3、契約
「お前毛並みもめちゃくちゃ良いな。気持ちいい。可愛い。顔つきも凛々しくてカッコいいし最高だ」
ペロペロと顔や首筋を舐められるとくすぐったくて「ふふ」と笑いを溢してしまう。
数秒もしない内に疲れが無くなっていくのが分かり、ホワイトタイガーと戯れつつも不思議に思い首を傾げる。
——体が軽くなった……気のせいか? モフモフ癒し効果かな?
緩んだ顔でそう思っていたが、体の奥底から温まってきて、濡れた髪まで乾いていくのが手に取るように分かった。
温風が体を包み込んでいき、冷え切っていた筈なのに血行が良くなり、今しがた風呂から出たような状態になっている。
「これ、もしかしてお前の仕業か?」
問いかけるとホワイトタイガーが、ガウと鳴いた。
「凄いなお前!」
魔法みたいなものなのだろうか。
それにしても動物が魔法を使えるという事実に驚きを隠せない。同時に本当にここは異世界なのだと思い知らされた気がした。
次に室内に仄かな照明が灯り出していくのを、千颯は目を輝かせながら見つめていた。
ベッドに入り寝ようとしたものの、肝心な毛布も布団もない。小さな硬い枕があるだけだ。
「せめて毛布とか欲しかったな。召喚しといてホンット何だよこの仕打ち。あり得ないだろ。それに魔法陣とか…………無理!」
これでは食事も期待できないだろう。元の世界であればクレームものだ。何から何まで最悪すぎる。はぁ、とため息をついてベッドに腰掛けた。
「おいで」
隣を手で叩くとホワイトタイガーがベッドの上に乗って身を伏せる。
そのままの状態でさっきと同じように頭を撫でていると、ホワイトタイガーが緩やかに尻尾を振り何度か上下させた。
「へ?」
何も無い空間が裂けたかと思いきや、そこから毛布や枕、クッション、絨毯などが増えていくので声を上げながら目を瞠った。
——何、この子。凄すぎやしないか?
疲労回復したかと思えばこちらが欲しい物は何でも出せる。ホワイトタイガーの存在自体が某国民的アニメの四次元ポケットみたいだ。
「もしかしてオレの言葉が分かるのか?」
返事をするように「ガウ」と一鳴きされる。
「そか。でもこんなに魔法を使っていたら疲れたり力が無くなったりしないか? 平気なのか?」
ゆるゆると横に首を振られた。
「良かった、安心した。なあ、一緒に寝ないか?」
ベッドは元々大きくてニホンで見かけるダブルベッドくらいはある。隣に転がると、ホワイトタイガーも体の位置を変えて身を伏せた。
「名前はあるのか?」
首を振られる。元の世界にいた時にスマホで読んでいたミステリー小説を思い出す。犯人の名前をローマ字表記にしてアナグラム変換しただけの簡単な謎かけがあった短編だ。
「んー、そうだな……グライトは? タイガーを英語表記にして、アナグラム変換しただけなんだけどな」
千颯がフッと笑いを溢すとホワイトタイガーの体が青白く発光し、同じく目を細めて笑った気がした。
「気に入った」
「喋った!? え、え、ええ!?」
また混乱してきて、千颯は息をするのも忘れてホワイトタイガー……グライトを見つめた。
ゴロゴロと喉を鳴らしたグライトに首筋を舐められる。
「もっと俺の名を呼べ」
「グライ……、ト」
「もう一度」
「グライト」
グライトの体がまた青白く発光した。
「こんな感覚になったのは初めてだ。力が漲ってくる」
見た目通り低くて心地良いくらいの声音だった。
「名には命が宿る。名をくれた代わりに俺はこれから先ずっとお前を守ると誓う。お前は俺の名を呼んでくれ。それだけでいい。契約しよう」
それだと吊り合いが取れていない気がして慌てて両手を振る。
「それじゃオレばかりが得してしまうだろ。もっと別の案はないのか?」
別の条件を出すように提示したが、グライトは楽しそうに目を細めるばかりで取り合ってくれなかった。
「俺と契約を」
千颯が渋々条件を飲む事になってしまい、少し首を垂れた。
「う……分かった」
「では、名を教えて欲しい」
「オレは千颯だ。深月千颯。本当に良かったのか? オレに都合良すぎると思うぞ」
「そんな事はない。名をかけての契約は強力な結びつきを生む。千颯、これから側に使えさせて貰うぞ」
騎士のような物言いに、どこか胸の奥がくすぐったくなるような想いを抱く。
「じゃあ、よろしくなグライト。本当は一人でこの世界に来たから心細かったんだ。建物とか周りの人達の人相も外国人みたいで何もかもが違うし。でもこれからはグライトと一緒だと思うと心強いよ」
グライトの体温を感じていると段々安心出来てきて眠気が襲ってきた。