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1、五分でクビになりましたけど!?



 縦長に配置された窓には花型を模るステンドグラスが嵌め込まれている。寒色系の色を散りばめたような色彩は、それぞれが輝きを放っていた。

 天井はアーチ型になっていて、三十メートルくらいの高さがある。


 壁も柱も細工が施されており、建造物に興味がなくても見惚れるくらいには綺麗だった。

 その大聖堂はラスティカナ帝国のみならず、遠く離れた異国まで名を轟かせるくらいには有名な場所でもある。


 深月千颯(みづきちはや)はポカンと口を開けたまま天井を見上げていたが、弾かれたようにハッと我に返った。


 ——待て。どこだ、ここ? もしかしてオレ、風呂で居眠りして溺れ死んだとか!?


 ほんのつい先程まで一人暮らしをしていたアパートで風呂に浸かっていたのだ。なのに突然風呂の底が抜けてお湯ごと内部に吸い込まれた。

 中は真っ暗で全く何も見えず、溺れるという恐怖で空気を求めてもがけるだけもがいた。


 やっと抜け出せたのはいいが、顔を出した場所がここ……大聖堂らしき場所だったのだ。意味不明だ。

 死んだにしても天国に行ったとしても妙に感覚が生々しく、地面は冷たいし濡れていて寒い。頬をつねると痛みが走る。


 ——死んでも痛いものなのか?


 それに周りがザワザワと騒がしかった。視線を走らせれば、白いローブを羽織った十人近い男たちに囲まれている。


 ——天使じゃなくてムサイおっさんしか居ないんだけど……一体どうなっているんだ!?


 混乱を極めていた。


「召喚に成功したぞ!」

「聖女様に代わる精霊術師様だ!」


 ——召喚!?


 次々に上がる声は嬉々としたものだ。


 ——何だそれ……。召喚とかラノベかよ。


 アニメや小説で良く見かけていた設定を思い出す。見える範囲内だけでも、いかにも国外旅行のパンフレットに載っていそうな建物ばかりだった。


 ——ええ……本当にどこだよここ。ちゃんとオレ帰れるんだろうな?


 精霊術師と言われても確実に何も出来ない。遠い目をする。

 確かに幼少期には人ならざるモノが視えていた時期があった。

 それらは人型というより、もっと大きなモノや動物のような形状をしていたので幽霊とかとは違うのだろう。

 年齢を重ねる内に視えなくなっていき、二十三歳を迎えた今は不思議なモノたちとは無縁の生活を送っている。


『それらは視てはいけんよ。連れて行かれてしまうからね。それはたぶん……』


 祖母の言葉を思い出す。そうだ。あれ以来視えなくなっていった。

 もしかしたら祖母にも視えていたのだろうかと考えて慌てて首を振る。違う。違う。そうじゃないだろう? 今、真っ先に問題にすべき点はそこじゃない。


「誰かオレにタオルと着る物をくれませんか!?」


 ついでに靴も強請る。

 誰にともなく声をかけたのと、慌ただしく誰かが声を張り上げて走ってくるのとほぼ同時だった。


「大変です、宰相! 念願の聖女様が本邸にいらっしゃっております!! えと……この方は?」

「え…………」


 やたら長い沈黙が訪れる。宰相と呼ばれた男が口を開いた。


「あの……貴方はどちら様でしょうか?」

「それはオレのセリフなんですけど?」


 一様にこちらを見つめている。

 静まり返り、めちゃくちゃ気まずそうな雰囲気が漂っていて、隣の人を肘でこずき「おい、お前言えよ」みたいな会話が耳に届いてきた。


 ——どうでもいいけど、先に服が欲しい……。


 服は一向に出てこない。

 座り込んだまま腕を交差させて下半身のブツを隠す。同じ男とは言え、初対面の野郎どもに堂々と晒せる自信も勇気もない。


 千颯が正面にいる宰相を上目遣いで睨みつける。服が出てくる代わりに告げられたのは、十回くらいは聞き返したくなるセリフだった。


「大変申し上げにくいのですがお告げにあった本物の聖女様がたった今名乗り上げて到着いたしました。その……、神官たちが貴方様をこうして召喚したのですが、聖女様はもういらっしゃいますので、お役目は残念ながらなくなりました」


 悪びれた様子もなく、ザビエル……もとい宰相にタオルと服を手渡される。


 ——良く分からんけど、オレはお役御免って意味だよな。もういいや、それで。どうでもいい……。


 投げやりに思考回路を止めた。

 ここ最近は仕事も残業続きだったのもあり、心底疲れていたからだ。

 仕事に熱心過ぎるというのは、周りには嫌味に映っていたらしい。次々と押しつけられる書類整理と作成に追われる日々を送っていた。


 精霊術師をクビになったところで、こちらとしては特に困る事は何もない。元の生活に戻れば良いだけの話だからだ。

 そもそも精霊術師という仕事は何をすれば良いのかさえ検討もつかない。それなら慣れている分、前の生活が良かった。起きてまた仕事に行く。そしてまた誰かの仕事を押し付けられる。それだけだ。いつもと変わらない。


 しかし不安要素も同時に生まれた。鵜呑みにしたくはないが、召喚という事はここはニホンとは別の世界なのだろう。否応なく呼ばれたものの、元に戻る術があるのかどうかだ。多くのアニメや小説内では戻れない物が多い。


「用済みなのは理解しました。オレとしては興味もないですし、ここに居ても何かのお役に立てるとも思いませんので別に良いです。それより、オレは元居た世界に戻れるんですよね?」

「ご理解いただき感謝します。戻る方法なのですが、その……」


 ごにょごにょと聞き取りにくい音量だったのもあり「は?」と聞き返すと、隣にいた神官らしき男が言った。


「召喚の際、貴方様が勝手に持ち込んだ大量の水で召喚用の魔法陣が流され、この通り跡形もなく消えてしまいました。ですので戻れません。古代文字で記されたかなり年代物の特殊な魔法陣だったのですが。それなのに……これは由々しき事態です。新しく描き直せる者は現段階でこの国には存在しない為、このままここでお過ごしいただき、貴方様には召喚用の魔法陣を記せる者を探していただく形になります」

「はあああああ!?」


 絶叫に近い千颯の声が響いた。


 ——勝手に呼びつけておいてなんだその言い方は。


 まさか召喚後わずか5分でお役御免となったどころか、元いた世界にも帰れなくなってしまった。

 その上、勝手に召喚しておきながら魔法陣を直せという無茶振り……千颯は服を着るのも忘れ愕然とする。



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