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6、想像していたものと違った件



「グライト……オレが悪かった。頼むからこれは勘弁してくれないか?」

「千颯が俺から逃げられないようにしなくてはならないから却下する」

「オレこれでもお前の主だろ? 主人命令だ」

「主人を守るのが俺の役割だ。だから大人しくしていろ」


 嫌だ。これは嫌だ。何が悲しくて二十三歳のいい大人が、男からお姫様抱っこをされなくてはいけないのか……。病みそうだ。


「じゃあもう名前で呼ばない……他の精霊獣と契約し直す」


 即座に地に降ろされた。


 ——そんなに嫌なのか。


 姿もホワイトタイガーに戻ってしまい、心なしかしょんぼりしているような気がする。そんなグライトを見ているとアドレナリンでも分泌してしまったのか、ゾクゾクとした快感が背筋を登っていく。


「か、可愛い~!!」


 グライトの首に抱きついて思う存分モフった。


「他の警備兵も呼べ!」

「大変だ!」


 ——もしかしてもうバレた?


 城の少し手前にある本邸から微かに声が聞こえてきて、自分の事かと思いグライトの影に隠れる。誰も別邸へは来なかったのを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら別件で何かあったのかもしれない。気になりはしたものの、これはまたとないチャンスだ。警備兵が本邸へ駆け込んでいくような足音や騒動に紛れて、足早にグライトと二人で城壁の外に出た。

 少し拍子抜けしたものの、案外簡単にいけるものである。道は全てが土で、周りも木々しかない。森の中腹か頂上付近に建っていたのだろう。これはこれで新鮮でつい足取りが軽くなった。そこでさっきの騒ぎを思い出す。


「さっきのって何かあったのかな?」

「さあな」


 グライトが興味なさそうに呟く。そのまま話は流れて行き、ひたすら広い土の道を歩き続けた。ここの城や本邸も別邸も城下街からはやはり離れているようだ。

 体感で一時間近くは歩いた気はするけれど街一つ見えてこない。しかも一本道なのが気になる。逃げるに逃げられないので見つかれば一貫の終わりだからだ。


「人目につかないところで休むか」


 道を逸れてグライトが雑木林の中にある獣道を進んでいく。祖母が暮らす田舎に来ているような錯覚を感じ、妙に懐かしくなった。

 小学生の時に行ったっきりで、就職した今も訪れていない。異世界に飛ばされるのなら行っておけば良かったなと思考を巡らせた。

 足に痛みが走り視線を下げる。常にデスクワークばかりだっただけにずっと徒歩はつらいものがあった。


 ——さすがにこのペラペラのブーツじゃ足が痛いな……。


 置いていかれないように、靴ズレしていそうな足を必死で動かしてグライトの後を追いかける。木々の間を抜けると、五分もしない内に原っぱのような場所に出た。


「ここで休もう」

「分かった」

「その前に千颯。足を見せろ」


 柔草の上に座らされてブーツを取られる。痛いと思っていたら靴ズレの豆が潰れて血が出ていた。


「こうなる前に声をかけろ。治癒をかけるのは容易いぞ」


 昨夜体を癒してくれたのを思い出し「そういえば忘れてた」と言葉に変える。触れられた所から痛みが無くなっていく。


「わ、凄いなグライト! 痛みが無くなった」

「それなら良かった。少し待っていろ」

「ん、分かった」


 姿を消したグライトがすぐに戻ってきて、木の実や野菜のような物を手渡される。


「野菜?」

「果物だ」


 先にグライトが齧り付く。朝から何も口にしていなかったから助かった。腹が空いて堪らない。

 グライトに渡された果物は見た目も色も小型のナスなのに、口にすると果汁たっぷりの苺の味がした。


「美味いな、これ!」

「それは良かった。千颯は細いから栄養をつけさせる為にも肉を食べさせたい所だが、何故かここには野ウサギ一匹居ない」


 気にしていることを言われるとグサリと心臓に突き刺さる。そこまで細くはない、と心の中で言い訳した。


「ウサギかー……。あの可愛いのを食べるのか? オレには無理なんだけど……」

「可愛い?」

「ああ。ウサギは小さくて可愛いだろ?」

「獰猛でデカいが?」


 どうも噛み合わない。

 ここのウサギってどんな生き物なのだろうと思っていると、グライトがまた腰を上げて歩き出した。


「もう少し探してみるから、千颯はそこの木の下で待っていてくれ。すぐ戻る」

「ああ、うん」


 グライトが居なくなって千颯も移動した。あんなに痛かった足が歩いても痛みを発しなくなっている。

 軽快な足取りでグライトの指定した木の下へと移動していく。その数分後だった。背後から物凄いスピードで何かが猛突進してくる気配がした。


 風をきる音と共に突き出された獣らしきモノの腕を取って、相手の力を利用しそのまま地面に叩きつける。

 昔から小柄な体格をしていたので合気道を習わされていたのがここに来て役に立った。


 ——親父とお袋ありがとう!


 心の中で何度も感謝する。 


「凄い音がしたが千颯無事か!?」


 急いで引き返してきたのか、若干額に汗をかいたグライトが走ってきた。


「うん。初めて護身術が役に立ったんだ! 咄嗟に投げ飛ばしたんだけど、これを見てくれ!」


 白くてデカい物体はピクリとも動かない。誇らしげに胸を叩いてみせると、グライトがハーッと大きく息を吐く。


「心臓が止まるかと思ったぞ。すまない。側を離れるべきじゃなかった。それにしても凄いな千颯。ウサギを投げ飛ばせる程のやり手だとは思わなかったぞ」


「ウサギ……?」


 襲われそうだったので、相手の顔はきちんと確認していなかった。

 地面にはすっかり伸びて目を回している白い物体がいる。やたら筋肉質でガラの悪そうな獣はどう見てもウサギを真似たヤクザかチンピラだった。


「ウサギのイメージーーー!」


 泣いた。



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