くずされる気持ち
目が覚めて、まだ頭痛がしていた。
寝ていたことは、たしかだけど、あまり寝た気がしていない。
部屋は暗いけれど、ぼくの上になにかかけてある。
それで、自分の部屋でないことがわかる。
そうだ、あかりさんになにか叱られる夢をみていた。
クリスマスにおしゃれしたあかりさんが、貴方なんか嫌いよ、とスマホを投げつけてきて、それが胸に当たって痛んだ。
そして、画面に映っていた文字をみて、さらに、ズキッとした。
もしかして、未来に起きる出来事かもしれない。
カーテンが閉めてあるけれど、たぶんまだ、外は暗いだろう。
「気持ち……わるい」
少し熱もでているのかもしれないと思う。
測る気にもなれないけれど、飲み過ぎたのではなくて、言い訳だけど、ほとんど飲んでいない。
テーブル周りが静かなため、あかりさんはいないみたいだ。
自分の荷物のなかに、飲み薬はあっただろうか。
「荷物……どこだ」
そういえば、スマホもない。
落とした覚えはないのだから、部屋にはあるはずだ。
ふとちかちかしているため、アタマの上のほうをみると、充電コードが繋がっている。
誰か繋いでくれたらしい。
手を伸ばすと、届く範囲だった。
「まだ……そんなに深夜じゃない」
夜そんなに経っていないということは、あまり覚えていないけれど、ここに来てから、そんなに深く寝ていたわけじゃなさそうだ。
なにか音がする。
腕の力で少し起きると、そのひとと眼があった。
「あら……起きましたのね。おはようございますわ。でも、まだ深夜ですから、こんばんはでございますわね」
表情は、いつものりーちゃんだけど、声がおさえてある。
なんとなく知らないひとみたいに見えて、ズキッと頭が痛くなる。
「起きたけど……」
「あぁお水お持ちしますわ。うなされていたから、一応あるのですけれど、温めて白湯でもいいかもですわね」
あるというから見ると、コードとはまた別に、水のペットボトルが側にある。
でも、用意してくれるというなら、そちらを待とう。
「あかりさんは……」
「もう帰りましたわ。しばらく、怒っていらしたけれど、そらくんが体調悪そうで、今度は、逆に心配していました。勉強……あまり集中していませんでしたわね」
なんとなくりーちゃんが、余所余所しいため、なんだろうと、また周りをみる。
パソコンの画面がボーッとしている。
それで、お仕事をしているりーちゃんなのだと、わかった。
「お仕事してる……と、りーちゃんって、なんだかオトナっぽい。はじめてかも」
「んふふ……もしかして、そらくんはお嬢様よりお姉様のようなかたに、甘えたいのかしら」
そう言いつつ温めてくれた白湯で、お薬と一緒に渡される。
一度起き上がってから、それを飲みつつ、りーちゃんをみると、まだ、こちらをみている。
どこか観察されているようで、少し顔がほてる。
「あの……り……」
「お熱、お測りにならなくてもありそうですけれど、これお使いください」
体温計の新しいのだ。
すぐに測れるやつだと、薬局でみた気がする。
ペットボトルを今度は、冷蔵庫にしまっている。
めまいもするけれど、それは熱でというより、りーちゃんの態度が、感じが違うため、まだ夢の続きのようだ。
体温計が報せるなか、やはり熱があって、つい話してしまう。
「夢みていたんだけど、あかりさんに怒られた。叱られたかな。スマホ投げてきて、それで、ぼくは本当に嫌われたんだなってわかった。だけど、少しだけ」
「……少し?」
「あかりさんが大人っぽくて、安心する。あんなに傷痕だらけだったのに、なぜかぼくを怒るくらいになってて、嫌われたのに、ぼくは、少しだけ、あかりさんが大人になっていくんだって」
「そらくんは、あかりさんがそんなに大人っぽくみえていますの?」
「りーちゃんは、違うの……」
ボーッとする明かりのなか、なぜだかあきれている。
そういえば以前にも似たような話題で、あきれられた気もする。
「あかりさんが、もし大人なフリをしているなら……それは、わたくしたち大人のせいですわよ」
熱で思考は、まとまらなくても、りーちゃんの云いたいことは、よくわかった。
「そっか。ぼくもまだ、なにもわかってないのかもな」
部屋が暗いなか、りーちゃんは仕事を続ける。
あまり夜には通知が来ないのか、スマホは鳴らない。
明かりつけてよ、とぼくが言ったのに、まぶしくて、また、めまいを起こすからと暗いままだ。
しばらくりーちゃんのパソコンの動作音と、キーボードの音だけになる。
ときどき寒く感じるけれど、エアコンは作動している。
「熱……明日」
「明日は、お休みなさいまし。朝の具合もみます。でも、酔いがまわるほど、体調は悪そうですわ」
「あまり飲んでない」
「まぁ! 子ども」
「はぁ……りーちゃんといるときって、なんで格好つけられないのかな……」
りーちゃんは、気にしていない。
返ってなにか態度が凛としていて、頭痛は、治らない。
「お格好つけたがるのは、男の子だからでしょうか。それとも、いまが夜だからでしょうか」
ときどきりーちゃんは、こうしたことを話しする。
ぼくにたずねているのではないことが、最近になってわかってきた。
お嬢様だから、というより、りーちゃんの癖なのだろう。
あるいは、Vtuberという職業病なのかもしれない。
相手に問いかけるようにして、実は、りーちゃんの疑問をただ話している。
解決じゃなくて、対象を観察しているのだ。
じーっとみられているようで、熱が上がりそうだ。
「りーちゃんは、まだ続けるの?」
「まだ作業が残っています。あかりさんと話したときには、スケジュールは余裕はありますが、やはり進められそうなうちに、コンテンツはためておかないとですわ」
それは、以前のことがあったからだ。
りーちゃんは、本当に少しだけ、声を失うときがある。
それは、病気なのかはわからないけれど、少なくとも声を扱うひとたちには、だいぶつらいモノだ。
あまり甘えてしまっては、作業に集中できないだろう。
「本当は、少し甘えていたいけど、もう少し寝ているね」
自分で厚めのブランケットを探して、いまかけてあったものと重ねてから、また寝転ぶ。
変わらず、作業音が続く。
なんだか、配信を聴いているようだ。
ミリロリ嬢様ではなくて、個人のりーちゃんの配信は、もしかしたら、こうした静かな空間こそが、本来の配信なのかもと考えてしまう。
今後シルバーのあかりさんが、配信することになるときには、ぼくはこうした静かな配信を希望したい。
はいくずれさんの担当になるため、シルバーのことには、受け答えできないかもしれないけれど、希望だけはいえるはずだ。
あまり寝られないようだ。
何度か、入れてくれたカップに口をつけるも、喉が乾く。
それなのに咳はでないのだから、風邪じゃないとは思う。
「もし風邪だったら、うつしたくない」
ひとり言だったのだけど、りーちゃんが応える。
「お薬は飲ませましたし、いまのところ熱だけですから、今後咳がで始めたら、病院に連れていくしか」
「なんだか子ども扱いだ」
天井をみながら会話していて、表情がわからないけれど、思い出すこともあった。
「子どもね……」
あかりさんと逢ったときだ。
まだ、ミリロリ嬢様としてそんなにお付き合いが長くない頃に、あかりさんに声をかけた。
あのときも……
「あのときも……りーちゃんはなんだか、ひどく大人でびっくりしたな」
「あのとき?」
「あかりさん」
「……あ! あの瞬間ですわね。そらくんがいてくれて、本当に助かりましたわ。いまは、困ってますわ」
くすくすっと小さい笑い声だ。
「あのときりーちゃんは、ぼくが想像していたのより、ずっと大人で、ぼくはなんだか慌てるばかりだったよ」
「そんなことは、ない……とは、言い切れませんが、わたくしのその後の支えになってくださったのは、そらくんですわよ」
熱があるせいなのだろうか。
こんなに素直に返事されるのは意外で、そして、役に立ってるということは、よかった。
いまは迷惑らしい。
傷つくな。
「熱……」
「ねつ?」
「熱あるときって、なんでそんなに優しくなるのかな」
「熱があるから、優しくなるんじゃなくてよ」
「それどういう意味なの?」
まだキーボードの打つ音がしているから、作業中だろう。
でも、ふとこちらをみている気もする。
「あなたが熱で苦しいのが、わたくし自身もそのときを知っているから、だから、優しくできるのでは、ないかしら」
カタンッと音がするため、作業がおわったのかと思ったら、こちらに来ていた。
「まだ寝ないのかしら……困りますわ」
優しいのか困っているのか、よくわからなくなる。
「作業終わったら、寝ていていいよ。薬が効いてくれば、たぶん……寝られる」
「まだ、かかります」
来てくれたのは、飲みものを替えてくれることらしい。
でも、そうかと自然に受け取れた。
りーちゃんが苦しいときに、それがわかれば、自分もそうするのかもしれない。
こちらが苦しいときには、その苦しいのが、わかるという。
「飲みもの……甘くして」
うなづいているのが、わかった。
甘くしたらしい、温かい紅茶が置かれるため、ゆっくり起き上がる。
「飲んでまた寝て、朝になったらよくなるといいですわ」
まだ熱いため、手を温める。
いつからぼくは、こんなに甘えることにしたのだろう。
はじめは、もっとずっと頼りになるはずだったのに、反対にいまは怒られてばかりで、さらに、甘えるなんて、都合がいい気もする。
「いつから……」
「熱がでているから、弱気なんですわよ。考え過ぎなんですわ」
そうかもしれない。
次に気づいたときにも、まだ明かりは暗いままで、キーボードや作業する音がしている。
このまま沈みそうだ。
身体が重たい。
いろんな思考をしていくのに、どの思考もまとまることがない。
本格的に、熱だ。
何度か無理に起きて、お手洗いを借りて、また寝て、薄明かりを越える。
夜が何度も続いているようで、泣きたくなる。
「いつから……なんでだろう……」
遠くりーちゃんの声が聴こえてくる。
また、困っているのかもしれない。
薄明かりのなか、時間がよくわからないとき、熱もあってか、なにを聴かれたのかさえ、よくわからない。
けれど、たしか、耳元でささやかれた気がした。
「なにをそんなに隠していらっしゃるの?」




