13、破壊はダメだ!
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揺蕩う意識の中で「ああ、これは夢だ」と漠然と考えていた。自分の体を俯瞰して見ている自分がいるのに気がついたからだ。
千颯の家系には曽祖父も祖父も生存していない。曽祖父は病気で他界し、祖父はある日突然居なくなってしまったと、千颯は祖母に聞かされていた。そんな祖母の所へ最後に遊びに行ったのは小学校三年生くらいの時だった。
落ちてしまうと大人でも助かる見込みがない崖の上で、千颯はナニカと会話をしながら遊んでいた。それを見た祖母が真っ青な顔で千颯に言ったのだ。
『千颯! 千颯! アレはダメだ。それらは視てはいけんよ。じいさんみたいに連れて行かれてしまうからね。それはたぶん……』
今なら祖母の言いたかった事が少しわかる気がする。神隠しに遭うのを恐れ示唆していたのだろう。祖父が忽然と姿を消した当時、村では結構な騒ぎになったらしい。
〝視て〟はいけないものとは恐らく霊というより、精霊の事だった。
異世界に連れて来られた時に祖母も同じモノを視ていたのかもしれないと思っていたのだが、今なら違うと思える。
同じモノを視ていたのはきっと祖父だった。だから同じように連れて行かれてしまうと思ったのだ。もしくは自分と同じように祖父も何処かの世界へと召喚された。
祖母は祖父がいつ帰ってきてもいいように祖父が使っていた部屋を毎日掃除して綺麗にしていたし、祖父と祖母が写った写真も目につきやすい場所に飾っていた。
千颯の両親が都会で一緒に住もうと提案したのを今でもずっと断り続けている。きっと祖父が帰って来るのを待ち続けているかのように。
そこで夢から覚めた。
「グライト? あれ……下に着いたのか?」
「着いたぞ。途中で気を失ったようだったから近くの洞窟内に連れてきた」
「そうなんだ。ごめん、面倒かけて」
「千颯なら構わん」
崖にはちゃんと底があったようだ。良かった。心底良かった。安堵の吐息をつく。
——崖、か。だから昔の夢を見たのかな……。
あの時も断崖絶壁で遊んでいたのを今の今までずっと忘れていた。
「うわ言を言っていたが何か夢でも見ていたのか?」
「夢……。というより、昔の記憶を見てた。祖父がある日突然居なくなったんだよ。それを思い出して、小さな頃に田舎で妙な生き物と遊んでたなってのも思い出した。もしかしたらアレらがこの世界でいう精霊だったのかな」
「千颯の血筋は皆精霊が見えるのか?」
「分からない。でもオレはずっと祖母に、見てはいけないと言われ続けていたよ。連れて行かれてしまうから、と」
「なら祖父とやらも千颯みたいに召喚された可能性もあるな」
——召喚か。もし生きていてこの世界に召喚されているのなら、これから会える可能性も捨てきれない。
もう写真に映っていた顔しか覚えていない祖父の事を思い出す。
「んじゃ、そろそろ行こう。グライト」
「もう平気なのか?」
「うん。大丈夫だ」
腰を上げてグライトと共に歩き出す。ここの森はあまり足場が良くなくて、しょっちゅう転びそうになり、滑る羽目になる。その度にグライトが支えてくれるのはいいが落ち込んだ。
——グライトが居ないとオレはまともに歩けもしないのか……。
己の不甲斐なさが嫌になってくる。もっと合気道を極めていれば良かったなと今になって後悔していた。想像していた以上に体幹が未熟過ぎる。
「元気がないな。疲れたのなら抱いていってやろうか?」
「それは一番嫌だ」
キッパリと断るとグライトが舌打ちした。
「舌打ちやめろ」
悪態をついた直後、バランスを崩しそうになってしまい、思いっきり腰に力を込めて踏ん張った。
「ほら言わんこっちゃない」
「オレだって男だ。これくらい平気だ」
少し残念そうにしてくるグライトを無視して歩き続ける。やがて、道は大人が二人通るのがやっとなくらいに狭くなり、肝が冷えた。
——オレ、崖と縁でもあるのかな。
とても嫌すぎる縁である。
頂上に着くと、小さな村があって村人たちが農作業に勤しんでいた。
その割には土がやたら乾いているのに気がつき首を傾げる。土がひび割れ、明らかに水不足だと物語っているのだ。声をかけようにもよそ者が口出しして良い問題なのかも迷う。
祖母が住む田舎で農作業を手伝った時にはもっと潤っていた。
——口出ししない方が無難なのかな……。
よそ者が首は突っ込まない方がいいかもしれないと思案していると、足早に歩き出したグライトがおもむろに村の広場にあった銅像の下に拳を打ち込む。結構な大きさの穴が空き、そのすぐ横にある銅像までもを破壊してしまった。銅像はあの宰相とどこか似ている気がした。
「ぐ、グライト~~っ!?」
——何やってんの? あの人っ!!
「喉が渇いた」
「お前は喉が渇くと地面を破壊するんか!?」
意味不明だ。また問題が増えたと頭を抱える。
それも束の間で、何処からともなくドドドドと何かが吹き上がってくる振動と音がした。ちょうどグライトが拳を入れた場所から噴水のように水が噴き出す。それを呆然と見つめるだけだった村人たちが、次第に目の色を輝かせて走り寄ってくる。
「水がこんなに!!」
「奇跡だ」
「ありがとうございます」
怒られると思っていただけに拍子抜けしてしまう。
「ここにいる精霊術師である千颯のおかげだ。感謝しろ」
「え……」
「千颯様! ありがとうございます!」
「えええーーー……」
グライトが満足気に胸を張って腕組みをしている。その横で村人達がこっちを見て手を組み合わせて拝んでくる。
グライトの茶番一つで千颯は救世主扱いだ。そのまま気絶してしまいそうになるのを必死に堪えていた。
——何が何だか分からないけれど、そういうのやめて欲しい。
声にすらならなかった。