8、燃料補給源
「何でお前は朝になると人型になっていて、オレを抱きしめて寝ているんだよ!?」
「先に引っ付いてくるのは千颯だぞ」
それはグライトがホワイトタイガーの姿だからだ。人型の男には自分から抱きつかない。
モフモフで温かくてまるで電気毛布みたいなのもあり、ホワイトタイガー姿のグライトは寝る時に欠かせない。今じゃ必需品である。
「人型の俺は嫌か?」
「嫌じゃない……。何というか落ち着かないだけだ。それに男二人が抱き合いながら寝ていたら変じゃないか?」
「変? 何がだ?」
——この世界にはもしかして同性カップルへの偏見がないのか?
元々住んでいた世界から植え付けられた価値観の違いなのだろうか。とは言え、自分にも偏見はない。学生時代から連んでいる友人内には少なからずゲイやバイがいたくらいだ。
それなら気にする必要もない気がしてきて「何でもない」と言ってヒラリと手を振った。
「ああ、まあ同性同士だと珍しがられるな」
「分かってるんじゃないか!」
遊ばれたのだと分かり、カッとなって言い返す。
「あまりにも千颯の態度や表情が初物みたいで愛らしくてな。ついからかってしまっただけだ。許せ」
笑われながら額に唇を落とされた。
「だっから、こういうのをやめろ!」
「嫌だ。断る。千颯は俺だけの燃料補給源だ。誰かに与える気も共有する気もない。こうやって常にマーキングして周りに牽制しておく。俺のだ」
——燃料補給源……何この俺様男……殴っていいかな。
他の人がやれば鼻につきそうなニヒルな笑みさえも、グライトがやると良い男を演出していて本当に憎たらしい。大きな大きなため息を吐き出してから、もう一度毛皮の上に転がり小さな声で「イケメン滅しろ」と呟いた。
「悪口か」
——何故バレた。
この声量で聞こえたとなると恐るべき耳の良さだ。起きて旅の続きをする支度を始める。グライトが毛皮を謎の空間に押し込めているのをマジマジと見つめた。
「城にいた時にも思ったけど、何その四次元ポケット的なもの?」
「四次元? よく分からないが、これは空間に裂け目を入れて物の持ち運びに使用しているだけだ。中に入っていたものは城で一度全部出してしまったからな。今思えば持って来れば良かった。俺は何処でも寝れるが千颯はそうじゃないだろう? 失念していた」
無制限に出せる物ではなかったらしい。それでも便利だ。感心しながら見ていると、グライトが柔らかく表情を崩した。
「持っていきたい物があるなら、いくらでも出し入れしてやるぞ」
「その内お願いするかも。今は特にないや。オレ、風呂に入ってる時に召喚されたから真っ裸だったし、見ての通り何も荷物がない」
「裸……だと?」
若干不機嫌そうにグライトが言った。
「? そうだよ。この変な服はこの世界で貰ったものだからな。風呂のお湯ごとこの世界に呼ばれたのもあって、召喚用の魔法陣も駄目になってしまったと文句まで言われたぞ。あーーー、思い出すだけでも腹が立つ!!」
「引き裂いてこようか?」
「やめて? グライトがやると致命傷になりそうで怖い」
顔が引き攣る。その後グライトが顎に手をやり、思考を巡らせているように口を閉ざす。
——何を考えていたのかな。物騒な事じゃないと良いんだけど……。
深く詮索するのは嫌がられるだけだろうと思い、それ以上は何も言わずに他愛無い会話に戻す。
「この山を越えたら、川を飛び越えるぞ」
「飛び越える?」
嫌な予感がする。
「俺が千颯を抱きかかえて飛び越えるから心配しなくても大丈夫だ」
グライトが案内するままにまた山道を歩き出した。
「川ってもしかしてこれ……?」
「そうだ」
一時間もしない内に山は越えたが問題だらけだった。川はあった。確かにある。しかし問題はその規模だ。
小川のようなものを想像していたというのに、目の前にあったのは船が行き来していてもおかしく無いくらいの運河だったのである。〝かわ〟違いもいいとこだ。
「え、え、え、これどうやって渡るの?」
「俺は自然界の五大元素全て操れると言っただろう。浮いて行ってもいいし、水の上を滑ってもいいし、水中からでも可能だ。どれがいい?」
——どれも嫌ですが!?
本気で言っているのか? また揶揄われているんじゃないかとグライトの顔を凝視してみたが、本気っぽかった。
どれが一番目立たないか考えているとフワリと体が浮いた。
「まあ、ここでは魔法なんて珍しくもないから飛んでいくぞ」
「さっきの五大元素どうのって話は何だった!? てか、それならせめておんぶにしてくれ!」
また横抱きの体勢にされて慌てて口を開いた。
「おんぶとは何だ?」
「背中に張り付く」
「色気がないから却下だ」
「男のオレに色気を求めるな!」
抗議した言葉は華麗に無視され、グライトにそのまま横抱きで抱えられて空を舞ったのだった。