11、追手
お腹も落ち着いてきたので意気揚々と浴室へと向かうとグライトもついてきて、当たり前のように服を脱ぎ出したので焦った。
「何でグライトも入って来るんだよ?」
「俺も浴びるからに決まっている」
何か問題でもあるのか? とグライトの目が物語っている。勝手にその体格差にコンプレックスを抱いているとは言えなくて、別々で入ろうと提案してみたがあえなく却下されてしまう。
「これならどうだ? 千颯が洗う事にはなるがな」
「喜んで!!」
ホワイトタイガーになったグライトが、どこか不服そうに目を細めてこちらを見ていた。
——無視だ、無視。
気が付いていないフリをしてソープを泡立てて、グライトの頭のてっぺんから隅々まで洗っていく。綺麗にした後でまた人型になったグライトが先に浴槽につかった。
自分の体も洗い終わる。浴槽につかりたかったが、いくら己が小さめサイズとはいえ、成人男性二人で入るには狭すぎだ。
今日は浴槽につかるのは諦めようとしていると、突然体が浮いて浴槽の中に落とされた。一気にお湯がこぼれて流れていく。魔法でも使ったのだろう。それを見てグライトが笑っていた。
「あのなー」
「温まらないと体が冷えるぞ」
「そうだけど、狭くないか?」
「別に気にならん」
背後から抱きしめられてしまい、首筋に甘噛みされる。
「痛くない程度に噛むのは良いけど、寝ぼけた時に間違えてオレを食べるなよ」
「大丈夫だ。誓ってしない。まあ、ある意味千颯は美味しそうだがな」
——それ本当に大丈夫なのか!?
頭からガブリといかれるのはさすがに嫌だ。
嘆息した時にまた噛まれる。本当に変な精霊獣である。燃料補給源と言っていたのを考えると、包み隠さずそのまんまの意味なのだろう。主従関係が逆転している気がしたが、まあ良いかと考えるのを放棄した。
——またコイツは……。
人型グライトに抱きしめられて寝ているのが分かって、その頭に軽く手刀を入れる。綺麗な二重瞼が揺れてライトブルーの瞳が覗いた。が、すぐに閉じていく。案外寝汚いとこもあるようだ。
「グライト、腕重い。退けるぞ……」
グライトの腕を持ち上げて中から這い出ると何故かまたベッドに逆戻りしていた。
「あのなー」
言いかけたところで唇に唇を押し当てられ、ペロリと舐められたので唖然としてしまう。
——え、なんで今キスされた?
当の本人はまた寝息を立てて気持ち良さそうに寝てしまったので真意も聞けず終いとなり、モヤモヤした思いだけが燻っていく。再度グライトが目を覚ました時に聞いてみるも、本人は全く覚えていないようで、それにもまたモヤモヤしてしまう。
——コイツもしかして誰にでもこうなのか?
疑惑が浮上した。
「グライト、誰にでもこういうのはしない方がいいぞ。特に唇へのキスはダメだ。勘違いされてしまう」
ポカンと口を開けて目を丸くしながらも、グライトがこちらに向けて視線を落とす。その様子を見ている限りではやはり無意識だったのだと推測出来た。
「覚えてないからもう一度させろ」
「なんでそうなった!? ダメだと言ったばかりだぞ!」
「千颯ばかり覚えていて狡いだろ。俺は覚えていないからもう一度やり直しだ。今度は記憶に刻む」
「ダ・メ・だ!」
手で無理やり顎を上向かせられたので、唇が重なる前に自身の手を差し込んで阻止した。内心ざまーみろとほくそ笑む。このキス魔で噛みつき魔には躾が必要だなと考える。
——他所でオレ以外の人には迷惑をかけさせないようにしないと。
謎の使命感に燃えていると、外が少し騒がしくなっているのに気がついて視線を向けた。
「うげっ」
思わず声が出る。そこには本邸へと走っていった警備兵と同じ制服を着た男たちがたくさんいたからだ。見覚えがありすぎるどころの話じゃない。
「グライト、見つかったかもしれない! 外に警備兵がきている!」
「案外早かったな」
馬の鳴き声と蹄の音、視認出来ただけでも十人以上の警備兵がいる。
「千颯、予定変更だ。今すぐここを出て別の街へ行くぞ」
「行くったって玄関先は囲まれてる。どうやって行くつもりなんだ?」
「屋根の上を飛び越えていく。今度は大声をあげるなよ?」
「え……」
ニンマリと微笑まれた。どうしよう、嫌すぎる。考えている暇もなく宿屋の廊下から数人のブーツの音が聞こえてきて身を固くしてしまった。
「失礼します。少々お話をお伺いしたいのですが宜しいでしょうか?」
扉をノックする音が聞こえたので奥にある部屋に飛び込んで窓を開け放つ。その部屋はちょうど建物の真横に位置していて、下には誰の姿もない。
「掴まってろよ千颯。行くぞ」
グライトの首に両腕を巻きつけてぶら下がれば、お尻の下に回ってきた手でしっかりと固定された。左手一本で抱えられているのは癪だが……。
家の屋根伝いにグライトが飛び、屋根から屋根へと次々に移動していく。気を抜けば叫んで目を回しそうだったので、下を見ないように目を瞑る。
空を浮遊する感覚がなくなったのが分かり目を開けると、街外れまで来ているのか千颯の視界には間隔をあけて建っている家が映り込むだけだった。
反対側を見るとそこはもう原っぱになっている。馬の鳴き声も蹄の音も男たちの声もしない。どうやら難からは逃れられたようだ。