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15番ホール 故郷は燃えて

「左右両方のホールがOBではありませんので使いどころではあるのですが」


「奥義だよね。でも510ヤードか、フラットだし、どんなに逆立ちしてもさすがに届かないかなぁ」


「ここでリスクを負っても2打は2打にしかなりません。無理をせず堅実に、次のロングホールで勝負をかけましょう」


「だね。オーキードーキぃ〜」


 大空がひとりで打ちます。

 よどみのない、きれいなスイング。プロでもあそこまで澄みきったお手本のようなドライバーショットはなかなか拝むことはできません。


 ところがあの子、それがウッドだけらしいのよねえ。

 しかも同じウッドでも、ハーフスイングになると途端にガッタガタになっちゃうって聞くし。サラリーマンだってもう少し上手に打つそうよ、それが本当ならどんだけヘタなのって話。


 ハハハ、発展途上な高校生ゆえでしょうか。

 ボールは左へ傾いたフェアウェイを転がって。

 第1打をフェアウェイの左ギリギリにつけました長崎東西。大空の自信にあふれたショットでしたが。


 いや、あれでいいんだ。佐野の2番は2打目地点のフェアウェイの凹凸が大きい。あそこだけが平らなんだ。


 なるほどですね。残り200ヤードと、かなり残しましたが2オンは十分に可能な位置どり。

 続いて舞浜学院の第1打は。


「さっきよりも強めに打つ、しかし若干の追い風、か」


「大和は気にせず思いきり打て。距離と方向はこちらで調節する」


「だったね。じゃあ任せる」


「任された。グリーン花道から打っていくからフェアウェイ右めにだぞ」


「りょうかい、りょうかい。どうせ真琴狙いで打てばいいだけ。でしょ?」


「そうだ」


 さあ、二宮姉が位置を定めたところで弟が打ちます。これもいいショット!


 弟クンの、まったく膨らまない、トップしたときのような圧倒的に直進する球筋ね。どうやって高さを抑えているのかしら。

 もしかして、難波実業みたいにマイナス1番ドライバーとか使ってない?


 待ち構える二宮姉のもとへ正確に運ばれた打球を。

 出るのか? 舞浜学院のデュアルショットが2番でも炸裂する!?


「今度こそ。いけェ!」


「乗せる!」


 今度は気合いとともに打った二宮姉、これもいい!

 弟と姉の春夏制覇の夢を乗せたボールの軌跡は、コースにくの字を描いてグリーンへと!


「あんなデッコボコのフェアウェイから? そうか、地面にボールが落ちないから関係ないんだ。ラフでだって、なんならカート道の上からだって。あの打法ならどこからでも、グリーンを狙いやすいところから打てるんだ!」


 ?

 なにやら竹を割ったような甲高い音をマイクが拾いましたか?


 あらら、舞浜のボールが不自然に跳ねたわ。レーキにでも当たったのかしら?


 グリーン手前にバンカーはありません。どうやら運悪く散水蛇口のフタに当たったもよう。そのまま奥へ跳ねていきました。


 いや、そうじゃない。

 そもそもあれは飛びすぎている時点でノーチャンスだよ。舞浜はまだ午後のコースコンディションをつかみきれてないな。

 バックナインのグリーンは日なたが多い、それをわかって攻めていない。さっきのぬかるみに印象を引っ張られたか。

 ショットのセンスは抜群、体格にも恵まれている。しかし試合勘はまだ。歳をとればいやでも身につきはするがね。


「ふぅ、危ない危ない。それより美月ちゃん、さっき1オンが32パーとかなんとか言った? 3回に1回は乗せる計算じゃないの」


「そうなんです。わたくしたちもこれまでのプランを捨てないと、毎度ああしてグリーンを狙われてはあっという間に」


「毎度? もしかして毎ホールってわけ? そんなことが本当に可能なの?」


「ええ、残念ながら。現に見た通りです。弟さんがおよそ1秒で打ち、打球は1秒半飛び。それを振りかぶって待つお姉さんが0.5秒で打つ。合計で3秒、理にはかなっています」


「そうは言っても。ボクたちじゃこのホールは」


「打つ前から届かないのでは狙いようがない。困りましたね」


 いやはや、510ヤードをオーバーですか。


 それもまだ全力ではないっていうね。

 今日になってティが変更になったでしょ? ようやく本領発揮ってわけ。

 ところが見てよ、打ったお姫様たちの涼しい顔を。むしろグリーン外したんだから悔しがりなさいってのよ。


 片づけをする舞浜のカートに大空がならび、二宮弟に接触します。


「ね、技名とかってあるの?」


「うん? いやあ、特には決めてないかなあ。『あれ』とか『いつもの』とかって呼んでる。これを編み出して以降ロングホールではほぼ、すべてのホールで使うからね。これがオレらの普通さ」


「なぁんだ、つまんない。わかり合えないなあ。それにしても、あんな簡単そうにやってるけど、あれって打てるもの?」


「ああ、そうらしい。野球選手が160キロのボールを打つのに比べたら難しくないんだって。変化球があるでなし、手元まで飛んできたときにはだいぶ遅くなってるんだとさ。まあ、真琴にしかわからない感覚だけど」


「それでもうしろから飛んでくるボールに当てるだなんて」


「だよね、わかる。マネしたかったらどうぞ。言っとくけどあれは双子のオレにもムリなんだ」


「そりゃそうだよ。あんなの完璧に特殊能力持ちじゃない」


「はは、そうだね。我が姉ながらおそろしいよ、ほんと」


 まるで畏敬の念を抱くかのようにしてティグラウンドから、フェアウェイの二宮姉を見上げます。


 これまでに何度も見てきた光景ね。

 わかるわあ、同年代とは思えない存在なのよ。超超高校級、まるで世界トップクラスだもの。


「さ、行こうか。うしろに他の組がいないからと言っていつまでもここに居ていいわけじゃないし」


「そうですね」


(その姉のところまで寸分たがわずボールを毎度運ぶ方だってどうかしてるよ? 言わないけどっ)


(たしかに)


 続く第2打は水守が。

 ウッドですが?

 華麗に乗せました。長崎東西は2オン。

 舞浜学院は二宮弟が返します。こちらも?

 乗せました。


 あっさりだなあ。

 ここのグリーンは鏡みたいに刈り込んであるのによくもまあ、器用に乗せるもんだ。


 さすがは決勝戦ということでしょう。

 これで双方2オンとなりキャリーオーバーは2ポイントに。次のホールが自動的に決勝ホールとなります。


 ま、イーブンを続けている限りは延々続くのよね。ここだけはどうやっても改善できなかったのよねえ。

 次のホールから必要なのはプレッシャー耐性と体力。特に後者は長崎東西にとって不利なもの。残暑も厳しいし、本日3試合目。

 淡々と続くのがなんだか気持ち悪いわ、恐ろしいほどの静かな立ち上がり。スムーズすぎて怖いくらい。


 嵐の前の静けさ、といったところでしょうか。

 決勝戦は大きな波乱もなく2番を終えて、ふたホール連続イーブン。2ポイントをキャリーオーバーした状況で3番ホールへ。

 CMの後も続きます。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 3番までやってきました。

 555ヤード、パー5。設計者が遊び心で意図的に作ったゾロ目のホールです。

 若干のドッグレッグ、もしプレーヤーに一打で届かせるつもりがあるのなら、右の林の頭を超える540ヤードが必要です。

 決勝戦は現在2ポイントのキャリーオーバーが発生中、このホールが決着の舞台となるのか。

 CM中に長崎東西のティショットを終え、舞浜の番に移っています。


「これまでを振り返ってみましょうか。1番は先細りのホールで、わたくしたちにはグリーン手前の林を越える手段がありませんでした。舞浜さんはあのデュアルショットで回りこみ、しかし着弾点のコンディションを読み違えたようでしたね」


「うん」


「続く2番は510ヤードと長すぎ、わたくしたちには手段のないホールでした。舞浜さんは散水フタに阻まれて」


「あれはラッキーだったよね。あそこで乗せられていたら2.5ポイントのビハインドだった」


「現実は両者1ポイントの同スコアです。しかし内容はどうでしたか? キャリーオーバーは2ポイント、もしこのホールを落とすようなことがあれば。端的に申しましょう、わたくしたちの負けです」


「なにをそんな神妙になってるの? 次を乗せて舞浜が外せばボクたちの優勝だってば。条件は同じだよ?」


「いいえ決して。まるで同じ状況ではありません。現にわたくしたちはこのホールの1打目をすでに打ち終えています。それに比べ舞浜さんの1打目はこれから。嫌な予感がします……」


 ドライバーを携えた二宮姉がティグラウンドを離れます。


「ここが勝負どころ。だよな」


「うん。ここなら気持ちよく振れる」


「なッ!? ……んだって?」


「真琴のドライバーは自己最長で400近く飛ぶんだ」


「……っ!」


「スゴ! でも、それが?」


「察しが悪いんだね君。いいかい? 僕が1.5秒の間にせいぜい飛ばせるのがだいたい150ヤード。真琴はうまく打てたら400ヤード行くか行かないか。つまりグリーンのセンターまでが555ヤードなら、もしかしたらグリーンエッジにはギリギリ届くんじゃないか、ってこと」


「ですが。公式には520が精いっぱい——」


「そりゃとうぜん力は加減して打つでしょ。減らす時があれば限界まで加えることもある。今まで機会がなかっただけさ。ここは勝負どころ、君たちはもう打っていてグリーンに届いていない。だったら一か八かで挑戦してもいい。500にあるクリーク地点なら左右にかなり広いうえ、左のコースはOBじゃない。それにミスショットなら500より手前で止まるはずさ」


「じゃあ? まさか、この一打で決まるかもしれないってこと?」


「そのまさか、さ。ごめんね、勝っちゃうかもしれない」


 二宮姉が手をあげて準備完了をアピール、それを受けて二宮弟が構えます。3番、555ヤード・パー5。舞浜学院はどこまで運べるか。


「そんなことが……!」


「できる、のでしょうねあちらには」


「それが真のペア……」


「そう、オレらは毎ホール1オンを狙ってる。理論上の最大到達距離はおよそ550ヤード、それ以下のホールは全部狙うようにしてるんだよ」


「そんなのって!? 日本のゴルフ場ならほとんどのホールがそうじゃない!」


「そうだよ。そうやってオレらは今日まで勝ちを重ねてきたのさ」


 二宮弟が念入りに素振りをします。少しでも早く姉の元にボールを運ぶためか、これまでよりもするどいスイングで調整を重ねます。

 風は止みました。

 ほぼ完全な無風。ティグラウンドに落とす陰はなく、ちょうど雲が日差しをさえぎって。

 もしここで完璧なイメージ通りのショットが打てたなら、思い描いたままにボールは飛びます。これは双方にとってチャンス、すばらしいスコアでこのホールを上がってくれそうです。


 なにせキャリーオーバーがあるからこのホールで決着がつくかもしれないものね。どっちが獲得しても優勝、今からは一挙手一投足のすべてが山場よ。


 2打目勝負となるのか、舞浜のショットが待たれます。


「美月ちゃん、準々決勝みたいに魔法をかけて?」


「魔法? あれは魔法と言いますか糸繰り人形の呪いです。諸刃の。たとえさらなる集中を得てもあの方々には。なぜならわたくしたちはすでにここの1オンを放棄しました。それ以前に、このホールではどんなに強く叩こうとも必ずショートしてしまったはず。今のわたくしたちには555ヤードは到達不能な距離。これが実力差なのです。認めざるをえない現実です」


「こんなにあっけないものなんだ。負ける時って、こんなにもあっさり。まだ何もさせてもらってない。まだ何も仕掛けてない」


「きっとこうなのでしょう。1回戦で当たった茅ヶ崎学園も、いま思い起こせばこうだったのかと」


「それはとても悪いことをしたね。あれよあれよと波に飲まれて、懸命に息だけをしようとしていたらいつの間にかこんな状況にまで追いこまれて。海で溺れるってきっとこう。息すらさせてもらえない」


「舞浜の方々と争っていればひと息つく場面なんて一切ないのですよ。もがいてもがいて、一か八か、運まかせ。そんなわたくしたちとは正反対の存在です。常勝、必然、不沈。文字通り最強の高校生です」


「そうだったんだ。今の今まで知らなくてよかったよ。そうでなきゃここまで戦ってはこれなかった。どこかであきらめてた。『どうせダメなんでしょ』って。今はここまでイーブンをふたつ続けて取れたことに誇りすら感じてるよ」


「それなら、敗北を認識していよいよ投了、ですか」


「まさか。もしも続きがあるのなら。その時こそ全力で、出せる力をぜんぶ動員して挑んでやる」


 ここにいたら漏れ聞こえてきたんだけどね、いよいよ長崎東西も打つ手なしになったみたいだよ。


 赤井さん、水守・大空ペアは万事休すと。


 いや、彼女らはむしろここからだよ。持てる力の全部をぶつけるのは当然。高校生なら高校生らしくすべてをさらけ出して。

 それで当たり前、彼女らにはさらにその上を。

 壁なんかちゃっちゃと乗り越えてもらわないと。そうでなければ日本のペアゴルフに夜明けはやってこない。


 赤井さんは確実視していますよね、あの子たちの将来を。


 もちろんだ。

 この局面さえ乗り超えればなんだって見えてくる。あらゆる道が彼女らの前に拓ける。それを当の本人たちが自覚しているかどうか。

 こんな目の前の薄い壁をうち破れたなら、その先になにが待っているのか。彼女らは自認する必要がある。

 ……まあ、それがわからないからこその若さなんだろうが。


「ゴルフはより遠くへ正確にボールを運んだ方が勝つスポーツ、実に単純なものだ。準決勝までは君らが優り、決勝では私らが優った。それだけの話だ」


「さあ行こう、クリークの向こう側へ! これで春夏連覇さ!」


 さあ打ちます舞浜学院。

 このホールは二宮姉弟の距離ならギリギリ届くか届かないか。挑戦してくるのか。今年の主役は最初から最後まで、令和の怪物・二宮姉弟なのか。


「なに!? ボク? 震えてるの?」


「いえ、これは……!」


 おっと、どうしました?

 揺れ、て? いますでしょうか!?


「地震だッ!」


 地震です。小きざみな揺れが発生しました。

 すでにアドレスに入っていた二宮弟は仕切り直しを。一応その場にしゃがみます。


 あらら、あららら?


 皐月ゴルフクラブ佐野コースに震度2くらいでしょうか、地震が発生中です。小刻みな振動。

 すぐに公式発表が出ましょうが、小さく長くつづく揺れが発生しています。


 アアア、アタシこういうのダメなのよ。乗り物酔いしちゃうううう。


 いや君ら、それどころじゃないぞ! えらいことになった!


「急に空が真っ黒に!? 地震雲? 夕立でもくるのかな」


「いいえこれは……? けむ? り?」


 佐野にサイレンが響きます。それを一瞬かき消す巨大な破裂音!

 地震との因果関係は不明ですが、なんらかの破裂音です。たいへん大きな音が響きました。

 今のサイレンはおそらく選手やギャラリーに避難を促すもの、試合は中断となるみこみです。


 放送席、放送席!

 今のは噴火だ!

 北西にある山が噴火したんだ!


「あれは噴煙です! 火山の噴煙! 避難しましょう、急いで!」


「うえ? だって遠いよ? ここは大丈夫じゃない?」


「いいえ風向きが。吸い込んだら肺を悪くします。いずれここにやってきますし、もっと大きなものが起こらないとも限りません。さ、お早く!」


「そ、そっか」


「長崎東西の人たち? なんか避難するみたいだよ。そっちとウチの顧問があそこでそろって手まねきしてる」


「ほんとだ。台風の次は噴火とはね。もうゴルフどころじゃなくなっちゃったよ」


 はい……はい……。

 わかりました。

 たったいま入った連絡によりますと、目視確認のみの情報ですが龍王山が噴火したとみられています。龍王山とみられる火山が噴火をしたもよう。

 皐月ゴルフクラブ佐野コースの北西にあります比較的標高の低い山、龍王山の小規模な噴火を観測した可能性があります。現地の遠くからの目視確認ではありますが、龍王山とみられる山が小規模の噴火をしたもようです。

 カメラが皐月の北西の空を捉えましたか? 真っ黒な噴煙が山の頂上付近から上空へと立ち上りゆくのが映ります。人的被害が出ないとよいのですが。


 赤井さん? 赤井さん?

 これは一旦選手たちを建物に避難させた方がいいんじゃないですか?


 見た限りそれほど深刻な噴火じゃなさそうだが、そうした方がいいんだろうな。

 全体に放送してくれ、ギャラリーにも避難指示を。現場は現場で動くから。


 わかりました! 高木クンはここをお願いね、本職の出番よ!

 アタシちょっと現場の方に行ってくる!


 はい! 承知しました!

 大変な事態に陥りました。龍王山が小規模の噴火をしたもようです。龍王山とみられる山が小規模の噴火をした可能性があります。

 近隣の方は頭を防護し、屋根のある建物の中に避難をしてください。残暑厳しい折ではありますが戸締まりをお願いいたします。噴煙や熱風から身を守る行動をとってください。また、地元の消防団の指示にしたがってください。近く避難指示が出るおつもりで、外に出られるご準備をお願いします。その際は長そで、長ズボン、マスク、なんらかの頭を防護するものの着装をおすすめいたします。

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