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13番ホール 日はまた昇る

 カートを2台並べて走ります。電動カートは静かですから、じゅうぶんに会話ができるでしょう。両校の間ではどのような話が交わされているのか。


「おまえらのあれ、なんなんだ? あんな正確に息を合わせられるものか?」


「そっちこそ。あんなのドラコン大会の優勝よりも飛んでるじゃない。絶対勝ったと思ったのに」


 なんと6番7番8番ホールをすべてイーブンとし、ここ9番ホールまでやってきました準決勝第1試合、長崎東西高校対独学館高校。長崎と佐賀の九州勢同士がぶつかり合う大熱戦の様相を呈しています。

 ここまで両校1.5ポイントずつ、キャリーオーバーは3ポイントに膨れ上がりました。どちらかが1打抜け出せば勝ち名乗り、即座に決勝進出が決まります。

 両者互角と言ってもいいでしょう。意外な試合運びとなりました。


 独学館の応援たらすごいわね。選手のユニフォームと同じ黒を着た人がギャラリーのなかにいっぱい。

 今日が最終日だもの、優勝すると信じて出てきたのかしら。


 きっとそうでしょう。夏休みですから、同校の学生服も多く見受けられます。

 クラブハウスからほど近い9番と18番のグリーンにはスタンドが設置されており、特に今日は満員です。

 長崎の応援もあるか、レモン色か白色を身につけた観客が少数ながら。ここ9番ホールのスタンドは今や九州人で埋め尽くされています。


「おお〜い! 応援にきたよぉ〜い!」


「せーの、美月ちゃ〜ん! 転校せ〜い!」


「そこはつばめちゃんって、呼んであげなよいいかげん」


「ん? なんとなくよ、なんとなく」


「みんなぁっ!」


「村長さんまで!」


「すごいじゃない! あと2つ! あっと2つ!」


「っまっかせて!」


「ありがとうございます、がんばります」


 長崎の人気はわかるとして、なかなかどうして独学館も人気よね。あんなにケンカばっかりしてるのにどうしてかしら。


「いけ! 殴れ!」


「蹴飛ばせ! なんだ、やらんのか」


「いやいや、地元じゃないんだから。テレビ中継でそれはまずいでしょ」


「いや、あのふたりならやりかねん いけっ!」


 あのふたりのやり合いは地元ではもはや伝統芸の域、名物なんだそうです。小学校に上がる前からの因縁とかなんとか。腐れ縁と言いますか、幼なじみなんですね。


 なにそれ、かわいい!

 どうしてくれんのよ、今のでまったく見る目が変わっちゃったじゃないのよさ!

 そうかそうか、ははあ。

 これは案外、いやむしろ。かなり腐れるのかもしれない。


「なんとなくわかったよ、あなたたちのこと」


「なにがだ?」


「ペアゴルフを否定しながらも、ブームになっているペアゴルフに興味があって。でも大好きな伝統あるゴルフを否定されたみたいで。だから正統なゴルフでペアゴルフを打ち負かせたくてここにきた」


「ハァン? なんのことだ?」


「あれだけ敵愾心を向けられればね、わかるよ。もうしらばっくれなくてもいいんだってば。バレてるから。そうじゃなきゃなんでバカにしてるペアの大会なんかにわざわざ出てくる必要があるの? あなたたちはペアゴルファーの実力を知りたくて、ペアゴルファーを倒してレギュラーゴルフの方が上であることを証明するためにここへきたんだ」


「まさか看破されるとは」


「浜岡!?」


「まあいいじゃないか。どうであれやることに変わりはないんだ」


「いよいよ認める段に入ったんだね。楽しいよぉ〜。あなたたちもきっとペアゴルフを好きになる」


「いや、なんでだよ。そうはなんねえって」


「これは予言だよ、来月には新たなショットを模索してる、そんな気がする。ふたりでひとつのボールを追いかけてるとね、なんだかキャッチボールをしてるみたいになるんだよ。相手の考えていることとか、悩んでることとか、いろんな事がわかるような気がする」


「っは。まさか。いやしかし? そうか。そうだったのか」


「? なにかわかったのか浜岡?」


「カートを止めてくれ」


「?」


 浜岡クンの手に持っていたヘッドカバーが落ちたわね。拾いにもどるわ。


「どうした、わざと落としたりなんかして」


「わかったんだよペアゴルフの本質というものが、だ」


「ハァン? 頭でも打ったか?」


「まあ聞け。ゴルフは昔も今もずっと徹頭徹尾おのれとの戦いだ。スコアボードの差はあくまでも付随するものにすぎない。ところがどうだペアゴルフは。自身と同程度の競技者と一緒に、作戦を練って、攻め方を相談して。それでパフォーマンスは時に己が持つ全力を超えることがある。あいつらのように」


「ふん。わからんな」


「いいから聞け。打ち方だってそうだ。ベースボールの球は小さく、ソフトボールの球は大きい。それはそうだ違う競技なのだから。もしメジャーリーグの使用球がソフトボールの大きさになったとしたら、ピッチャーの年間の故障者は今の数倍にはね上がるだろう。同様に、砲丸投げはソフトボールと同じくらいの大きさだが、同じ投げ方をすれば一度で投手人生が終わってしまうくらいのダメージは必定。同じくらいの重さの球でも、ベースボールとソフトボールでは投げ方が異なっていていいのだ。同じくらいの大きさの球でも、ソフトボールと砲丸投げは投げ方が異なっていていいのだ。つまり。打ち手がふたりいるペアゴルフは、ゴルフと打ち方が異なっていてもいいのだよ」


「はぁ〜あ。やっとそこにたどり着けたんだ。遅いよ」


「わたくしたちだってほんの数ヶ月前ではありませんか」


(それは言わない約束でしょぉっ!)


「聞いていたのか! と言うか、なんでおまえらまで止まっているんだ!」


「だって。止まったから、どうかしたのかなあって。もしかして聞かれたくなかった?」


「当たり前だろ! だがまあいい、困るほどではない」


 乗りこみます。どうやらカートのトラブルではなかったもよう。


 浜岡クンが足をつったから伸ばしてでもいたんじゃない? 今日はまた、うだるほど暑いもの。


 大空もアキレス腱を伸ばすそぶりを見せています。


「この際だからもう一緒に聞いてくれ。ゴルフスイングとは本質的に、往復して振ることで大切なエネルギーをロスする欠点がある。それは正確性を担保するのに必要な措置ではあるが、それ以上に制約もあり、飛距離に影響する。その制約とは、『一度のスイングでは一度のみクラブを振ることが許されている』というものだ。もしもボールに触れるまでに2度振ったなら、それは2打としてカウントされてしまう。ゴルフにはそこに大きな制約があった」


「うんうん。……うん?」


「ペアゴルフではその性質上、ふたりがクラブを振るのに回数の制限をもうけず、あえて3秒間という枠を作った。なんと自由な枷なんだ。その中ではなにをやっても許されるという。3秒とは、すべての権利を与えられた真っ白いキャンバスなのだ。そこにおまえらや他校の選手が様々なスイングを描いてみせた。であるならば、我々にも絵を描く権利は与えられていい。自由なショットを模索してもいい」


「ええっと、もしかして今から考えるの? さすがに厳しいと思うよ?」


「その場で相手校のモノマネをしてみせる人間にだけは言われたくないな」


「うふふふふ」


 さあ到着しました9番ホール。先ほどよりも若干長い471ヤードのパー5。パー5の中では短く変更されたホールです。


 まあ、なんでもかんでも距離を延ばすだけじゃ芸がないものね。

 ここは一打で乗せるには遠いから、さっきみたいな2打目勝負かしら。今度こそチップインが勝負を決するのかもしれないわね。


「そっかそっか、そうなんだ。ボクは大きな思い違いをしていたよ。あなたたちはもしかしたら誰よりも敬虔なペアゴルファーなのかもしれない。自分たちがただ堅実なだけのレギュラーゴルファーと謳いながら、その実は誰よりもペアのスイングを研究したペアゴルファーなのかもしれない。ゴメンさえぎったかも。いいよ、続けて?」


「ではお言葉に甘えて。ほら、続けろよマジメ岡」


「おまえはいい気なもんだ。じゃあ具体的にどうスイングするか。ベースボールやゴルフのスイングが本当に自由なら、スイング方法は砲丸投げや円盤投げのようであってもいい。ステップを踏んでもいいし、何度も回転していい。なぜそうしないかは、それぞれの球技の制約による。ベースボールではピッチャーの行動に対して即応するため、スイングはあらかじめ振りかぶった状態で行われている。では止まったボールを打つゴルフにおいて、もっとも適したスイングとは? なおかつ400ヤード以上先のグリーンに乗せうる、針の穴に通すほどの正確性を担保する方法とは?」


「いや、知らねえし」


「高い精度を維持しつつ人間が一度の打撃でもっとも遠くにボールを運べるスイングとは、本来円を描く軌道であるべきなのだ。振りかぶって戻すのではなく、真に円を描くスイングであるべきなのだ」


「なるほど」


「あはは、もうわからなくなっちゃった」


「ふふ、あとでお教えしますよ」


「かつてこれを誰もやらなかったのは、このスイングが2打に数えられてしまうから。一度空振りをしておいて次の回転で打つのはご法度だった。2周だ桜井。それが我々のめざす究極のペアのショットになる。それこそが独学館のペアゴルフのショットだ」


「2周も振るの!?」


「我々だってペアゴルフのルールの制約も影響も恩恵も受けないのではないのだよ。制限されることもあれば利用することもある。この打法もレギュラーゴルフあるいはファストゴルフであれば歴史に一度も登場しえないものだ。であるならば、これもペアゴルフならではにぜひ数えてもらおう」


「なるほどなぁ、口上はわかった。だがそれをオレにぶっつけ本番でやれと?」


「素振りは好きなだけやってくれていい。……いつも指示だけですまんな」


「やめてくれ、おまえが謝ったら昨日みたいな嵐がくるだろ。やるだけやってみるさ」


 桜井が素振りを始めましたね。これは力強い。

 横から浜岡がフォームを指摘しています。

 まさかここも一打でグリーンを狙うつもりがあるのでしょうか。


 そのまさかだろうさ。

 471ヤード。世界のドラコンは500ヤードを越す記録もある。それは氷山の一角で、公式記録に残っていない練習では、500ヤードを越えることだって山のようにあるだろう。だったら。

 桜井くんがここで500ヤード足らずをオンしてみせることはおそらく可能だろう。彼も過去に500近くを飛ばした経験があるんだ。もしそうなのだとしたら、少なくとも不可能ではない。

 こうなるとどちらかが乗せたらそこで決着だよ。この試合はミスショットなんかでは終わらない、そんな予感が確かにある。


「こっちもひとついいかな?」


「もちろんだ」


「あなたたちはゴルフのルールを研究し尽くして新しいスイングを完成させるのかもしれない。いま練習しているショットを成功させるのかもしれない。でもペアゴルファーとしては小さくまとまってるんだ。まだまだ殻を破れていないようにボクには見えてしまう。だから今年のあなたたちはここまで。ここから先へは進めない、ボクたちが進ませない。これはペアゴルフの大会、ペアゴルファーがそれぞれの技を競うつどいだよ。あなたたちは異質なんだ、そのプレースタイルはまだまだペアゴルフを否定してる。ペアゴルファーはね、地球上もっとも自由なゴルファーなんだよ。動いているボールを打っていいし、助走をつけて打ってもいい。歌いながらでもいいし、なんなら踊りのなかに組み込んでもいい」


「それがどうした。実際問題そんな輩におまえらは勝てていないじゃないか」


「ううん、勝つ。ぜったい勝って証明する。そりゃゴルフは偉大だよ。でも、ペアゴルフだって同じくらいすごいんだって、ゴルフとペアゴルフは別の競技なんだってこの一打で証明してみせる! 行くよ美月ちゃん、大詰めだ!」


「ええ」


 和気あいあいだった両校が急にピリリとしました。この辺りのオンオフの切り替えが上手ですよね、上位校ともなると。


 そのようね。どうやらこのホールでも同時に打つみたい。両校が同時に準備を始めたわ。


 そのあたりに関し特に両者の言及はなかったな。あうんの呼吸で決まったらしい。

 相撲の立ち会いや競艇のスタートみたいなものかな。前例にならい、申し合わせずに。

 言葉を交わしつつ自身を高めていくような緊張感があった。


 さあ、パンパンに膨れあがったキャリーオーバーを念頭に両校がアドレスに入ります。この試合に勝つのは歴代でも最強をうたう独学館か、それとも新進気鋭の長崎東西か?

 今回は浜岡が合図を出しません。彼もショットに専念するもよう。


「ふんッ!」


 空振り? いや、スイングは継続している?

 桜井のスイングはまるで円月殺法か!?

 そこに浜岡がパターで!? ボールを横から差し入れる!?


「そら、行けよ桜井!」


「ふううううゔゔゔゔんんんん!!!」


 空振りをしておいて2度振ったッ!


 いいえ違うわ! そうじゃないの!

 始めの1回転目は振りかぶりのようにゆったりと、2回転目はダウンスイングのように鋭く振ったわ! あれがペアゴルフのルールを利用した、独学館流のペアのショットなのよ!

 ソロのファストゴルフでは許されていない、ペアにのみ許されている3秒ルール!

 あくまでデュアルショットではなく、個の能力を極限まで研ぎ澄ませて!


「これがボクたちの最長距離砲! 第2の奥義・改! ブロークン・マリオネット・オブ・アルバトロスッ!!!」


 いったあ! 長崎東西の天秤二人羽織雷獣ショットは、4回戦で見せた新型だ!

 2つのボールが皐月の空に、二筋の飛行機雲を描いてゆく!


「うおおおお! おおおおおおおおおッ!」


「よし行った! ベストショットだ桜井!」


「さすがですね。ペアゴルフを肯定しながらも、自らのショットではそれを否定してみせた。言うなれば究極の個」


「でもやっぱりダメだよ。この先に進むのはボクたちだ! ボクたち長崎東西だ!」


 ふたつとも乗った! なんと両校ともグリーンに乗せてきた! 決着は持ち越ぉぉし!


 いや、待て。早計だぞ。

 少し速いが?

 ピンに当たればあるいは。わからんぞ。


 あらほんと!

 グリーンの傾斜に沿って、綺麗ぇいな弧を描いていキャアアアア!

 入るのぅ? ほんとに入ってしまうのぉう!?


 行けッ! そのまま行けッ!


 ピンに!?

 当たって!?


 吸いこまれたわぁぁあッ!!




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 いやあ驚きました。パー5のコンドル、すなわちホールインワンがでました。まさかこのようなかたちで決着するなどと、どなたが予測できたでしょうか。


 動悸がおさまらないわアタシ。耳がドックンドックンいってるもの。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。


 興奮いまだ冷めやらず、上野さんはいまにも産みそうになっています。

 対決前は究極のレギュラーゴルフを標榜する独学館か、多彩なデュアルショットが武器である長崎東西かの、どちらかの一方的な試合になるのではとの予想でしたが。赤井さんが長崎を推し、意外にも上野さんは独学館を推しました。

 試合は開けてびっくり、キャリーオーバーをスタートから連続3ホール。続く9番も双方オンさせ、一度は10番へと気が逸れたところで起きたまさかのエース。劇的な幕切れとなって準決勝を終えました。

 浜岡と大空の間で握手が交わされます。


 とても長い握手ね。ほかのスポーツではあまり見ないものだわ。やっぱりゴルフっていいわよね。グスン。


「負けたよ。敗因はまあ、私だろうな。だってそうだろ、7番から以降はまともに仕事をしちゃあいない」


「えっ、いや、そんなことないよ! すっごく強かった!」


「いや、おまえは分析とかしてたろ」


「だがクラブは振っちゃあいないんだよ。アプローチ担当はどうやってもペアゴルフじゃあ脇役だ。それがどうだ、おまえらは。水守さんは飛距離に関して毎度立派に貢献してる。そこの差が出たんだろう。これがふたりでやるゴルフとペアゴルフの差だ」


「でもあれだよ、すっっっっごく楽しかった! 今大会で一番楽しかったよ」


「そりゃあ勝ったからだな」


「だな」


「ふえええっ! えええええっとぉ?」


「冗談だって、本気にすんな。まあ決勝もがんばってくれ」


「どうせなら日本一になれよ。それなら我々も胸を張って帰れるから」


「うんっ! お任せあれ!」


 ……この試合の始まる前を高木クン、覚えてる?

 めちゃくちゃ険悪ムードだったでしょう。それが。

 見て。

 あれが高校生、あれがペアゴルフ。あれが長崎東西なのよ。

 もうここまできたらいっそのこと優勝してもらいたいわよね。


 はい。


「そっかそっか、壊れた人形はアホウドリじゃなくて鷹だったか」


 大空が見上げる青空には、いったいなにが映っているのか。

 記念すべき第1回大会にふさわしい試合が展開されています、全日本高校生ファストペアゴルフ選手権大会。

 これから選手たちは続く決勝戦と3位決定戦に備えて食事休憩に入ります。

 この時間を利用しましてCMのあとはダイジェストにて、昨日放送できませんでした第3回戦の模様を駆け足で振り返ります。

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