4話 残った方が幸せになるとは限らない
元貴族視点
「あの子をお願い」
そう言って少女が火の壁の中に消えてから数日が経った……
俺の中でもあの少女の存在はそれなりに大きかったのか、それともあの貴族の姿を見てしまったからなのか、何となく日々のあらゆることに対してやる気が出ない状況が続いていた。
いろいろと考えたが、俺を陥れ少女を焼いた貴族には復讐してやろうと決めたが、この場所にいては結局のところ何もできない。
少女を中心に集まっていた奴らの関係性はなんだかギクシャクとしたものになり始めている。
あいつはいつも貰ってばかりだ、この前のあの分を返せだなんだとくだらないやり取りをしている。
そう言った争いが起きないように上手くやっていた、少女の凄さというのはいなくなってから感じるのも皮肉なもんだ。
一度ギクシャクとして、些細なことでも争い始めたら人間不審になっていくのか、関わりがめんどくさくなるのかはわからないが、だんだんと集団は散り散りになり、周囲の人間と関わらないように生活を始めた。
貴族の魔法によって燃えてしまったエリアを主な寝床にしていた奴らは、自分たちは奪われたんだから他人から奪ってもいいだろうと謎の理論を振り翳し、体の弱い奴や老人を寝床から追い出して生活していたりする。
これだけでも状況は悪化していっているのだが、中でも最悪なのは隣国との国境付近に最近拠点を作った犯罪組織が人身売買をし始めた事だ。
女は快楽の道具に、産まれた子供は調教して犯罪をやらせて、失敗してもいくらでも切り捨てられる、そんな扱いにしようとしている様だ。
そんなことは許してはいけない。そうは思っていても今の俺に出来ることは何もない……
今の俺にできることは、少女の墓を墓場の外れに作り、頼まれたガキが目につく範囲に寝床を移し日々を過ごすことくらいだ。
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それからしばらくの間、ガキを何となく見ながら過ごしていくうちに気づいたことがいくつかあった。
1つ目はガキは警戒心と身体能力が高い。
大人を殴り倒せるほどではないにしても1対1なら逃げ切れるだろうなというくらいには体が強く、身体能力も優れている。
自分を狙っているような視線を感じればその場を離れ、1人にならないように行動ができる。そのおかげで今のところ人身売買の餌食にならずに済んでいる。
2つ目は手先が器用ということ。
基本的にここにいるやつは、拾った金属類はそのまま数を集めて売りに出し、小物などはそのまま使用できそうなもの以外は拾ったりしないが、あのガキは壊れていても自分で修理して金に変えたりしている……手先も器用だし、仕組みを理解できる頭もあるようだ。
3つ目は俺と違って何かしっかりとした目的を持って行動しているということ。
換金した金を街に行ったりして使っていないことを考えるとおそらく金額の高い街の身分証かなんかを買うつもりなんだろう。
その先に何がしたいのかは流石にわからないが、夢やら目標なんかを持っていそうだ。
「あの子をお願い」
そう言われた以上、なんとかしてやらねぇとな……
まずは俺も金を集めることから始めるとしよう。金はあって困る事はないからな……そんなことを考えながら今日も少女の墓に立ち寄り、手を合わせてから寝床に戻る。
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俺はガキを見守りながら金を集めて街に繰り出しては情報を集めていく……そんな生活を初めてから2年が経った
俺を嵌めた貴族はとうとう上流貴族の仲間入りをしたらしい。
上流貴族にもなれば資金も警備なんかも中級までとは規模が違くなるため、復讐しようにも行き当たりばったりなんてことはできなくなってしまった……こればっかりは仕方のないことだが、計画的にやるしかない。
相変わらずガキは周りを警戒しながらゴミを漁っては小物を修理して役人に買い取ってもらっている……貯金はそろそろいい金額になっていることだろう。
俺以外にも、周りの奴らもガキが大金を蓄えていることに気づくかもしれない。警戒しといてやらないとな…
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俺は街に繰り出しては他の奴らの関心をひけそうな話題を集めて吹聴する。そうする事で少しでもガキへの意識を逸らすことができるからだ……そんな地道な活動をしていたある日、情報を集めようと街の中を歩いていたら遠くから声をかけられる。
「メイソンーーーメイソン!!」
「……ん? あぁ俺のことか」
ここ何年も自分の名前を呼ばれていなかったから、誰のことを呼んでいるのかすらわからなくなっていた。
人に呼ばれない、個人としてちゃんと認識してくれる人がいない生活に身を置くとこういうところに出てくるのかと実感する。
「やっと気づいたか!俺だ俺!」
「お前は…ジェーンか!」
最後に会ったのはいつだったろうか、俺を裏切らず最後まで一緒に資金繰りを改善しようと努力してくれた仲間の魔法使いだ。
久しぶりの再会に懐かしさも込み上げるが、情報を集めるために行きたいところがいくつもある。1日で行ける場所にも限りがあるし、情報は鮮度が重要なため、ジェーンには悪いが歩きながら話すことにする。
「ずっと探してたんだぞメイソン、こんな田舎に引っ込んでたとはな」
「ははっ、田舎なんて言ってやるなよ……都会とは違ってなんもない町だが、こんなところでも全然マシな方だぜ……なんたって俺は今は墓場の住人だからな……」
「お前…なんでそこまでやばくなってるって俺に言わなかったんだよ…」
「お前にそんなこと言ったら墓場について来ちまうだろうが……俺は俺の立ち上げたビジネスで失敗したんだ。中心メンバーとは言っても、雇われてただけのお前を巻き込むことなんて出来ねぇだろ……」
「いや、それでも…」
ジェーンは付いて行ったのに……と言おうとしたのだろうが、そんな、たらればの話を今まで普通に暮らしていた立場で俺に言ってはいけないと気を遣ったのか言葉に詰まっている。
「まぁ、現実としてこうなっちまったもんは仕方ねぇさ……ところでこんな所まで探しにきて、なんか用事があったんだろ?」
「あ、あぁ…お前は二度と会いたくないだろうし、あいつも合わせる顔がないって言ってたから、俺がこれを預かって来たんだ、これを詫びとして貰ってやってくれ」
そう言ってジェーンは煌びやかな小箱を渡してくる。
「あいつか…これがなんだか知らないが律儀なもんだな……許せる許せないで言えば……まぁ気持ち的にはやっぱり許せないが、家族を人質に取られたらしょうがなかったってのも、一応わかってるつもりだ。詫びは受け取った、もう終わったことだから気にしないでくれと伝えてくれ」
「ああ、わかった。あいつにはちゃんと渡すことができたと手紙でも出しておこう」
「それよりこいつはなんなんだ?」
「そいつは『カプセル型スクロール』って言ってな、お宝中のお宝だぜ……スクロールに保存されたアイテムを具現化して、使わないときにはしまっておけるアイテムだ……売ればこの辺りなら城みたいな大きさの家が簡単に建てられるレベルの金になる。メイソンがこんな状況ってわかっていればもっと早く持ってきてやればよかったな……お前が良いなら近隣の貴族どもに売り払って外国で新しい仕事でも一緒に始めるか?」
「それは…」
今すぐ売りたい。そう思う気持ちは確かにある……ここまでしてくれることから分かる様に、ジェーンは本当にいいやつだし、この小箱がなんなのかわからないが、それよりも新しいビジネスの方がワクワクする。
「迷う事なんてないだろ、とにかく一緒にいこうぜ!」
ジェーンはそう言って俺の手を引き、ここから連れ出そうとする……
「……ジェーン、待ってくれ……俺にはまだやらなきゃ行けないことがあるんだ……」
「墓場なんて劣悪な環境に身を置いてまでやらないといけないことなのか?」
「あぁ、大事なことなんだ。途中で投げ出すわけには行かない」
ーーーあの子をお願いと託されたんだ。
今まで特になにかをしてやることができたわけじゃないが、ガキが墓場からちゃんと出ていくくらいまでの期間は見守ってやるべきだろう。この小箱を売れば俺はいつだってあそこから出ていくことができるんだから……
「そうか……じゃあ、今度こそ俺も最後まで一緒にいてやる」
「墓場はまともなところじゃねぇぞ……」
最初に墓場に辿り着いた頃のことを思い出し、暗に付いてくるなと伝える。
「俺は知らなかったとは言え、お前を見捨てちまったんだ。次は墓場でも地獄でも一緒に行ってやる。それにビジネスで成り上がる以外に興味の欠片もなかったお前がそこまで言うんだ……気にもなるさ」
そう言ってジェーンは笑いながら墓場の方に歩き始めた。
「…ありがとな…」
「礼なんていらねぇよ、仲間だろ!」
ジェーンの『仲間』という言葉に胸が熱くなる。
俺は1人じゃなかったんだな……
「それより、お前のやらないといけないことってなんなんだよ」
「あぁ、長くなるけどよ……」
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ここ数年の出来事やガキを託されたこと全てを話した。
「なるほどな、お前も色々あったんだな……何はともあれ、よく生きていてくれた……あの腐れ貴族への復讐は俺も大いに賛成だが、まずはお前を助けてくれた嬢ちゃんへの礼をしっかりとしないといけねぇな……そしたらそいつを使おう」
話を聞き終えたジェーンはスクロールの入った小箱を指差していう。
「こいつを?結局売るのか?」
「ちげぇよ、さっき説明しただろ、それを使えばアイテムを具現化できるって……」
「あぁ、そういえば言ってたな…それで、この6個のカプセルには何が入ってるんだよ」
「一つ目はシェルターだ……その家のマークのやつだ。旅路の仮住まいとして使ったり、中に入れたものは、そのままの状態でカプセルに戻せるから保管庫の代わりにも使える優れものだ。それに小箱は使用できる人間を登録出来るから、盗難対策も万全だぜ。とは言っても現状はただの空っぽの箱が出てくるだけなんだが……」
「中身が入ってなくたって、すげぇアイテムじゃねぇか……」
「だからすごいんだって!貴族連中は絶対に喉から手が出るほど欲しがる一品だぜ」
中に入れたものが時間経過で傷んだり、腐ったりしないか、シェルターはどのくらいの大きさなのか……気になる事は山ほどあるし、確かめたい事も山ほどあるが、なんと言っても、こんなカプセルにあらゆるものが縮小できるなら、物流的な観点から言っても革命的な一品だ。
「これは世の中にいくつもあるアイテムなのか?」
「んなわけ無いだろ……ダンジョンから出土した一品で同じ様なものは、俺が知る限りでは一つもない……」
「おいおい……まじかよ……なんであいつは俺にそんな貴重な物を……」
「罪悪感……だろうな、自分のせいで俺たち全員が職を失って、裏切ったあいつだけは他の貴族連中にチヤホヤされて……その境遇に耐えられなかったんだろうな……風の噂では貴族に頼み込んでダンジョンに何度も挑戦しに行ってたらしいぜ」
「そうだったのか……」
そんな危険なことをしてまで俺に……俺たちに詫びようとしていたのかと思うと、どうしようもない境遇まで落ちてしまったことで、投げやりな気持ちから許そうとしていた俺の方が悪者の様に感じてしまう。
「まぁ、それはそれとして、カプセルは残り5つあるがそれぞれの説明をしよう」
「ああ、よろしく頼む」
ジェーンの説明では、5つのカプセルはこの様になっているらしい。
・自分の力で車輪を回して移動する2輪の面白い乗り物が具現化するカプセル
・事前に指定しておく事で様々な形の武器を具現化できるカプセル
・熱量や光量を自由に設定した球を具現化できるカプセル
・どこでも清潔な水を取り出せる井戸が具現化するカプセル
・登録した物をカプセルに保存しておくことができるカプセル
「全部揃えることで相乗効果が生まれる様なラインナップだな……にしても最後のカプセルだけは謎だな」
「まぁ、とりあえず6個目の保存できるって謎は置いておくとして、6個のカプセルが入った状態でダンジョンから発見されたんだから、それぞれの相性が良くて当たり前だろうな」
「そりゃそうだな……それで、これを使ってどうするんだよ……」
「ガキの支援をちゃんとすればいいじゃねぇか、そんだけ警戒心が強いガキならとりあえず金だけ渡そうとかしても裏があるとか警戒して受け取らないだろ……だったら水でも安全な場所でも提供して、外に出たがっていそうなら、外の事や色々な事を教えてやれば良い」
「確かにそうか…」
「まぁ、使うにしてもいろいろ手順や段取りが必要だろうが、何よりまずは信頼関係を作るところからだと思うぜ」
「そうだな……そうだよな……」
こうしてジェーンと俺はガキを墓場から連れ出すための計画を練り始めた。