17番ホール 太陽が消える日
「うわああああああああああ! あ?」
「うなされていましたね」
「あ……。わかる?」
「ええ、あなたが自身の声に驚いて起きるくらいのボリュームでしたもの」
「そんなにすごいボリウムだったか。そりゃ〜あんなことが起こればうなされもするよぉ」
「……いまって何時?」
「3時少し前です」
「そう。美月ちゃんは? もしかして寝てないの?」
「ええ。寝つけなくって。どうしてもあの場面が思い起こされて。まあ、すごい汗ではありませんか。もう一度横になる前にシャワーを浴びた方がいいですよ」
「うん、そうするつもり。でも朝起きてからにするかも。どうせまた汗かきそうなんだもん」
「ですよね……」
「……あのまま戦っていたならどうなっていたかなぁ。あの中断がなければ」
「二宮弟さんのショットに要する時間は1.5秒ほどでした。全体でも5秒ほど。もしかしたら、あと30秒もあれば決着がついていたかもしれませんね」
「圧倒的な力の差だった。ひねり潰される寸前で偶然ストップがかかった。ストップがかかってくれた。……あのさ。あした、ってか今日なんだけど、再試合になるのかなあ?」
「あの被害状況では到底無理でしょう。小規模なものとはいえ噴火は噴火ですから。夜通しネットニュースに張りついているので詳しいですが、森林火災と火山灰はかなり広範囲におよんでいるそうです。雨を待つか、大量の水で洗浄したとして、復旧は早くても1週間以上は」
「そのままにできないものなの?」
「芝が無事かどうか。それ以前に灰が、打った瞬間に有害なほど舞いますよ。そして放った打球は真っ白の平原のなか二度と見つかりません。おそらく立ち入り禁止ですよ。いつまた噴火するかわからないのですから、数日から数週間はあの場に立つこともできません」
「そっか。あ、でも、ほかのゴルフ場でやるとか言いだすんじゃない? 隣の県とか」
「それです。しかしながら場所の確保だけでなく、開催のための人員など準備には時間やお金を要します。それでも早ければ来週にも再開できるかもしれません。ですから急ぎましょう」
「んう? 何を?」
「特訓を、です。遠く離れた555ヤードでも届く新しい奥義を。構想だけで結局は成功すらしなかったあの技を。あれを完成させなければわたくしたちの願いは途絶えてしまいます」
「途絶える!? せっかく首の皮一枚でつながったってのに? それだけは二度と! 決して!」
「ですから。さっそく明日は一番列車で帰りましょう。わたくしたちの長崎へ。友人や、村の人が待つ西島へ。そしてふたたび編みだすのです、無敵の技を、わたくしたちの第4の奥義を」
「第4の奥義、か。日数がないから筋力アップやフォーム修正なんて間に合わない。自然なスコアアップなんて夢のまた夢。そうだね、新しい奥義さえあれば舞浜に勝て……ううん、食らいつくことはできるようになる、の方が正しいか。それでやっと対等に戦える。考えよう、どうしたら遠くへ飛ばせるのか。どうしたら正確に飛ばせるのか。どうしたら。どうしたら。どうしたら——」
「ふむ……。つばめさんはペアゴルフをどうお考えです? ペアゴルフのほかとの違いはなんでしょう?」
「ほかとの違い? そりゃあまあ、ペアと協力できるところ?」
「それを言ったらソロゴルフでもキャディーと協力できるではありませんか。そうではなくて、ペアならではの、ペアにしかないものです」
「んんと、動いているボールを打てる。目玉やディボットを事実上帳消しにできる。ふたりでいっしょに打てる。打っている人の体に触れてもいい。カップインしなくていい。あとは、飛距離がすごい。パー3がない。パー6がある。パー7もある。バーディでも簡単に負ける時がある」
「その通りではありますが。もっとペアゴルフの本質に迫ってみましょうよ」
「本質? ルールとか?」
「もちろんそれも大事です。それもきっかけになるでしょう。ペアゴルフの特長とはなんでしょう? 特殊な部分をさす特徴の方じゃないですよ? 長所の意味の特長です」
「トクチョウ? トクチョウなら一打に二回打てるところじゃないの? てーか、『新種目ペアゴルフは1打に2回打てる』って、スローガン? あれってウソだよね。だって3秒以内なら何回でも打っていいんだ」
「??? ええっと、なんのことです?」
「いまググったよ。ほら、ルールにはこう書いてある。『すべてのゴルファーは3秒以内にスイングを終えなければならない』。通称3秒ルール。つまり、3秒の間なら何度打ってもいいんだよ」
「なるほど、そういった解釈を。であるならば、対北端商業戦。おぼえています?」
「あの自爆ショットが出た?」
「まさにそれです。向かいあったふたりがすさまじい勢いで相打ちをし、一方が意図的に打ち負けることでボールを放つショット。インパクトしたあの瞬間、クラブヘッドに挟まれたボールはいったい何回打たれていると思います?」
「なるほどね」
「これでふたつ目の土台も決まりましたね。あとはどんなデコレーションをするか。さらにアイデアを出しましょう」
「ほいきた! このまま徹夜だってしちゃうもんねえ!」
「その前にどうぞシャワーを」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
では始めさせていただきます。最初は大東京テレビの記者様より質問を受けつけます。
はい。
大変な事態に陥りました被災地の、一日も早い復興を願いつつ、この時間はペアゴルフの今後についてうかがいたいと思います。
いかがされるのでしょうか、途中までとなってしまった大会は。
そうなのよ、大変なことになっちゃってね。当日はアタシも皐月に行ってて被災しちゃった。でも不幸中の幸い、人的被害だけは現状でゼロ、皐月ゴルフクラブスタッフによる迅速な誘導と、居合わせた方々の協力で奇跡のような避難が達成されたわ。
このことについてまず、深く感謝を述べます。ありがとう。
それで大会なのだけど、当然続けます。たとえ自然の猛威が立ちふさがっても、きちんと終わらせなきゃ。
だってそうでしょう? そうしなきゃ高校生たちの夏が終わらないもの。
2020年みたいな思いはもうたくさん。アタシたちはどんな事態に陥ってもスポーツの芽は絶やさない。あの時にそう、決意したのだから。
でも具体的なことはこれから。構想はあるのでそれを実行するつもりよ。
それはいったいど——
おい! 『一社一質問まで』だろ! わきまえろ!
じゃあ次は大きな声をあげたあなた。どうぞ。
フリーの者です。
今回の件は予測できたことではなかったのですか?
地元では震度1前後の群発地震がこのひと月のあいだずっと起こり続けていたというじゃないですか。日本の次代をになう宝が危うく噴火の犠牲になるところだった、違いますか?
この責任を。
どなたが。
どのように。
お取りになるのかお聞かせください。
フゥ。
なんでもそう。いざ何かが悪い方向へ転がったらすぐに責任責任と鳴く愚かな虫が湧くのよね。
おいちょっと! 人のことを虫って——
黙らっしゃいこんガキャア!
今この場でそんなことを気にしているのは残念ながらあなたおひとりだけ。そんなどうでもいいことは二の次、三の次よ。
じゃああなた、聞くけどその震度1ごときの群発地震が続いているからって、いくつもの市を丸ごと避難なんてできると思うの? どのくらいの範囲を、どのくらいの期間で?
この規模の群発地震が国内のどこで、いくつの地域で起こっているか、あなた把握できているのかしら?
アタシは把握してる。ずっと注視してた。
アタシたちの大会があってもなくても、あそこにはあの地域の方々の生活があるの。あり続けるのよ。そんな明日起こるか百年後に起こるのかわからない見通しで、アタシたちの大会を含めた人々の営みを無期限停止なんてできると本気で思うの?
大規模噴火の見通しはなかった。
事実、噴火は小規模で、犠牲者やケガ人もゼロだった。
それで?
どこの?
誰に?
どんな?
責任が及ぶのかしら?
責任なんて存在しないの! 浅はかな虫ね!
それはッ——!
おぉいおいおい、待て待て。
さっきあんた自身が『一社一質問まで』って言ったんだろう? あんたが問うて、上野さんは答えたじゃねえか。きちんと、責任は誰にもねえって。
次は他社に譲れよ。そんで居づらくなったんなら帰んな。
————ッ!
あらら、ほんとに帰っちゃった。
さあ? お次はどなた? なんでも答えるわよ?
よろしいですか?
栃木むんむんテレビの者です。
まずこの度のご自身の被災にお見舞い申し上げるとともに、迅速な救援物資の送付に栃木を代表して感謝いたします。ありがとうございました。
東京に戻ってそれからだったから2日もたったあと。遅くってごめんなさいね。
アタシなんてのはよそ者だからマシだけど、地元のあなたたちは大変よ。あれからずっとでしょう?
それにあの程度の物量で大きな顔なんてできない、なんの足しにもなりゃしないわ。
いいえ決してそのようなことは。
それで具体的な開催場所の展望はあるのでしょうか。お聞かせください。
今あの地域の方々になによりも必要なのは関心。少し経ったら見向きもしなくなるのはどうかしてる。だから決めたの、断固とした覚悟で。
第1回全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会の決勝戦と3位決定戦は。
1ヶ月の延期を決定したわ。
続きではなく引き分け再試合扱いとします。
延期? ですか?
1ヶ月? ゴルフ場の変更ではなく?
ええ、そうよ。延期。東京オリンピックだって1年も延期したじゃない。開催地を変更せず。
だからゴルフ場の変更はしないわ。彼ら彼女らの決着は同じ皐月ゴルフクラブ佐野コースで。
もしも変えてしまったなら、勝っても負けても遺恨が残るでしょう? あのままやってたらどうなっていたか、ってね。
それに地域の復興の手助けをしたいのよ。『第1回大会は佐野で行われた』、それも最初から最後まで。今後にもつながるでしょうし、この事実がどれだけ地元を勇気づけるか。
本大会の意義はもう、地域の活性化から被災地の復興に移っているの。だから開催地の変更なんて選択肢はアタシには毛頭ないのよ。
香川つるつるテレビです。
しかしですね理事。これからすぐに夏休みも終わって2学期が始まります。3年生は就職や大学受験に向かって本格的に走り始める季節、ここでさらに1ヶ月間をスポーツに割くのはいかがなものかと考えますが。
あら、あの子たちにそんな心配はいらないわよ?
だって全国の高校生の頂点に立つ4校だもの。アタシ断言しちゃう。そのほとんどは今後の日本ゴルフ界を背負って立つ選手になるわ。
もし進学できなかった、就職できなかったって子が居たらアタシに言ってちょうだい。全力で面倒みてあげるから。絶対に悪いようにはしないわ。
ただし。
アタシは学生に甘くても大人には厳しいの。
佐野にアタシが与えることのできる猶予期間は1ヶ月、正確には4週、28日間。
それ以上は無理。高校生たちはすべてを賭してこの8月に焦点を合わせてきた。これが10月、11月となっては集中力が続かないの。
オリンピックが1年延期した結果、どうなったかしら?
涙した選手が少なくなかった。幸運をつかんだ選手よりも泣いた選手の方が多かったと思うのよ。だから延期は最小限に。
集中力と体の調子、体格、フォーム、鍛錬その他、今の時点を比較するの。あまり長くしてはそれこそ受験にひびいちゃう。
——まだまだ記者会見は続きますがスタジオに戻します。
迫られた選択はゴルフ場の変更か、大会の延期かでした。全日本ペアゴルファー協会理事が下したのは後者、延期でした。
ビックリしましたよね、引き分け再試合。しかもまさかの延期、それもかなりの長期延期で。
4週とのことでした。
他のゴルフ場に移してすぐにも続きをとの声が上がる中、理事の独断ともとれる選択でしたが。
関係者の談話では、『復旧後すぐに営業を再開するにあたりぜひ大会を続きからやらせてもらいたい』とするゴルフ場側の熱意にほだされて理事が快諾、延期することを決断したようです。
上野さんは見た目のまま義理に厚い方ですからね。
定めた期限は1ヶ月、残りはわずか4校2組、各1試合。半日ほどのプレー時間であり、小規模開催が可能なため短期実現は可能と判断。佐野コース側は最小限かつ、猶予期間からの逆算で最大限の3ホールだけを優先して復旧させることを発表しました。
それも龍王山が今の小康状態を維持し続けたら、という前提での見通しですけども。
そう信じていないと被災地の生活は成り立たないですから。一日も早く元の生活に戻したいという願いが強い。
ペア協会側は日時を固定とし、工事の進捗を見ながらゴルフ場を最終決定すると発表しました。一応は含みを残したかたちです。
まず龍王山が黙っているのか、かなり日程的にも各所に無茶な決断が下されたように見受けますが。
ですがもし、構想のままに実現したなら全方位が丸く収まるはずです。それを祈ってこの1ヶ月、準備するよりほかないです。
それよりも選手たちですよ。4校ともここで弛まずに鍛錬を続けてほしいですね。
おっしゃる通りです。
以上、予定を変更して全編龍王山噴火に関連した、高校生ペアゴルフ大会情報をお届けしました。
最後に、改めまして男子ファストゴルフ大会ソロ優勝の宮城県立杜王高校・緑川侑士さんと、女子大会ソロ優勝の佐賀県立独学館高校・伊東みのりさんはおめでとうございました!
おめでとうございました!