21番ホール コスモスに君と
「まさかこんなに差が縮まっていないだなんて思わなかったよね」
「わたくしたちだけが練習してたわけじゃないんです。当然ですよ」
「オレらだってやってたんだよ? まじめに。ねえ真琴」
「そいつらのことは眼中になかった。あくまで世界を見据えてのことだった」
「はぁん?」
「イヤイヤイヤ、気を悪くしないで! マコトハマタ! ソンナイイカタバッカシテッ! 君らの影響がゼロかって言ったらそうじゃないんだが。ウチのバカは素直じゃなくって」
「わたくしたちを通して世界をみた、と解釈しておきます。まったく眼中にないわけではないと知れただけでも収穫です」
「いや。本気で眼中になかった。世界だけを見ていた」
「オイィ! 水守さんのフォローをなんだと思ってんの? 頼むから波風立てないでよ!」
3ホールを終えました。
こんにちまでに復旧できているホールは先ほどの仮設3番まで、4ホール目からはまた仮設1番に戻り、以降は勝負がつくまでくり返します。
「てーかさ、あなたたちどうやって練習してんの? 東京のど真ん中なんでしょ?」
「いや、千葉県代表なんだよね……」
「え? あれっ!? ごめん! でも? 舞浜ってたしか東京ネズミーランドあるんでしょ? そこじゃなかった!?」
「つばめさん……」
「あるにはあるが。あれも私らの高校も埋め立て地だ、都会のすみっこ」
「あるぇ〜? 夢の国は都会のすみっこ暮らしだったか。んで? どうやって練習してんの?」
「どうやってって。たぶん島育ちの君らとそんなに変わらないと思うよ。場所が限られてるから普段はネット打ちと、バンカー、アプローチだけ。んで、週イチで学校と縁のあるゴルフ場で営業終了後に回らせてもらう。それくらいさ」
「そうなんだ。ボクらとぜんぜん違うんだね」
「!?」
談笑していますね。
リードする舞浜高校が2.5ポイント、追う立場の長崎東西が1.5ポイント。この状況にあっても両校はカートとカートを並走させて会話に花を咲かせます。
フェアウェイ乗り入れ可のふたり乗り乗用カートは、新しいものは電池式で音が静かなのも特徴よね。だから会話がしやすい。
しかもこれまで先々を行っていた真琴ちゃんも会話に応じている。認めたのよ、肩を並べる存在として。自分たちと競える対等な相手として。
最強の高校生に実力を認められた長崎東西もまた、その実力は本物でした。魅せるだけでなく、運だけでもなく。最強の挑戦者となって今、日本一をかけた戦いの渦中にその身を投じます。
ほんと日本一を決めるにふさわしい対決になったわ。
アタシうれしくって泣けるゔぁああ!
「ぜんぜん? オレらとはぜんぜん違うって?」
「うん。そんな練習方法してるんならボクからアドバイスができるかも。いい? まず学校を出るんだよ。それからアイアンならアイアンの距離、ウッドならウッドの距離だけ離れてそこから学校に向けて打つの。同じネット打ちでもちゃあんと飛ばすから気っ持ちいいよぉ〜?」
「はて、いつアイアンの練習をなされていたので?」
「ゔ!」
「いつもたくさんのボールと、ドライバーを一本だけ持って出ていくではありませんか」
「ゔゔ」
「打ったら打ったでそのまま気持ちよく自宅へ帰ってしまいますし」
「ゔゔゔ!」
「いやいやちょい待ち。学校外から学校に撃ちこむ、だって!?」
「ああ、うん。変かな」
「変どころか危ねえだろ」
「お、マコっちゃんも興味ある? 危なくなんてぜんぜんないよ、だって全部ちゃあんとネットに入れるもん。学校の端っこの、実習棟と武道場の間に設置してあるんだぁ」
「いったいどんなコントロールしてるんだ。ドライバーなんだろ? それに条例など違反しているんじゃあないのか」
「え、嘘でしょ? だって駐在さんいつもニッコニコで打ってる横とおってくよ?」
「今や名物なのです、島の」
「島の人たちから文句が出ないのなら構わない、のか?」
「気ん持ちいいよぉ〜! 波しぶき浴びながら、丘で風を浴びながら、道路の熱気を感じながらスパーンって。もちろん太郎は帰ったらギラギラになるまで磨くんだぁ〜。同じ海辺ならいいじゃない。やってみなよ、スパーンって」
「太郎とはドライバーのことでして。ヘッドカバーなのです、ブタの」
「補足ありがと。でもやめとくよ。普通そこまでコントロールないってーの。それにオレらのとこでやったら補導されかねない」
「ふぅん、生き苦しいんだね都会も」
「ですが柔道部の方々、怒っていましたよ? 誰が屋根壊したんだって。雨漏りするって言っていました。屋根を修理したら中から出てくるんでしょうねえ、ゴルフボールが」
「ゔゔゔゔ! だって1球目は風をつかむための試し打ちだからさすがに読みきれないこともあったりなかったり?」
「怒られる前に自首しておいてくださいね〜」
「ね、優勝したら自動的に許してくれないかな?」
さあ、会話で盛り上がるカートがふたたび1番ホールに戻ってきました。
「あれ? あっちじゃないの?」
「いいえ、ジャッジさんが言うにはここで合っているのだそうです」
先ほどはお伝えしませんでしたが、2周目からは各ホールの距離が変化します。ティグラウンドを変えることで距離が延びるホールと短くなるホールとがあります。
「へえ、いろいろおもしろいこと考えるなぁ。ねえ大空さん? やるじゃない運営も」
「ここから!? めちゃくちゃ距離が延びるくない?」
「100ヤード近いでしょうか。ほとんど600近いと思います」
「600ゥ!?」
アディショナルホールだものね。延々と同じところばかりじゃ飽きるでしょう? それにサッと勝敗がつくのがファストゴルフのいいところ。決勝とはいえダラダラ延長戦やられちゃ名折れだもの。
カカン、スパッとぉ決着、どうぞつけちゃってぇええ、おくんなせえ!
おや?
ドライバーをバッグから取りだす水守を、大空がとがめているようです。
「美月ちゃん? ここも1周目みたいに温存したほうが」
「なにを言うのです、ここまで距離を延ばされたのなら、逆に一番の使いどころではありませんか。正面だった林も邪魔にならなくなりましたし」
水守を心配する大空の苦悶の表情です。
これまで触れずにきましたが、やはり水守は体調に懸念があるのでしょうか。
ん。まあ。
事情を知る赤井さんの口は固いですね。
思い起こせば成長期にもかかわらず伸び悩む飛距離に始まり、直近では1周め2番ホールのミスショット。その後のいちじるしい消耗。
現役学生のウッドの平均飛距離が毎年落ち続けているのは見逃せません。
しかし水守そのまま抜いた。やはりここも狙いますか。
本当は暗黙の了解だったのだけどね。
有名人ではあるけれど、現役高校生のプライベートに踏みこんだ報道は控えるべき。ところが今やあの子の体調は日本全国の人がご存知。各自が葛藤の間で揺れてるわ。
だとしても。
あの子はなにか、抱えているんだと思うのよ。でも本人が発表しないからアタシたちもなにもゆわない。その時がくるまで普通に接するわ。高木クン、あなたもそうなさいね。
はい……。
「そっか。わかった、美月ちゃんの覚悟を受けとったよ!」
当然の判断よね。もちろん舞浜もこの程度の延伸ならまちがいなく狙ってくる。だったら遠慮なんかしたら負け。そもそもイーブンの時点で負けなのだから、長崎は攻め続けるしか道はないのよ。
さあ。
出るのか。
「第四の奥義! バイアフリンジェンス・オブ・アルバトロス!!!!」
今の長崎東西にはこの武器があります!
すばらしい大空の方向性で、ティショットはグリーンへ向けてまっすぐ! ひたすらにグリーンを目指して飛びます!
高いボールは着弾からのランもそう多くはありません。どうか!? 勢いは落ちたが?
「お願い……!」
「問題ないよ美月ちゃん。あれは乗る、なんでかわかるんだ」
「つばめさん? あなた……?」
乗せてきたァーーーー!
土壇場で乗せてきたぞ水守・大空ペア! ピンチになるほど強くなる長崎東西は決勝戦でも健在ィィィィ!
淡々と自分たちの準備を始めたわね舞浜は。
ここで二宮弟のドライバーが失われているのが痛いですね。先ほどと同じくらいの飛距離が必要な状況、先に長崎が乗せた場面で舞浜がどう攻めるか。
だけど強行するみたいよ?
クラブを交換できればいいんだがな。右利きと左利きではそれもできない。
さあ長崎が乗せてきた、舞浜はどうか?
おや?
ここで姉弟ふたりともがクラブ破損の申告です。姉の方もダメージが大きかったもよう。
しかしどうしたんでしょう、今になって?
あわよくばまだ使えると考えていた節があるわ。それはもう無理だとでも覚ったんじゃないかしら。壊れたままを使ったんじゃ勝てないって。
でもペアゴルフでは短期決戦型だからクラブの交換は認めてない。申告したところで補充はできないの。ジャッジが受け取って終わり。
それはあのふたりも知ってるはずよ?
だからこそどうして今ごろ申告したのか、か。
その答えはどうやら、あれらしいぞ。
「ドライバー? いま係の人に渡したんじゃないの!?」
「先ほどはシャフトが黒一色に文字が入ったモデルでした。現在のものは同じモデルで、赤のさし色の入ったタイプです。おそらくは間違えないための措置」
「水守さんが正解。実はオレらふたりとも2本ずつセットに入れてあるんだ。そのぶん1番長いアイアンを抜いてある。でも2本ずつだからこれが最後ではあるんだ。せいぜい大切に使うとするよ」
そういうことか。
簡単だよ、彼らウッドを予め2本用意してきていたんだ。あんな破損が当たり前みたいなショットなんだ、予備を用意しない方がおかしい。
そうか! 同じクラブをセットに入れてダメなルールなんてない! アタシが作ってない!
「ツヴァイ、だよね?」
「ああ」
言葉少なめにアドレスに入りました。これまで以上の集中がうかがえます。
乗せれば第1回大会の覇者が決まり、春夏連覇となります。
これをもし舞浜が落とすようなら、試合は大きく動くわよ……!
打ったぞ二宮姉弟ィィ!
あれは打音からの推測ではクラブを重ねない方のデュアルショット、通常のツインショットだ!
「チイッ!」
しかし左に出てるな。戻ってこないぞあれは。
たしかにかなり左に出ています。若干姉のミートが早かったか?
「おっかしいなぁ? こっちもシャフトを交換したからヘッドスピードの差は考慮しなくていいはずなんだが」
「道具はなにも悪くない、私だ。ミートの瞬間にわずかに力んだ。疲労があった」
「精密機械のおまえがか?」
「……これでも人の子、おまえと同じに生まれたんだが。見てくれこの手を」
「震えてる? ビビったのかい?」
姉が弟を小突きました。ツッコミが入ったようです。
ああやって感情を露わにすることもあるのね。意外だわ。アタシ初めて見た。
「ドライを打った後は必ずウッドが壊れる、そうだな? だったらドライの後でドライを打ったことは? ドライの後でツヴァイを打ったことは?」
「そういうことね、今日が初めてだった……」
「クラブが壊れるからそうたくさん練習はできない。そのうえ私たちはほんの数回で技をものにしてしまう。だからこのドライの欠点に気づけなかったのだ」
まるで勝ったかのような表情を舞浜に向ける腕組みの大空です。
「並んだよ、同ポイントで」
うふふ、高1の精いっぱいの背伸びよね。見上げながら勝ち誇ってる。
たしかに舞浜は2番ホール1周め以降ポイントを奪取できていない。流れは今、だんぜん長崎東西よ。
それでも次のショートホールで決まるとは思えない。勝負はやはり、2度めの3番ホールかしら。
「真琴が無理してたみたいでね。でも次で必ずシュートする。まあみてて」
「ほらほら、行きますよつばめさん?」
「とっと、ととっと?」
相方によって強制的に次のホールへと誘われます大空。
いつもああやって話しこまれても困るわよ。あの子も、アタシたちも。
何らか抱えている水守ちゃんとしては、早く終わらせたいって思惑があるんでしょうよ。
なるほど。
「まったく、そんなにやせ我慢してまで雑談をする必要があるんです?」
「ふんぬくくく、身体がバラバラになりそう……」
「ここで弱音をはいてどうするんですか。あと1ポイントなのです、がまんなさい」
「ん? フフン。だったらどうして美月ちゃんは泣いてるのかな?」
「泣いてなど!」
自身の頬を確かめた水守。そこには汗が伝っていたか、タオルを当ててそれをぬぐい去る仕草を。
今日は9月とは思えない暑さです。陽射しにお盆よりも前のような勢いがあります。
あるいは感極まったか、ね。
でもまだ勝負はついていないわよ?
「泣いてなどいません。ただ優勝したあとのコメントなど考えて神妙になっていただけです」
「優勝したあとのこと! それはなんとも心強いよお。だってボクは口べただから。インタビューは美月ちゃんにぜんぶ任せるとするよ」
「任されました。ゆえに次のショットをなにとぞ。最高の一打にしてくださいませ」
「OKだよ! どーんとつばめさんに任せなさい!」
会話の流れか、自らの胸をトンと叩いた大空、しかしそれで悶絶を。
そこまで、とはね。
新必殺技の後遺症ってやつかしら。たぶん腕じゃないわね、痛めたのは骨、肋骨だと思う。ここは長崎東西にとって最大のチャンスであり最悪のピンチでもありそう。
もし骨であれば、故障を抱えた水守・大空ペアにあって、輪をかけて大空ちゃんの状態は深刻よ。一刻も早く病院で手当てを受けなければならない体調なのかもしれない。
立っているだけでもつらいのでしょうか、滝のようなあの汗は、暑さではない可能性もあります。
なんて精神力なの。何がそこまで彼女を駆り立てるのかしら?
ついに長崎東西が同ポイントで舞浜に並び、勝負は振り出し。両校ともに2.5ポイント、これ以降はリードを奪った高校が日本一です。
次は2周目の仮設2番ホール。一旦CMです。




