4、駆け落ちする事になりまして……
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少し肌寒くて正面にある温もりを抱き寄せた。記憶の中ではグライトと一緒に寝たのでフワフワの手触りの筈なのだが、どうもおかしい。
「ん……、んーー……??」
目を閉じた状態で唸りながら、何度か触れて離してと繰り返す。
まるで皮膚にでも触れているような吸い付く感触があったので、虚ろだった意識は一気に夢から現実に引き戻された。
「目が覚めたのか、千颯」
「——っ!!?」
間違いなくグライトと寝た筈なのに、知らない男の腕の中に囲われている。
ぎこちない動作で見上げてみれば、本当に同じ人類なのかと疑いたくなるくらいに美形で男前な男がいた。
白髪の所々に黒メッシュが混ざった襟足の長い髪の毛、整いすぎた目鼻立ち、逞しい胸元に腕の太さ。己とはあまりにも違いすぎる。声はどこか聞き覚えがあった。
「誰っ?!」
敬語を使う余裕もなく、慌てて起き上がるとベッドの端まで後退って即座に男から距離を取る。
「グライトだ。昨日俺に名をくれただろう? 名を貰うと俺たち精霊獣は力が増して人型をとれるようになる。精霊術師の能力が高ければ高い程、俺たちの能力も更に高くなるというわけだ」
当たり前のように寄ってきたグライトに首筋に口付けられ、ヒッと渇いた悲鳴が出た。
動物の姿でやられると可愛いだけだが、人型だと少し抵抗がある。
「どうかしたのか?」
不思議そうに問われたので「人型にはまだ慣れなくて」と返した。
獣人というわけじゃないので、耳や尻尾はないらしい。あればまだ可愛げがあったのにと思うと、少しだけ気持ちが萎んだ。
——それにしても精霊術師か。
召喚された理由もそういう理由だったなと思い至る。
「オレ、昨日から精霊術師なんて呼ばれているけどそんな力ないぞ。確かに子どもの頃は不思議なモノが視えていたけど今はサッパリだ。何かの間違いじゃないのか?」
首を捻る。妙なモノが少し視えていただけて何か出来るわけでもない。疑問しか出て来なかった。
「名を与える前の俺の姿が見えた時点で精霊術師としての能力も素質も十二分にあると思うぞ。否、高すぎるくらいか……。何故なら、俺の姿は普通の魔法師や人族には見えないからな。噂の聖女とやらには俺の姿は見えていなかった」
——もしかして過去に視えていたのも精霊とかそういう類いだったのかな?
それでもお払い箱にされたのだから、居ても居なくても良かったのではないかと思える。
「そうなのか? でも昨日お告げにあった本物の聖女が現れたから、オレは必要ないと邪険にあしらわれたぞ?」
「偽物の自称聖女とやらだろう。基本的に精霊獣は誰にも見えないのだから嘘をついても分からない。信じさせる為にその時だけ何かしらの術を使ったのだと思うぞ。本物のお前を追いやって、偽物をもてなすとは愚の骨頂だな」
やれやれと言わんばかりにグライトが肩をすくめてみせた。
何をしていても様になりすぎているのが憎たらしい。こんな顔に生まれていたら人生楽しかっただろうなと思ってしまうのは許して欲しい所だ。平均身長以下の平凡な男の単なる僻みである。
その時扉がノックされる音が響いた。返事をして扉を開けると誰の姿もなく、床にトレイだけが置かれている。その上には半切れの小さなパンとグラスに三割程度の量しかない水が入っていた。
「マジか……」
本当に最悪過ぎる。行く末は栄養失調で餓死確定だ。
「食事はこれだけなのか?」
グライトが背後から覗き込む。
「そうみたいだ。これからどうなるんだろう。さっきグライトが言った聖女が偽物だと分かると、またオレの所に来たりするんかな。あの人ら態度悪過ぎるしオレはもう関わるのも嫌なんだけど……」
国の繁栄や何かの諍いに巻き込まれるのも荷が重過ぎて正直ごめんだ。いくら必要なくなったからといえ、冷遇すぎて言葉にならない。
それにグライトが居たからこの部屋で寝られたものの、居なかったら今頃は風邪をひいていただろう。
その状態が長らく続けば、下手すりゃ栄養失調&肺炎か何かの病で命を落としてしまう。
——人を何だと思っているんだ。
手のひら返しで頼まれたって協力なんて絶対にしてやるものかと心に誓う。
「今の内に逃げ出そうかな……」
窓から外を覗く。ここは二階なので思ったよりも高さがあった。ニホン家屋よりも天井が高いのか、慣れない高さだ。
「俺が連れて行ってやろうか?」
「へ? グライトはこの城から出られるのか?」
精霊獣だからてっきりこの敷地内から出られない存在なのだと思っていた。驚きつつもグライトを振り返る。
「結界は張られているが、契約主と一緒ならば問題ない。何処へでも行けるぞ。と、その前に少しだけ待っていろ」
そう言ってブライトが姿を消したかと思いきや、ほんの数分で戻ってきた。
——ん? 腰に巻きつけている焦茶色の袋って初めからあったっけ?
記憶にない気がしたので疑問に思ったが先にグライトが口を開く。
「待たせたな。俺と駆け落ちするぞ、千颯」
喉を鳴らして意味深に笑われる。
「言い方!」
あまりにも良い顔で言われたので、男に気がなくてもドキリとしてしまった。