22、じいさんと白ヘビ
あまりにも酷い臭いと光景に目を背けかけたが、グッと堪えてしっかりと見据えた。吐き気が込み上げてきそうになったのを我慢する。
「酷い……」
「黒魔術に使ったんだろう」
「うん。ここで行われていたのは確実だね」
「黒魔術って動物の死体を使うのか?」
疑問に思い問いかけると首を振られた。
「生きたままその魂を使うんだ。だからこそ大昔にもう行えないように禁術指定され禁固令も敷かれた」
「——ッ」
せめて墓を作ってやりたい気持ちが芽生えたものの何せ数が多すぎる。体を織り重ねるようにして天井に届きそうなくらいに山を作っているからだ。
暗闇の中だというのに部屋の隅々には黒い霧を模したモノが蠢いていて、苦しんでいるかのように上下左右に揺れ動く。死して尚、苦しみもがいているのだろう。
——もう苦しまなくていいのに……。
こんなになってまでこの場に囚われている姿を見ているとあまりにも気の毒に思えて、心の中で願ってしまうのを止められない。
そうしている内に、何処からともなく温度をもたない青い火が灯ったかと思えば、内部全体に広がっていった。
——何、これ……。火なのか?
思わず手を翳してみたがやはり熱さを感じない。しかし全てを浄化し尽くすように燃えている気がして、ただ見つめ続けた。
その後で、天井からポツポツと小雨が躯の上に降り注いでいく。
——今度は雨?
村の時と同じだった。
もしかしたらグライトが何かしてくれているのかも知れないと考える。
「グライト……この子たちを弔ったり出来る?」
「意識を集中して、自然に還れるように願ってみろ」
「ん、分かった」
静かな口調で言ったグライトの言葉を聞いて頷く。目を閉じて全神経を集中させていき、薄く瞼を押し上げる。
——弔ってやりたい。もう苦しませたくない。
ジュッと音がした後で、部屋の中が淡くて白い光に包まれ、立ち込めていた腐臭どころか死骸諸共ミストのようになった。
火もいつの間に消えていて、それから十分も経たない内に部屋の中がどんどん空いていく。
「え……千颯!?」
「アホ鳥、黙って見ていろ」
二人の会話は聞こえていたけれど、目の前に意識を集中させたまま微動だにせずにいた。そして、もう苦しむ事がないように心の中でひたすら安息だけを願っていく。
「消え……た?」
大量の死骸が無くなってしまった。驚きを隠しもせずに、何度も部屋の中とグライトの顔を見比べる。
先程と違い、陰鬱とした空気も晴れて部屋の中も明るくなっている気がした。
「グライト……だよな? ありがとう!」
「違う。俺じゃないぞ。だからずっとお前がやっていると言っているだろ? 本当に面白い存在だな、千颯は。こんな芸当は精霊術師にでも出来ない」
「オレっ?!」
「これ聖水じゃん。あの瘴気を全部一掃するとか……意味分かんないんだけど〜??」
素っ頓狂な声を上げたエルゲアを見て、グライトが喉を鳴らして笑っている。
エルゲアはポカンと口を開いて唖然としていたが、突然感極まったように興奮して己を抱きしめてきた。
「すっごいね、千颯! こんなに大量の聖水を作り出すなんて本物の聖女でも不可能だよ! さすがボクの親友〜昔と変わらずやる事が無茶苦茶だね。そういうとこ大好き!!」
エルゲアの言う〝大好き〟と言う言葉の意味が友愛なのだと分かって、少し照れ臭くなってしまう。
——親友だなんて初めて言われた。
その気持ちと褒めてくれた事がとても嬉しくて頬を緩める。
「でもこれであの女のやりたい事は大体分かったな。早いとこ千颯のとこのじいさんを取り戻さないと取り返しのつかない事態になるぞ」
少し面倒くさそうに舌打ちしたグライトのセリフに顔をあげ、その顔を窺い見た。
「え、どういう事?」
エルゲアもグライトが言わんとしている事を理解しているようで、神妙な面持ちをして肯定するように首を縦に振る。
「だね」
「あの女は恐らくじいさんを黒魔術の儀式に使おうとしている。動物を使うよりは人間……その中でも精霊術師を使えば術師自身の能力を自身に移せるんだよ。そうなると元々黒魔術を使っていた影響もあり、闇魔獣を召喚出来るようになってしまう。しかもアホ鳥によればじいさんも千颯のように元素自体を扱えるんだろ? となれば、かつてないほど悪い事態になる」
「なあ、闇魔獣て何だ?」
生じた疑問を口にする。グライトに代わり、エルゲアが言った。
「ニホンでいう昔話に出てくる龍みたいなものかな〜。しかもかなりタチが悪くて凶暴でデカいやつね」
エルゲアが捕捉した内容に生唾を飲み込む。そんな存在が出て来れば国ごと滅ぼし兼ねない。その前に、急がなければ確実に祖父が殺されてしまう。
「どうしよう。どうすれば良い? オレには何も出来ないのか?」
「他にあてがあれば良いんだけどな……くそっ」
グライトが苛立ったように髪の毛を緩くかき混ぜた。
「情報を待っている余裕なんて無くなっちゃったもんね〜」
座り込んでしまったエルゲアも両手で頭を抱えてしまう。
「あの……ぼくなら案内出来ると思います」
「へ?」
声のした方に目を向けるとさっきの白ヘビがいた。散々グライトとエルゲアに脅されながらも、ひっそりとついてきていたらしい。
「どうやって?」
グライトが睨みつけると白ヘビは「うわわわわ」と声を発して己の後ろに隠れてしまった。思わず苦笑する。
「ごめんな。二人とも悪い奴らじゃないんだ。どういう意味か聞かせてくれないか?」
視線を合わせるように腰を落とすと、白ヘビがオドオドとしながらも口を開いた。
「あの、あの……ぼく、オリナルト公国の守護獣に伝えてくれと頼まれていたんです。でもその精霊獣がどの精霊獣なのか生まれたばかりのぼくには分からなくて……。さっきまでオリナルト公国を目指していたところでした」
「あー……そうなんだ。でも頼まれてって誰に?」
その精霊獣は目の前で君を脅している男だとは言わなかった。
「精霊術師のおじいさんです。一緒に連れ去られたぼくを敵の目を盗んで逃してくれました。皆さんのお話を茂みの中からチラチラと聞いてて……それで、あの……あなたの気配がおじいさんと似ていたのもあって、もしかしたら皆さんのお話に出てくるそのおじいさんて同じ人なのかなって思って、ついてきちゃいました。あの……ごめんなさい」
尻すぼみに声が小さくなっていき消える。バッと後ろを振り返って二人を見つめると、二人とも完全な悪人ヅラになっていた。




