Xイヴ
それで、とか、このあと、とか声がする。
たしかに、眼の前のひとと会話しているけれど、自分でも内容が入ってこないのがわかる。
そのたび、ちゃんと話し聞かないと、と言い聞かせては、またアタマが空になる。
「それで……そらくん?」
「はい……あ、待ってください。もう一回」
「そらくん、なんか変ですよ。緊張とかですか。わたしも緊張してます」
はいくずれさんと一緒にいる。
なぜか、部屋まで招かれた。
仕事の打ち合わせでは、あるけれど、なんでここの部屋に来たのか、よく覚えていない。
りーちゃんに、フラれる。
よく考えてくださいと言われたけれど、考えてもフラれることには、変わりないはずだ。
りーちゃんに、フラれる。
現実として、ミリロリ嬢様とお付き合いしているという事実が、なんだかすごいのだけど、そのミリロリ嬢様から、今度は別れようとはっきり言われた。
別れるということに、考えてと言われても、お別れすることなのだから、結果、ぼくがなにを言っても、もうフラれているのだろう。
そんなことをもう数日考えている。
今日りーちゃんの部屋をおとずれることには、なっているけれど、彼氏じゃなくなることが、あまりに寂しくて、打ち合わせの内容は、まったくよくわからない。
「その……プライベートでなんかショックで、よく覚えてもいないような出来事でして」
「そうなんですね。わたしひどいタイミングで呼び出してしまったんだ。ごめんなさい。いま温かいの入れます」
「ありがとうございます」
はいくずれさんに、心配されてしまった。
Vのマネージャーになってすぐは、しばらく担当がつかなかったのに、なぜか、あかりさんがミリロリ嬢様の担当になり、そして、ぼくは、はいくずれさんとそんなに会わないうちに、マネージャーに選ばれていたらしい。
「はい……少し落ち着きましょう。いいです。待ちます」
「少しお聴きしたいのですが」
「なんでしょうか」
「なぜ、ぼくはマネージャーになれたのでしょうか?」
当然の疑問だ。
ミリロリ嬢様は、よくいえば前からの知り合いということで、マネージャーにもなれる位置だったけれど、はいくずれさんとは、この前の一件以外は、ほぼ接点がない。
「……そらくんは、それじゃ覚えていらっしゃらないんですか。寂しいな」
どの話しのことだろうか。
鍵で腕に傷をつくった。
そのことを謝罪はされたけれど、だからといって、一般のぼくをマネージャーにしたいという気持ちは、どうしたのだろうか。
「ぬいぐるみ……大量にお渡ししてしまいまして、なんだかお恥ずかしい。たぶん、もう捨てていますよね」
ぬいぐるみは、たしかに、はいくずれさんのものがある。
そうだ。
「あ、そっか。ぼくがはいくずれさん知ったのは、事務所でぬいぐるみを」
「そうです!! やっぱり覚えていますか?」
そうだった。
アオイさんの手がかりやりーちゃんの行方を探しているとき、はいくずれさんのぬいぐるみをたしかに、もらった。
Vのほかのかたは失礼ながら、ほとんど目に入っていなかったけれど、イケメンがときどき炎上のようになり叩かれたとか、反対に、ファンの子たちが出待ちしたとか、噂をきいたことがあった。
「そうでしたね。ぬいぐるみ大切にしています。何体か知り合いにも渡したら、大好評なんです」
「そうなんですね! よかった!」
すっかりあかりさんの天気除けの御守りになっている。
以前カバンに入れてない日に、雨に降られ、持ち歩くようになってから、折たたみ傘でも、使わない日のほうがおおいと聞いた。
「はいくずれさんのぬいぐるみが、たくさんバリエーションがあって、よく買っています」
「本当ですか!? あ、あげます! 今度持ってきます」
「いいえ……自分で集めるのも好きなんです」
「そうですか。ときどき自分でも、知らない衣装のがあって、こんな風のは着たのかなってなるんですよね」
それは、たぶん勝手に創ってるんじゃないかな。
でも、はいくずれさんがとりあえず、少し緊張が柔らいだようだ。
「それで、なんですけど」
ようやくぼくも手帳を出して、スマホの連絡と照らしつつ、はいくずれさんの管理を打ち合わせする。
「続きですね。クリスマスは、一件配信して、そのあと少し休みを入れたあと、ヨジゴジの年末Vライブが入って、それで年内ですね」
手帳とスマホにも同じように書きつつ、はいくずれさんは真剣だ。
以前聞いたことのある噂だと、マジ恋現象という、はいくずれさんがこっそりとリアルに連絡や電話をして、夜中にこっそりとお忍びで、デートをしたというものがある。
ほかにも突然街中で背後から、はいくずれって呼んでね、と声をかけられたとか、手を繋いでデートしていたとか、そういう噂が大量にあるひとだ。
けれど、鍵の傷の件にしても、どこかちぐはぐで、はいくずれさんという眼の前のひととは、なにかずれている。
「予定わかりました。あの、もしかして何度か、聞き返してしまいましたよね」
「いいんです! それより、平気ですか? はじめにもお聴きしましたが、わたしのマネージャーが交代するのは、事情あって仕方ないですが、大学もお忙しそうなのに、わたしの予定まで管理してもらうのも」
「それは、平気ですよ。前の職場は、退職してきました。それに、スタッフとの付き合いもなんとか、話しあってきました」
「大変ですね。やっぱりモテるんだ」
「いえ、そんな! はいくずれさんのほうが、よほど格好いいし」
「うぅ……やっぱりこの格好でも、男の子にみえますか。みえますよね。そうですよね」
なにか地雷のような話題だったろうか。
どちらかと格好いいは、ほめ言葉だけど、ここまで格好いいひとだと、ほめるのもムズカシイらしい。
「男っていうか……格好いい女のひとの代表、みたいな感じで、すごいです」
はいくずれさんが、なんだか驚いている。
そのあと、急に顔を隠している。
なにか、言ってしまっただろうか。
「すいません……ほめられ慣れてなくて……か、顔洗ってきます!」
ばっとキッチンに向かうと、コップで水を飲んでいる。
そのあとお湯を流しているのか、しばらくジッとしている。
はいくずれさんは、キッチンでたいていの用を済ますらしい。
いいかどうか、というより、動きはテキパキし、髪も短いし、眼はなにかキレイで、これで生活まですべてきちんとすると、返ってよくでき過ぎな気がする。
でも、ほめかたは考えないといけない。
ぼくのひと言で、なんかすごい勢いで、顔を洗っている。
部屋をみると、そんなに汚れているわけではなくて、どちらかと、物が少ない。
配信は、隣の部屋なのだろうか。
ぼくの部屋も物は少なめだけど、それは推し活に懸命になる余り、ほかの物を整理してしまった結果だ。
ぬいぐるみやアクスタは、丁寧にしまってある。
出してあるのは、少しだ。
「……おまたせしました」
「いえ」
「……そ、そういえば、そらくんはクリスマスは、どなたかと一緒ですか?」
「え……クリスマス……たぶんいられないんじゃないかな」
はいくずれさんは、カップを置いてくれる。
まだ熱そうだけど、それで手を暖める。
さっき入れてくれたのは、もう飲み空になっていた。
「そうですか……なにか」
「ぼくが何かと優しくできないから、それで、たぶん離れていくんです。せっかく憧れのヒトなのに、どういうことかわからないけど、そういう風にしか、上手くできないんです」
「上手くって、ちゃんと話し合われたんですか?」
「この前熱出しちゃって、そのあとまだよくわからないですけど、よく考えてみてくださいって言われました。上手く説明できないんです」
「そんな……いきなりですね。なんだか大変」
「優しくしたいけど、優しいヒトじゃないんですよ。ぼくはきっと……」
「そんなことないです!!」
はいくずれさんが、なんだか泣きそうな顔になっている。
「あの……」
「そんなことないです。そらくんは優しいし、きっと、上手にできないから、それもふくめて優しいんです」
「そう……かな」
「そらくん、明日」
「はい」
「もうクリスマスですよ。予定つくりましょう。明日、わたしと一緒にいませんか?」




