19番ホール 愛は流れる
やっぱり被災から復旧まで莫大なお金がかかっているじゃない? だったら応援したいじゃない少しでも。それにこの災難を逆手にとって燃えた林のぶん延伸したり、ハザードを新設したりしたらしいのよ。
ちょっと待ってくださいね上野さん。
おっとどうした名手水守? なんでもないショートホールのティショットでまさかのミス。
頭数合わせのため、今回に限り採用されましたパー3。毒にも薬にもならない、イーブンを重ねるだけかと思われたショートホールで長崎東西が凡ミスを。
これは痛いですね。
痛いどころの話じゃないわよ、チョロとはいえ1打は1打。どうしちゃったのよ水守ちゃんんん!
緊張したのか水守、クラブヘッドに付着した土を丁寧にはたきます。
あのいつも冷静な子がミスするだなんて。ラフでならともかく、なんのバイアスもかかっていないティショットでよ? いつも超難度のショットすら成功させる子が。
急にナーバスになったのかしら。イップスかもしれないわね。心配だわ。
「大丈夫? 美月ちゃん?」
「ごめんなさい、なんだか緊張したら力が抜けちゃって」
「やっぱり1ヶ月の延期は——」
「いいえ、まだです。まだ。本当になんでもないのごめんなさい。さ、行きましょう?」
ああっと?
なんということでしょう、長崎東西が打ち直しをせずにジャッジの下におもむきます。
ああ、これは本当に手痛いミスになったなぁ。
そうであってほしくないところですが……。
あああギブアップ! 長崎東西が舞浜学院のショットを待たずしてギブアップ!
これで水守・大空ペアは仮設2番ホールを落とします。一気に苦しくなりました。
「わかってるつもりではあるんだけど」
「みなまで言わないで。いいですか? わたくしたちがここに何をしにきたか。それを忘れてはなりません。わたくしは自分でじぶんをわかっています。ここでしか咲けない、今しか咲かない花なんだって」
「美月ちゃん……」
「自分のことを花に例えるなんて、と思ったでしょ? そうではないのです。切り花くらい短くしか選手生命がないということ、根はとうの昔に失われたのです。ご存知でしょう? ですから。せめてつぼみのままでなく」
「わかった。ボクはもう何も言わない。支えるよ。ボクは最後まで、美月ちゃんが咲くのを支える花器になるよ」
最初のホールをイーブンとしてまずまずの滑り出しの長崎東西、ところが続く仮設2番ではミスからのギブアップ。
一方の二宮姉弟はこれで一挙に2ポイントを獲得。合計で2.5ポイントとし、舞浜学院は日本一に王手をかけました!
「あららあら、これなら先月の時にサッサと決めちゃった方がよかったかな」
「あのとき大和がダラダラ会話してたからこんなことになったんだ」
「そうかもしれない。でも、仮にも決勝にくるような高校なんだよ。よそとは違うのかもしれないなぁって思って」
「そう期待して裏切られ続けて。国内に期待するのはもうやめろっつってんだろ」
「かもね」
「? どうして肯定じゃないんだ?」
「彼女たちならまだ、ってさ。まだまだやれる、そう目が、口ほどに言ってる気がして」
「フン。それもどうだか。威圧だけなら誰にだってできる、実力がなくともな。次のホールでも見せないのならそこで終わりだぞ」
おっと?
ギブアップした側の大空が舞浜に話しかけます。水守の変調で2ポイントを落としたホールを終えて、声をかける大空の心中やいかに。
「ふぅん、お姉ちゃんもよくしゃべるんじゃない」
「そっちこそ余裕だな。慌てると思ったが」
「ボクはね、ピンチになるほど調子を上げるんだ。だんだんと研ぎ澄まされてく。自分が徐々に尖っていくのを肌で感じる。筋肉の動きとか、芝の状態とか。風がいつ吹くとか、ボールの最後のひと転がり。ディンプルについた砂のひとつぶ、音もなくなってまるで静止したような——」
「音が? まさか招待されたのか! きさま程度のゴルファーが? まるで信じられん」
「招待? 音? なんのことなの真琴?」
「緑の箱庭だ。そういう世界——そう言ってわからん奴には一生わからん」
「ハコニワ? だって? だからなんのことだっての」
「いや、だからもういい」
「いいから言ってよ。もやもやしたまんまじゃ勝つもんも勝てないでしょ?」
「昔話なんだ。トップオブトップの間でのみ語られる伝説があるんだ」
「はあ? 昔話ぃ? なに言っちゃってんのさ」
「ッッッだから! おまえには二度と話さん」
「ハァン!? オレだって聞くもんか! だいたいなんだってんだよ、トップがどうとか言っといて? じゃあなんで真琴ごときが知ってんだって話でしょ。昔話ぃ? 頭がどうかしちゃったんじゃないの?」
「……ッ! …………!」
二宮姉、真琴が打ちます?
若干大きいが。
華麗にバックスピン、エッジには近いですが見事に乗せました。
ギブアップの宣言があったのだからもう打たなくてよかったのに。
たとえ外したとしても勝ちは勝ち。消化不足でもあったかしら。
いい練習にはなったんでしょうけど、マナー違反よ。相手チームへの配慮には欠けるわね。
いや、直前に姉弟で口論があったんだ。
あれは腹いせだな。チームメイト同士で争ってほしくはないんだが。あくまで試合は対戦相手と。
しかし若さかなぁ。
全国大会の決勝戦中に姉弟ゲンカですか? それは頼もしいといいますか、なんと言いますか。あまり褒められませんが。
いいえ違うわ高木クン。
赤井さんの言うとおり若さよ、いつだって真剣なの。ゴルフにも会話にも真剣なのよ。
そうじゃなきゃなんでも「ふ〜ん」ってゆって流せばいいだけでしょ。違う?
今の子たちならそうしないってだけでも価値があるわ。真正面からぶつかってる。
それに取っ組み合ったっていいのよ、アタシが止めに入るから。ぜひふたりの間で揉みくちゃにされたい!
……。
いい話の最後に隠された願望が漏れでたところでCMです。