14、本人だけが気付かない
「千颯、口に出してもいい。心の中ででもいいから、この水を全て雨に変えて村全体に降らせるイメージをしてみろ」
「へ? う、うん。分かった」
グライトの言葉に間の抜けた声が出た。よく分からなかったけれど、言われた通りに心の中で「雨になれ」と繰り返す。
少しすると溢れ出ていた水が一度全て空に上がり、やがて曇天となる。そしてポツポツと雨が降り始め、その雨は村全体を潤し始めた。
崖といい雨といい、唖然とする事ばかりで理解が追いつかない。グライトだけが楽しそうにしていて、千颯の頭はショート寸前だった。空とグライトの顔を交互に見合わせる。
二人の周りでは村人たちが皆笑顔で、ずぶ濡れになりながらも喜びを隠しきれずに走り回り、持ち出して来た桶に雨水を貯めていた。
「やはりな」
「グライトこれ……どう言う事?」
直後、クラリと眩暈がしてよろけるとグライトに抱きかかえられる。意識がぼんやりしてきて、次第に音が遠ざかって行った。
「使い慣れていないところに無理をさせすぎたか。すまない、千颯。俺の気を分けてやろう」
意識が薄れていくのと、柔らかい何かが唇に重なったのと同時だった。
勢いよく体を起こす。さっきみたいな妙な眩暈は無くなっていたので安堵の吐息をついた。
「あれ……何でオレ……?」
「千颯、やっとお目覚めか。中々目を覚さないから違う場所から直接力を注ぎ込むべきか悩んでいたところだぞ」
——違う場所……何の話だ?
恒例の如く首元にチュッチュと吸い付いているグライトの頭を撫でながら「ここは?」と尋ねる。
「村長の家にある空き部屋だ。しばらくの間泊めて貰える事になっている。お前を心配した村の連中が案内してくれたんだ」
「そうなんだ。心配かけさせちゃったな……」
「千颯は褒められる事しかしていない。倒れたのは俺が無理をさせたせいだ。すまなかった」
倒れたと言われてその前までの記憶を思い出す。
「そうだ、グライト! 道に穴をあけたり雨を降らせたりとか、あんな大掛かりな技を使うなら事前にちゃんと説明しておいてくれないか? オレがやったんじゃないかってビックリするだろ!」
「……」
時でも止まったのかと思うくらいに長い間が空いた。心なしかグライトの視線が泳いでいる気がして「ちゃんと聞いてるのか?」と再度問いかける。
「あーーー……、そうだな。すまなかった。気をつける」
分かっているのか分かっていないのか疑問になるような表情と返事だったので、両手でグライトの顔を挟み込んで正面を向けさせてジッと見据えた。
間近で見た透き通るライトブルーの瞳はビー玉みたいで綺麗だと思った。いや、そんな事より……。
「本当に、分かって、いるのか?」
聞き取りやすいように言葉を区切って言うと、あからさまに視線を逸らされた。
「おい……」
「分かったと言った」
「なら、真っ直ぐにオレを見たままで言え」
一度視線が絡んでまた逸らされる。
「目を逸らすな!」
「くそっ……、理由をつけて食っとけば良かったか」
「食うっ!?」
ボソリと口走った言葉を聞いて、頭から齧りつかれるイメージしかできなかった千颯は瞬間的に手を離してグライトから距離を取った。
その時、扉をノックされる音が響き「よろしいでしょうか?」と声をかけられ、返事をすると扉が開いた。
「千颯様、ご気分はいかがですか?」
「大丈夫です。ご心配をおかけしました。あの……様付けはしていただかなくても結構ですよ」
「いえ、命の恩人も同然ですから! 村長が夕食をご一緒したいと申しておりますがどうされますか?」
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
「かしこまりました」
一礼をした侍女が朗らかな笑みを浮かべて部屋を出ていく。
「あ、部屋って一部屋なのか聞くの忘れてたな。このベッドじゃグライトには少し狭いだろ?」
「一緒で良い」
——それってマーキングしなきゃいけないからなんだろうな……。さっき食うとかって言ってなかったか?
既に軽く歯を立てられている首元のむず痒さは一体どっちの意味なのだろうと考えてしまい、何故だか複雑な気持ちになってしまった。
村長一家を交えての夕食は、賑やかで楽しかった。
城から離れているとはいえ、諸々を含んだ精霊術師を泊めた話は伏せておくように話をつける。その中で、グライトが破壊した道や像の話題になった。
「本来ならば雨を乞う為のものだったのですが、あの像を贈られてからは逆に干ばつ続きで育つはずの作物も育たなくなり……ですが神殿や宰相様からの贈り物でしたので無碍にも出来ず、どうすべきか迷っていた所でした」
——ホント、ろくな事しないなあの人たち。
表情筋が死んでいく。
グライトに対して「何してんだ、コイツ」とかと思っていたが、部屋に帰ったら思いっきり褒めちぎって愛でて頭を撫でてたくさんマーキングさせてあげようと思った。