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10、ハゲてた理由



「っ、ん」


 気がついたらベッドの上に寝かされているのが分かって飛び起きる。ニホンで住んでいた部屋よりも数倍広い個室は、見ているだけでも気後れしてしまう。アンティーク調の家具やドレッサー、シンプルな造りながらも天井からシャンデリアも吊るされている。

 ベッド脇にはグライトが腕を組んだ体勢で立っていて、目が合ったのと同時に話しかけられた。


「大丈夫か千颯。突然倒れるから驚いたぞ。歩き通しで疲れたか?」


 疲れていないと言えば嘘になる。が、そこまで気になる程ではない。運動不足解消には丁度良いと思っているくらいだ。それよりも問題は別にあった。


「グライト、まさかとは思うけど帝国の金を全部持ち出したのか!?」

「全てかどうかは分からんが金庫内のものなら持ち出したぞ。それにあの金庫は宰相の裏金だ。帝国に負担はない」


 当たり前のようにアッサリと言われ、また気を失いそうになる。いくら裏金とは言え、泥棒とかという可愛い域は遥かに超えていた。故意的じゃないにしろ魔法陣を消してしまった罪と逃亡、また強盗加担……言い逃れ出来そうにない。ギロチン確定だろう。


「千颯にした仕打ちを考えれば当然だろう」

「オレにそんな価値なんてないんだけどな……」


 泣きそうだ。力なくそれだけ言うのに必死だった。

 これから違う意味でも追手が来そうで頭が痛くなってくる。宰相の隠し裏金との金額と吊り合いが取れるだけの価値は己にはない。絶対ない。何度も心の中で繰り返す。

 しょげかえっているように見えたのか、グライトがホワイトタイガーの姿に戻っていく。


 ——これはいつ触っても癒される。


 グライトの首に抱きつき、モフモフで心の錆を落としていく。最高だ。

 グライトは良かれと思ってしてくれたので怒るに怒れない。ホワイトタイガーの姿で小首を傾げて見つめられる。


 ——ぐおっ、この可愛い生き物を怒るなんてオレには出来ない!!


 ギロチンも吹き飛ぶくらいの可愛さだ。脳内で花が飛んでいく。


「可愛いっ! グライトお前……オレがこの姿に弱いのを分かっててやってるだろ! 可愛いんだよ、こんちくしょう!」

「バレたか」


 これでもかと言わんばかりにモフっていると扉がノックされた。どうやら夕食の支度が整ったらしい。その旨を告げられ返事をした。また人型に戻ってしまったグライトを見つめ、じゃっかん残念な気持ちになる。


「オレの癒しが……」

「後でまた触らせてやる。腹が空いた。飯を食うぞ」


 室内のテーブルにつくと次々に料理が運ばれてきた。フレンチを食べにきた気分になってきて、慣れていないので少し緊張してくる。

 ワインの注がれたグラスにも視線を向け、喉を嚥下させてしまった。全て並べ終えるとソムリエを含む給仕係たちが一礼をして部屋を出ていく。グライトに視線を向けると微笑まれた。


 ——くそ、無駄に良い顔しやがって……っ。


 豪華な食事もワインもグライトを輝かせる為の舞台演出のようだ。


「二人しか居ないから好きに食べよう。作法など俺も知らん」


 グライトの見た目からすればそれは少し意外だった。王族だ貴族だと言われても違和感がないからだろう。

 少し考えてみると、グライトは精霊獣なのだ。作法を知っている方がおかしな話だった。ずっと現代文明に触れていた千颯の方が詳しい。

 フォークに肉を刺してそのまま齧り付こうとしているグライトを見て少しだけ笑った。


「グライト、左手にフォーク右手にナイフを持ってこうやって食べる分だけ切り分けていくんだよ」

「そうか」


 実践して見せてみると、興味津々に見つめて真似てくる姿は人型でも可愛く思えた。簡単な作法だけ一通り教えてそれぞれの皿を空にしていく。


「こういう料理は久しぶりに食べたけど美味しかった」

「千颯はもっと肉をつけた方がいい。食べられそうなら追加するが?」

「いや、いい。さすがにもうお腹いっぱいで入らない」

「俺の半分も食べていないぞ」

「グライトがおかしいんだよ」


 苦笑する。食後の紅茶を飲みながら一息ついて部屋を見渡す。起きた時にも思ったがやはり豪華だ。部屋の中にダイニングやキッチンまであるとは思わなかった。

 慣れないとは思いつつも、帝国の連中に見つかったら斬首刑間違いない。ごめんなさいだけはしっかりと伝えて、今のうちに人生を謳歌しておこうと遠い目をして開き直った。

 千颯としては不可抗力だったのもある。グライトが金庫の中身をゴッソリと持ってきているなんて露ほどにも思っていなかったのだから。


「腹が落ち着いたら浴槽にでもつかろう」

「浴槽あるのか! 入る!」


 一日一回は浸かりたいくらいには風呂は好きだ。過去に、どこかの国では風呂は一週間に一度というのを聞いた事があったので中ば諦めていたところだ。


「グライトってさ、帝国にいた時は何して暇を潰してたんだ? オレが現れるまでは誰にも見えなかったんだろう?」


 ゆっくり瞬きした後でグライトが言った。


「あの宰相とか呼ばれていた男の頭に齧り付いたりして遊んでやってたぞ。俺を結界内に閉じ込めようと言い出した張本人だからな。そしたら何故かてっぺんだけハゲてきて少し面白かったな」


 ——何やってんだよ、お前……。


 想像しただけで笑えてきてお腹を抑えて爆笑する。


「オレ……っ、それ見たかった」

「機会があれば今度やってやろう。ああ、だが今はもう姿が見えてしまっているからバレてしまうな。しまった……」


 本気で考え込んでしまったグライトを見てまた笑った。



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