに金を積んどけば何も言わないだろう」

「え……」


 小袋だけだと思っていたからグッジョブとか言ってしまったが、実は結構な大金だったのではないか? 今更ながら肝が冷えた。


「グライト、もしかしてとは思うけどさ……あの……どれくらい持ってきたんだ?」

「さあ。隠し金庫に置かれていた物は全て拝借してきたぞ。九割以上の金は異空間に置いてある」


 ——騒がしかった原因はお前か!!


 そりゃ警備兵が慌てる筈だ。金庫の中の金が無くなれば誰でも騒ぎ立てる。


 ——ここでも詰んだ。


 捕まればギロチンは確定した気がして、立ったまま失神した。


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