14番ホール 舞浜の空は青いか
高校生ファストゴルファーの初代日本一が決まります。
これまで全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会の3日目を放送してきましたが、いよいよ。
夕方からのこの時間は3位決定戦と、決勝戦のもようをお伝えしてまいります。
(いつもの、いい感じの音楽)
全国の高校生ファストゴルファーの頂点を決める大会が現在、関東近郊3か所のゴルフ場にて同時に行われています。本日は午前中に準々決勝を、続いて12時からは準決勝をお送りしました。
あの有望校も、あの話題の選手も、そのほとんどがすでに去りました。
互いに譲らずキャリーオーバーを繰り返した結果、わずかひとホールに涙を飲んだ香川の高松第三。
さっきの独学館も似たようなものだったわねえ。
バンカー上で挑戦したデュアルショットで、誤ってクラブを折ってしまった鹿児島の桜島学園。
ラウンド途中でエースが熱中症に倒れた和歌山の関西国際。
いずれもここに立っていておかしくない高校が去り、それら強豪を退けて見事な勝利をおさめた2校が今ここに。
これから、最後の順位を決する段に移ります。
高校生たちはいずれもあふれんばかりの輝きを、素晴らしい体験とともに。
栄光と。
挫折と。
そして願わくば、オリンピック代表への切符を賭けて。それを決する3日目が、ついにクライマックスをむかえます。
比較的長い1番ホール、パー4からのスタート。長崎東西は2打できざむ選択をしたようです。
距離がかわってほぼ500ヤードだものね。あの子たちは無理をするかしないかのジャッジが上手よねえ。
「んま、あんなもんでしょ」
「ナイスショットですつばめさん」
アタシ正直、あの子たちはベスト16進出できればじゅうぶん及第点をあげられると思っていたのよ。あれよあれよ、まさかここまで上りつめてくるだなんてね。
苦戦しながらも要所要所でデュアルショットを使ってという感じでした。他校とは異なり、体格や体力を考えると連発は難しいなかでの奮闘は、みていてこみあげてくるものがありました。
しかしそこがあの子たちの柔らかい脇腹ってわけよね。
ゴルフって、疲れるだけでボールは曲がるし、なんなら気が散るだけでミスるときもある。デュアルショットは心技体そろって初めて成功する大技だもの。
そんなハンデを抱えながらもここまで勝ち上がってきたあの子たち。アタシは彼女たちを心から賞賛するわ。
でも勝負ってものは非情よね、決勝の相手は本大会最有力校よ。
その通りです。決勝で長崎東西と対峙するのは千葉県代表・舞浜学院高校。すでに春の大会で優勝し、今大会でも本命と目され、各メディアから常に注目を集めてきた高校です。
これまでの試合運びは圧巻のひとこと。地方大会から通して相手校に一度もリードを許していません。イーブンが続くことがあっても決して落とさず、必ず競り勝ってここまでやってきました。
しかもそれ、春からずっとだもの。
まるで長崎東西とは対照的ね。
「なんだ君ら、デュアルショットは使わないんだね」
「え?」
「オレらは遠慮なく使わせてもらうことにするが、いいかな?」
「どうぞどうぞ。ここは正面が林でさえぎられているし、夕方になって風が出てきたから気をつけてね」
「丁寧にありがとう、参考にさせてもらうよ」
長崎東西に一声かけてからティグラウンドに立ったのは舞浜学院2年生で双子のペア、二宮姉弟の弟、二宮大和。
この大会以外でも、何度も言ってることでごめんなさいね?
あのふたりはもう、別格よね。実に異質だわ。
超高校級の学生なんて一校にひとり居ればいいほう。でも舞浜はふたりともが超高校級、そりゃあ強いはずだわ。
まず、かわいらしさが光る双子のペアゴルファーなんてせいぜいが小学校まで、いろんな理由で足並みがそろわなくなってしまうもの。言わば摂理よ。
勉学だったり、色恋だったり。双子間でも力量の差を感じて片方が去ったり、別のスポーツに興味を持ったり、ね。
それが高校2年生時でまだ拝めるだなんて。しかも趣味のゴルフなんてものじゃなくって競技ゴルフの、全国大会決勝でよ?
それだけ稀少かつレベルが高いということ。この試合でも遺憾なく実力を発揮してくれること必至よね。
体格が同じで筋力も同等、息はぴったりな二宮姉弟。ペア競技の舞台ではまさに無敵艦。最強の高校生ペアの台頭となりました。
しかも大きいのよあのふたり。茅ヶ崎の角野クンには負けても、180センチ後半はあるもの。
ああ、これはすごい。
長崎東西と並ぶとより両者の身長差が際立ちます。弟は188センチ、ここにはいませんが二宮姉は187センチあります。
こないだ聞いたら、あのふたりまだ身長が止まっていないんだって。まだ2年生、来年までに190の大台に乗る可能性は濃厚みたいよ。
それは心強いばかり。日本の至宝、双頭鷲の成長が今から楽しみです。
おっと?
これは珍しい、大空と水守の方から素振りをする二宮弟に声をかけますね。
「へえ、レフティ? テレビ以外では初めて見た」
「わたくしも。なんだか感覚が狂いますね。違う競技を見せられている気分です」
「あ、わかるそれ。やっぱり左利きって特別感あるよね」
「そんなありがたいものじゃないさ、生まれたときにお箸を逆で持ったくらいの違いでしかないよ。それに、オレにとっては右利きの人たちぜんぶがそう見えてるんだ、おあいこさ」
「ふうん。そんなものか」
「はは。ずいぶんと自然体なんだね。決勝に緊張はしてないの?」
「なんでかなぁ、現実ばなれしてるって言うか。あまりにも大舞台すぎて麻痺してる感じ」
「地方大会ではずっと目も当てられない状態でしたものね。ふふふ、てのひらに書いた『人』の文字が、手の甲に貫通する勢いでしたもの。まるで呪いの儀式」
「ちょっ!?」
「書いている人差し指が異常に反りかえっていて、折れるのではとヒヤヒヤして」
「あはは! それ本当? 同一人物とは思えないよ」
「美月ちゃんそれバラすぅ?」
なにごとかジャッジに確認していた二宮姉、二宮真琴が合流します。
いよいよ始まるわね。
「遅いよぉ真琴ぉ」
「盛り上がっているところ悪いが、私らは今から対戦をする間柄なんだ。少し距離を置きたまえよ」
「それがしゃべりやすい子たちでさ」
「大和は誰に対してでもそうだろ。ったく」
「あは、じゃあオレたち行くね」
「ああそうそう、今日は君らに真のペアというものをみせてあげられると思う」
「真の? ペア?」
「遅れてきていて何——、え!? 双子?」
「おやおや、君たち対戦相手のことをなにも知らずにここに来たってことかい? それはそれですごいな」
「いえ、わたくしは存じ上げております。今大会の本命と目されているとか」
「そうなんだぁ、ボクは知らなかったよ。そんなの調べる時間があったら1球でも多く練習したいもんね」
「ごめんなさいね、この口ぶりで悪気はないのです」
「だろうね、気にしてないよ」
「なかなか胆力のある子だ、さすがは決勝に駒を進めただけのことはある」
おっと、先ほどまでのなごやかムードはどこへやら、緊張感がティグラウンドを包みます。
熱く研ぎ澄まされてるとでも言うのかしら。肩から立ちのぼるオーラが見えるよう。
さすがは決勝戦、両校とも仕上がってるわ。完璧に。
やはりこうでないと。
殺伐としろとまでは言わないが真剣勝負なんだ、和気あいあいではトドメの一打がにぶる。勝負に徹するためにはせめてホールアウトするまではああでないと。
二宮姉がピシャッとあの場を締めてくれたな。
かわらぬ武闘派の赤井さんのコメントでした。
そんな二宮姉弟ですがペアゴルフとの出会いは意外に長く、幼少時からふざけてネット動画の再現に挑戦していたとか。
そんな頃からデュアルショットを? もしかしたらアタシより注目したの早くない?
誰よりもふざけて始めたのだとして、誰よりも早くペアゴルフに着手したのかもしれないわね。
さすがはデジタルネイティブといったところでしょうか。そうした試行錯誤から生まれたのがあの二宮姉弟オリジナルのデュアルショットなのでしょう。
さて、その舞浜学院がアドレスに入ります。二宮姉はいつも通り、100ヤード先へと向かいます。
「何をしているの?」
「あれが彼女たちのデュアルショットなのですよ。春の大会以降に披露して、あの技を用いた場合の1オン率は驚異の32パーセントなのだとか」
「パーオンがじゃなくて? 1オンが!?」
「ええ。そこが恐ろしいところなんです。彼らには日本のゴルフ場が狭すぎるのかもしれません」
打ちました二宮弟。およそ100ヤード先で待ちかまえる二宮姉の下にボールが丁寧に、しかし迅速に運ばれます。
この辺りの安定感が光りますね。
よほど練習したのよ。そうでなきゃあんなの打てっこないもの。
「頼んだよ、真琴っ!」
「打つ前に話しかけるな、任せろ」
自らをめがけて向かってくるボールを、二宮真琴がそのまま打ちます!
いやはや、何度見せられても信じられないわ。今まさに飛んでせまるボールに対し、後ろからクラブを当てるだなんて。大和クンのコントロールも異常よね。
「ン」
「行けぇ!」
二宮姉はクールに打ち、二宮弟の気合いがボールに入ります。
打球はブラインドとなる林をぐるりと回りこんでグリーン方向へ。二宮姉の位置取りでうまく林を回避しました。
グリーンをうかがうか? この一打で舞浜学院がスタートの1番ホールを奪取するのか?
あらら。
どすんと落ちたら2バウンドだけで止まってしまったわね。あそこは一日じゅう日陰の場所、昨日の今日でまだぬかるんでいたかしら。
すでにカートを走らせていた二宮弟が姉を拾います。
「クッソ、こんなことならオーバーしてでもちょい大きめに打っとくんだったか」
「女がクッソとか言わない方がいいよ」
「あのさあ。母さんみたいな言い方するなっていつも言ってるよな? ブッコロすぞ」
「おお怖。にしても、まだ台風の影響が残っているところがあるんだね」
「そうらしい。ティグラウンドとグリーンはかなり気をつかって整備できていても、さすがにコース全体となれば限度がある。他から水が流れこんだり、日当たりだったり。遠くから乗せようと思ったらこのコンディション差は厄介そのものだ」
「遠くて見えない場合はしょうがないよ。今後は日陰にも注目して攻めよう」
「だな」
ゆうゆうとカートを走らせます舞浜学院、二宮姉弟。
一方の後ろをゆく長崎東西は、少しあわてているように見受けられます。
「なんだったの美月ちゃん、あのデュアルショット」
「まさかとは思いましたが。わたくしがお風呂に入っている間に舞浜学院だけでも見ておきなさいと言い残したのは覚えています?」
「だってえ、ボクたちのが他局でやってたらそっちみるでしょ普通〜」
「あきれた。そちらはわたくしが録画しているとあれほど」
「だってリアルタイムでも見たいものは見たい!」
「どうしてそこで胸を張れるのです? 春の大会では用いていなかったので動画サイトにはないのです。全国放送のテレビで披露したのは一昨日と昨日のみ。ですからニュース映像しか見る機会がありませんのに」
「いま見れたからオッケ! 問題なっしん! だったらそうか、春はあれなしで制したんだ」
「そうなります。圧倒的実力差で日本一になったと。そんな方々が新型デュアルショットを引っさげて今大会に出てきた。これは生半可では勝てませんよ」
「それにしても飛ばしたねえ」
「ええ、弟さんがおよそ120ヤード、お姉さんが360ヤードで合わせて480ヤード。あれでまだ本気で振っていないのですから」
「そうなの? でも、いざとなったらボクたちにも奥義がある!」
「もちろんです。しかしあちらと違って乱用は禁物で、連打は命とり。わたくしたちが用いていいのはここぞという場面のみ」
「わかってるって。さ、向こうは2オン確実だよ。ボクたちもしっかりと乗せて2番ホールに行こう?」
大空がしっかりと飛ばして150ヤード以下につけたので、第2打は水守の出番でしょう。
そうね。彼女よほどのことがない限りディボットであれバンカーであれ、必ず乗せてくるものね。
ただし数字で見ると83パーセントほどです。この数字はペアのプロアマいずれと比べてもそう高くはないんですよ。水守はラフが極端に苦手なので。
そうそう、他の選手ならわけない芝に、負けて驚くほどショートする時があるものね。
大空ちゃんだと加減ができずフライヤーの大ホームランをかっ飛ばしちゃうだろうし。その完成されていない荒削りさも長崎東西の魅力なのよねえ〜。
本来そんな未成熟な高校は勝ち上がれないもんなんだがな。実力とは不釣り合いなほどの高度なふたり打ちが彼女たちのスコアを押し上げている。
その背伸びした戦い方も魅力のひとつなんですよ。ねえ高木クン?
全面的に同意します。
さあ今回は難易度の低いフェアウェイ、水守が打ち、グリーン真ん中へと乗せました。長崎東西2オン。
続いて舞浜学院は。
ここはショートゲームが得意な弟の大和クンが打つようね。
長身を折りたたんでコンパクトに構えます。そこから高校生とは思えない柔らかいスイング、簡単に乗せてきました。
これで舞浜も2オンとなりこのホールはイーブン。両校はそれぞれ0.5ポイントを獲得し、キャリーオーバーの1ポイントが発生します。
「ちぇーっ。もうちょっと絡むと思ったのに」
「ミートの際にわずかに力んだろ。それにこのアンジュレーションならもう2度は左を向けよ。それならまだチップインの可能性があった」
「へいへい、お姉様の言うとおりでごぜいますぅ。今度は事前に言ってよね」
「ナイスバーディ美月ちゃん」
「ええ……」
「どうしたの? ボール拾って次行こ?」
(なんでしょう。なにか……。言いしれぬ不安を覚えます……)
選手たちが2番ホールへと向かう場面でCMです。決勝戦はイーブンからのスタートとなりました。