7、魔法は便利だ
グライトが迷う事なくウサギの下処理を終わらせて、焚き火の上で肉を焼き始める。
——魔法って便利だな。
火がなくてもどこでも焼きたい物が焼ける。煙が上がっても場所がバレないようにもされているようだ。自分も魔法を使ってみたいが、元々魔力が備わっていなければ使えないらしい。
——せっかくの異世界なのに……。魔法とか使ってチート生活を送ってみたかった。
至極残念だ。何も出来ない自分が歯痒くてもどかしい。役立たずどころか足を引っ張っているだけのような気がして肩身が狭い。
「ここで近くの街に出ると城の奴らに見つかるだろう。近辺の店は利用出来ない。いくつか街を出るまでこれで我慢しろ」
串刺しにされた肉をげっそりとした顔で見つめていたものの、美味そうな匂いにつられて腹がなる。それに食べていかなきゃこの世界では生き残れそうにない。
何せこの世界で使用出来る通貨も無ければ物々交換に使える宝飾品も持っていないのだ。後、城の連中に抜け出したのだと追手を向けられた時に腹ペコで動けないのは嫌だ。
もしかしたら気にもされていない可能性が高いが、聖女が偽物だとすると捜索されるのは容易に想像出来る。
郷に入っては郷に従え。グライトに差し出された串刺し肉を受け取って勇気を出して齧り付く。
「あれ……美味しい」
「だろう?」
鳥のもも肉みたいな旨味がありとてもジューシーだ。あんなに嫌がっていたのも忘れて、グライトに手渡されるまま腹が膨れるまで食した。
「美味しかった。ありがとうグライト。なあ、これからどうするんだ? この帝国は隣の国とは陸続きなのか? 距離もあったりする?」
「そうだな。海は越えずに陸続きで行けるが日数は結構かかる。俺が千颯を乗せて走ってもいいが人目につくだろう。まあ、歩いてもさすがに一月はかからないが。とりあえず暗くなる前に今夜の寝ぐらを探そう」
「分かった」
先に山をひとつ越え、夕方に差し掛かったとこで適当な洞窟を見つけて中に入る。今日はここで野宿だ。
「外で寝るのは初めてだ」
「千颯の居た世界では珍しいのか?」
「外にテントというのを張ったりするキャンプと呼ばれるものはある。そういうのを好む人達もいるけどオレはした事がないんだよな」
外にあった池で二人で全身清める。グライトは裸体も逞しくて至る所の筋肉が割れていた。
——今度から別々に入ろう。
自分の貧弱な体と比べてしまい、一緒に水浴びするのが嫌になる。
水から出て、またグライトに乾かして貰った。体中温かくて気持ち良い。思わず顔が緩んだ。
「隣の国は治安が良いとこなのか?」
「昔は悪くなかった。俺は元々そこの国……オリナルト公国の守護獣としても崇められていた精霊獣だった。もしかしたら千颯が元の世界に帰る手掛かりもあるかもしれん。恐らく過去にラスティカナ帝国の大聖堂にその召喚の魔法陣を描いたのも、オリナルト公国にいる精霊術師だったのではないかと思っている」
「そうなのか?」
元の世界に戻れる可能性が出てきて目を瞠る。歓喜で心臓がドクドクと脈打った。
「俺は大聖堂へは入れないようにされていたからきちんと確認は出来ていないがな。あの魔法陣は、遠目に見た限りではオリナルト公国の古代文字に似ている気がした」
希望を持ってもいいのかもしれない。この世界は魔法があったり建造物も綺麗だけど、やはり住み慣れた場所が一番落ち着く。それだけでもオリナルト公国を目指す理由になった。
それにしてもどうしてグライトは帝国にいるのだろうという疑問が生じる。穏やかな国にいたのならそこにいた方が断然良かっただろうに。
「戻れるならぜひ行きたい!! というか公国? 国とは違うのか?」
「ああ。他国の王より立場の低い者が王として統べる国だ。外国からは王として認められていない場合が多い為に格下に見られやすい。人間はややこしくてな。その時に精霊術師と一緒にこの帝国に人質として連れてこられたのが始まりだった。その時の精霊術師は俺を視覚化出来なかった為に偽物のレッテルを貼られて斬首刑となり、千颯と契約するまで俺はずっと城という名の結界内に閉じ込められていた」
——斬首刑てギロチンとかか? それに閉じ込められていたってのも酷すぎる。
ゾッとするより先に胸に芽生えたのは怒りだった。自分の遠くない未来である気がして他人事だとも思えない。
「は? 何だよそれ。腹が立つな」
——あり得ない。アイツらやっぱり悪い奴らじゃないか……。
「さて、昔話は終わりだ。寝るぞ千颯」
表情を崩したグライトが敷布がわりにさっきの獣の毛皮を魔法で加工して敷く。
「これ……」
一気に目先の現実に引き戻された。白くてフワフワの毛皮は、やたらデカい凶暴ウサギのものだ。見た目が任侠映画に出てきそうなヤクザとかチンピラだっただけに顔が引き攣った。
「嫌なら俺の毛でもむしるか? 千颯は俺の毛が好きだろう?」
グライトが人型からホワイトタイガーの姿へと戻っていく。
「やめてっ、オレの癒しを奪わないでくれ!」
泣く泣く敷布の上に転がると、想像していた血生臭さどころか日向の良い香りがした。
——意外と気持ち良いな、これ。
気分が上向いていく。隣に寝そべるグライトの首に抱きついて引き寄せる。目一杯グライトの毛をモフっているとだんだん眠くなってきた。
「グライト……おやすみ」
「ああ」
また頬と首筋を舐められる。ついでに唇にも柔らかい感触があった気がしたが、気にしていられないくらいに眠くて意識は夢の中に沈んで行った。




