シルバーの銀も溶かします
喫茶店のシルバーを辞める決意をしたのは、つい最近だ。
夏休みを過ぎて、秋のイベント期間、それなりに学校に参加して、そして、ヨジゴジの事務所に誘われた。
たぶん偶然じゃないんだろうと思う。
マネージャーに言った通りに、デビューする気も声優としてオーディションにでたりもしないけれど、母親に事務所契約、それにその際に必要なことを伝えたときには、こちらが少し引くほどに、それじゃ高校だけ卒業しなさい、あとは大学でも事務所のでも、やってください、と冷たく言われた。
はい、と伝えて承諾はもらったけれど、わたしがいつまでもシルバーのお給料に触れないことをかなり怪しんでいるようだ。
それは、妹からの連絡からもわかる。
ときどきくるお知らせのような通知で、学校やバイトのこと、そして、お昼代やでかけてても平気なの、と聞かれる。
少ないながらも、妹にお金を渡しているのも、妹にしては不思議なのだろう。
それらを両親が、妹にきいてまわっているのだと思う。
でも、せめて妹が高校生になるあと二年から三年は、これでしていくしかない。
そらくんに、最近家族のことを話す機会が少なくなった。
単純にそらくんが忙しいのと、わたしがシルバーを目一杯しているからだ。
喫茶店として本当には、十月の末日までいてほしいらしいのだけど、イベントまでいてしまうと、それらの慌ただしさで誤魔化されてしまいそうで、退職はこの二週間までにした。
そして、りーちゃんが闇だといったこともわかるようになってきた。
十三日の今日、退職日に出勤しあいさつなどを済ませて入ろうとすると、みたことのないけれど、似たスタッフが二人いた。
シャドウと新しいシルバーだと紹介された。
そのシルバーは、本当にシルバーだった。
もはや、わたしがいる。
「シャドウ……とシルバー」
「はじめまして! いまのシルバーですね!」
「そうです」
「わぁ! うわさ聴いてます!
すべてを灰色に染めてしまうような、モノクロ写真みたいなひと!」
いったいSNSでのわたしは、どんな人物だ。
いっそそのシルバーとやらに会ってみたい。
「シャドウは、その……すごい格好ですね」
「はい! 先輩、このセクシーさのある地雷を目指してるんです!」
二人ともわたしと同じくらい若いらしい。
そして、バックではこれだけ元気らしい。
だんだんとここのトキ ♡ マジの闇に染まるのかと思うと、先輩ながら胃が痛くなるけれど、退職日なため短い出勤だ。
そらくんは、わたしの退職日とはシフトが合わなかったらしい。
いまあいさつしたシャドウとシルバーは、わたしとの引き継ぎのためだろう。
あとは、事務所で打ち合わせをしている。
わたしはもう慣れてしまった更衣室で、シルバーに着替える。
ちゃんとリボンもするし、アイテムもつけた。
腰周りにつけたアイテムは、そらくんと選んだものだ。
シルバーにもう少し特長がほしいといったら、相談にのってくれた。
なんだか懐かしい。
シルバー入ります、と声をかけてからフロアにでた。
もう慣れてしまったセリフをいい、ときにブルーと一緒に接客もする。
ブルーは、ときどきわたしにフロア内でべたべたするけれど、それがパフォーマンスなのだとわかってきたのは、ここ最近のことだ。
女の子のスタッフ同士で、絡み合う姿をわざと写真に撮ってもらう。
もちろん、通常は店内チェキサービスだけなのだけれど、なかには店内で写真を撮ってSNSに上げているお客様がいるのだ。
それっぽい写真を撮らせる技らしい。
そのおかげもあってか、シルバーとブルーという絡み合う二人で、フォロワーが増えていった。
ブルーが話しかけてくる。
「今日でシルバー退職?」
「そうですね」
「わたし、置いてくのって寂しくない?」
「ブルーは、シルバー必要ないじゃないですか」
「そんなこと、ないんだからね! それにシルバーが寂しいから、声かけてるんだからね!」
「少しだけ……でも、未練ないし」
「そんなぁ」
元シャドウのブルーは、今後ずっとブルーなのだろうと思う。
りーちゃんは、それでいいのだろうか。
けれど、次世代のシャドウがくるということは、そういうことなのだと思う。
短時間の勤務がおわり、事務所を退室する前に荷物をまとめ、少し重くなったスポーツバックを持ち、事務所のスタッフに深く一礼した。
事務手続きは、あるだろうけれど、これで喫茶店での役割シルバーは終わりだ。
青春らしいことなどなかったけれど、そらくんと同じ勤務先でいられたことは、わたしにはとても良い役割だった。
退室するときに、タイムカード代わりになる社員証カードを返却しにいくと、マネージャーに呼ばれた。
「一応契約書にも書いてあったけれど、トキマジの名前は、これからは使わないでね。もし活動するなら、シルバーだけでお願いします」
「はい」
「わたしとの契約はもう三ヶ月、十二月末日までは残るため、もしなにか必要なら声をかけてください。シルバーおつかれさまでした。それから、活動にかかった経費は計算して、チェキサービス時の割り増し分は、あなたのお給料になります。少し増額してあなたのところに振り込むことになりますので、確認しておいてね」
「ひとつだけ、いいですか」
「なにかしら?」
「わたしをシルバーにしたのはなぜ……? ジンセイ灰色だからですよね」
「いいえ違うわよ。シルバーの由来は別のね」
「由来あるんですね」
「金色のメダルにかがやく前の、銀色。まだ一番になっていないけれど、必ず上昇しようとする意志。灰色からいずれは変化するあなたのことよ」
「……ずいぶんと買い被りでしたね。わたしは、ずっと灰色のままでした」
「そんなことないわ。ほら、みんなからよ」
紙袋に入って渡されたのは、チェキサービスとそのほか、写真を現像した際に余分にあったものだ。
注文されたときに上手くいかなかったり、枚数を間違えたりした余りで、おわかれの品らしい。
「笑ってますね。笑っちゃいます」
自分でみても、くすっとしてしまうくらいには、営業スマイルでなかには、ブルーやイエローに絡まれて、いやがっているのもある。
営業時間のそのほとんどのは、役割であるけれど、少なくとも喫茶店の営業のためにしているのだとは、わかっている。
「みんな残念そうね」
おそらく、本当に残念に想っているのはそらくんだろう。
ほかのスタッフは、また次のシルバーとシャドウとすぐに慣れてくるだろう。
「特に泣きませんからね」
「急にツンデレね」
「デレませんから、ただの灰色対応ですよ」
退室してから、カチャンと扉の閉まる音がした。
空に銀の色がある。
灰色の人生観というのだと勘違いしていたら、マネージャーはゴールドになる前という意味、変化する前のことらしい。
わたしがゴールドには、ならない。
キレイな銀も溶かす、覆い隠す灰色だ。
重たいスポーツバックを一度置いてから、そらくんに連絡する。
重たい荷物があるため、部屋に戻ろうか。
駅に向かいながら、少しダルさを感じる。
オトナは卑怯だ。
喫茶店のマネージャーは、ブルーを推していた。
りーちゃんがいなくなる前から、ブルーの代理を探していたらしく、一時行方しれずになったりーちゃんの代わりは、あっという間にブルーになった。
いまのシルバーもそうだ。
わたしをまるでかがやくメダルに例えながら、わたしが話した二週間後には、シルバーの代理がもうみつかったらしい。
いまのブルーというひとが、以前はシャドウだったように、またブルーになにかあったときには、また交代のシャドウが、ブルーに代理としてなるらしい。
リスク回避と丁寧に言われても、わたしの代わりは常にいることになる。
もし、次のヨジゴジでわたしが活躍しても、いまのマネージャーみたく、わたしが故障したときには、すぐに代わりのわたしがでてくるのだろう。
わたしが溶かしたいのは、かがやくブルーじゃなくて、ただわたし自身を溶かしたいのだ。
なんだか鬱とした気分のまま、駅のホームでバックを置いて立っていると、だれかに呼ばれた気がした。
すぐ近くには、あまりみたことのない黒い鳥がいる。
羽根が鉄みたいだ。
風の音だろうか。
「あかりさん」
黒い鳥から、顔を上げるとりーちゃんが駆けてきた。
「りーちゃん……」
「はい! 退職お祝いですわ」
いつかの大学生りーちゃんではなくて、今日は、白いワンピースにバック、サングラスをかけたりーちゃんが、花束を持っている。
灰色に溶かしたような花束だ。
「お祝いなんですね」
「それから、ヨジゴジにようこそですわ!!」
電車が通り過ぎるなか、その花束を受け取る。
まるで黒い鳥は、りーちゃんの使い鳥のように、その場でくつろいでいる。
もし悪魔がいるなら、それはりーちゃんみたいな姿なのだろう。
花束も黒い鳥も、この場にいることも総てりーちゃんが理想とする契約の瞬間のようだ。
りーちゃんの右手の指に、銀色の指輪がひかる。
「ありがとうございます。りーちゃん、それ持ってましたか?」
「これですわね。さっき露天で買いましたわ」
可愛いらしい手に、もう馴染む指輪をみて、わたしはりーちゃんの手をとる。
「これから、りーちゃんの後輩として、しっかり働きます」
わたしは後輩というより、騎士の契約でもしたみたいな気分でいる。
いっそ右手にひかる銀色の指輪を奪って溶かしてみようか。




