18、きみのなは
「ちはやってホント酷い!! ボクはこんなにも、ちはやが好きなのに!」
ぶーたれはじめた鳥を一度見つめて視線を逸らす。
——それってどういう意味の〝好き〟なんだろう?
返答に困るのはそこだ。あと、何だかこのままついてきそうな予感があって、ずっと〝鳥〟と呼び続けるのは気が引ける。名前だけでもつけていいかグライトに視線を移すと思いっきり不服そうな顰めっ面をされてしまった。
「あのさグライト……」
「俺以外と契約しないと約束した」
「そうなんだけど、うちのじいさんの件で話が変わったんだよ。オレみたいなとこにいて、まともな食事もさせて貰えてなかったらじいさんの歳を考えても生命の危機に瀕している。コイツはじいさんとも面識があるみたいだし、どうしてもダメか?」
グライトが深々とため息をつく。
「名前だけだ。添い寝するのもマーキングするのも俺だけだ。忘れるなよ」
コクリと頷く。
「え、ボクに名前くれるの?」
やり取りをずっと見ていた男が爛々に瞳を輝かせてグライトと己を交互に見つめてくる。
「お前このままついてくる気だろう?」
「当たり前でしょ~」
「だからこそだよ。名前がないと不便だと思ったんだ」
グライトと同じような付け方でいいのかと思考を巡らせる。その時に「あれ?」と首を傾げる羽目になった。
「なあ、名前がないのにどうして人型になれたんだ?」
グライトが名前をつけてもらって力をつけた影響で人型になれたと言っていたのを思い出したからだ。
「これね、じいさんが力だけくれたんだ~あの人器用な人だからね」
花でも飛んでいそうなくらいに上機嫌で言った。己の家族のことなのに、己以上にじいさんを分かっているのが少し面白くない。
——オレももっと田舎に行ってれば良かったな。
そう思ってみても後の祭りだ。
「そーだな…………。なら、エルゲアは?」
言葉を口にした瞬間、男の体が急に発光し始めたかと思いきや、何故か髪色と長さまでもが変わってしまった。
グライトのような白色を主体にして、肩甲骨を覆いそうな長い毛髪の首から下だけ薄茶色のツートンカラーになったのだ。
「うっわ、凄いね! まさかここまで力を注ぎ込まれるなんて思わなかった。久しぶりに本当の姿になったよボク」
「いや、名前つけただけなんだけど……」
精霊獣というのは髪の長さまで変わるのだと初めて知って驚く。
グライトは顔を逸らして肩を揺らしながら笑っているのは明白だし、また担がれている気しかしない。
「あと、オレの名前……平仮名のちはやじゃなくて千颯だ」
テーブルの上に漢字を書いて教える。すると今度は男……エルゲアの瞳の色が黒から薄茶色に変わってしまいさすがに目を瞠った。
「瞳の色まで変わるの?」
「たぶん千颯が本当の名前を教えてくれたからだと思う~。さっきから体内を巡る力が凄いからね。さすが千颯! ボクが目をつけただけある~」
「……」
——うーん、やはり騙されている気しかしない。
とうとうテーブルの上に上体を倒してしまったグライトだが、未だに笑いで体が揺れている。
「グライト笑いすぎ。その前にさ、お前らオレを持ち上げても何も得なんてしないぞ? オレは社会に出て日が浅いし貯蓄なんてゼロだ。実家もどっちかというと貧乏だし金なんてないからな? たかろうったって何も出ないぞ」
「千颯こそそろそろ自覚したらどうだ? 使い方が分かっていないだけでお前は最高位クラスの精霊術師だ。俺だけのみならず、この男の事も本来在るべき姿である最高級クラスの精霊獣へと戻せただろう? その点は面白くはないがな」
「だっからさー、オレ本当に普通のさえない平社員だったんだってば。しかも仕事押し付けられてばかりのある意味便利な駒だけどいつでも切られる地位。お前らオレに期待しないでくれ。荷が重いよ」
大きなため息をついて今度は己がテーブルに突っ伏した。
「そのニホンとやらに行く時、お前を駒扱いしていた連中全員消すか……」
「空中から全員放り投げようよ~」
「やめてっ!!! お前らが言うとシャレにならないから!」
仮に帰れたとしてもついてくる気満々な二人の言葉を聞いて叫んだ。本当にやりそうで怖い。事故物件どころか事故土地になりそうだ。
この先どうなってしまうのだろうと考えていたが、ふと思い至る事があって顔を上げた。
「エルゲアってさ、ニホンと行き来出来るんだよな? 次元を開こうと思えばすぐにでも出来るのか?」
「行けてたんだけどね。行き来する為に貰った宝玉無くしちゃった~」
——抜けてるのか……。じいさんと気が合うのも分かった気がする。
喋り方同様頭の中も緩いらしい。見目は良いのに残念なイケメンだった。
すぐにどこかに行ってしまいそうな野良猫みたいな所があるのに、人懐っこくて愛嬌がある。思わず頭を撫でてやるとグライトが不機嫌全開で殺気だった。
「いや、つい……。おいでグライト」
一瞬でホワイトタイガーの姿になったグライトがそばまで来て頭を己の太ももに乗せる。その頭と首を思いっきりもふった。
——これ、やっぱり最高だ。
「え、ボクは一体何を見せられてんの? あんたのそのダラけた姿、他の精霊獣にも見せてやりたいよね~腹抱えて笑いそう」
「千颯の特権に決まっているだろう。お前は力が戻ったんならその宝玉とやらを探しに行ってこい。俺たちは千颯のじいさんとやらを探す」
「一緒にうちのじいさん探してくれるのか?」
「当たり前だ」
「ありがとう!! めちゃくちゃ心強い!」
満面な笑みを浮かべながら二人に礼を言うと二人に妙な顔をされた。そこまで酷い笑顔はしていない筈だが、勘違いだったのだろうか。
身長は少しばかり標準に満たないけれど、顔は普通だと自負している。悪くもなければ良くもない。何処にでもいるニホン人だ。
急に立ち上がったエルゲアがこっちに背中を向けたままどこかへ歩いていく。
「おい、千颯を汚すのはやめろ」
「はあ~? あれで何も感じないなんて不全なんじゃないの~? かーわいそ」
「俺は理性があるだけだ」
「どうだかね~」
エルゲアがグライトを見て鼻で笑う。グライトが殺気だったのが分かって慌てて席を立った。
「ちょちょちょ、待って! お前ら何で喧嘩になってんの!?」
意味が分からずに本気で困惑した。