ふたりきり
あかりさんは、塩対応を覚えてしまったらしいですわ。
そう。
塩対応。
塩をまけというくらいに、相手にしょっぱくて、苦味を覚えさせる、そして、ひとによってはそれが癖になる、あの塩対応ですわね。
「……友情と愛ってもっとなにかないですか。いいえ。ふたりきりのほうが深いかも」
あかりさんは、ササッと走り書きでメモをとっている。
仕方ない。
友情と愛がもたらす天変地異が湧き起こる、雷雨にも似た物語は、いずれ上手く、あかりさんが書いてくれるだろう。
そして、これを渡すのを忘れていた。
「あかりさん、これ受け取ってくださいまし」
「Vtuver……?」
「それに、映像コンテンツの作成やショート動画、コメントの上手なやりとりなど、解説が丁寧にありますわ」
「可愛いですね! これ、りーちゃんがみつけてくれたんですか?」
「もう一冊わかりやすいのは、いまはレンタル中でしたの」
「平気です! よかった。いま読んでていいですか?」
「いいですわよ」
あかりさんは、受け取りすぐに読みはじめる。
そらくんをみると、そらくんも満足そうだ。
「あかりさんに、だったんですね」
「そらくんもなにか欲しいのかしら」
「欲しい……もの」
「ここは図書館ですわ」
「うん、本だよね」
「そらくんが選びたいものを存分に選びなさい!」
「図書館、本がありすぎるな。りーちゃんがすぐにおすすめっていうのは、ありますか?」
「お、おすすめですわね」
「あ、可愛いのでもいいですよ」
「か、可愛いのですわね」
「あ、思いつかなければ」
「いいですわよ。わたくしの選眼をどうぞみてくださいまし」
「なんか、プレッシャーだった?」
「そらくん……おすすめ……男の子……」
ふらふらと立ち上がると、探しにいく。
あかりさんが、丁寧に執拗にタオルをなでてくれたため、髪はすっかり乾いた。
そういえば、そらくんは乾かせたのだろうか。
ふらふらとした足取りで、本棚の間を歩いていく。
図書館のおすすめなんて、あり過ぎるに決まっている。
一応新刊の場所をみていくと、それだけで何冊も楽しそうなものがある。
ライトノベルから写真集、ときどき日常エッセイもあるため、ここの図書館は、品揃えはいいらしい。
「男の子といえば、水着の写真かしらね」
ここでわたくしが目に入ったのは、女の子の可愛い水着の写真ではなかった。
海外のスター男性の水着の写真だ。
「まさか、まさかそらくんがこれをみるとは、思えませんわ」
手に取ろうか瞬間迷ってしまい、一度引っ込めてから、手にとる。
パラパラ。
いい身体つきですわ。
いけない。
そらくんのお顔を想像で合成していますわ。
胸筋。
パタン。
「図書館って危険ですわね」
危険でようやく思い出しましたわ。
アオイの探しものがあったのでしたわ。
戻しておいてから、少し図書館のなかを歩きまわる。
たしかみた風景は、窓から明かりが射し込む場所で、外ではなくて図書館の中のはずだった。
背景にポスターもあったけれど、それはいまはないかもしれない。
何度か同じような通路を歩いてまわる。
端末の側でもなくて、二階でもない。
分類がわからないのが、探しにくい。
けれど、二周から三周するころにようやくその場所の風景が、ここかもしれないと思う。
「ここ……ですわね」
スマホはポケットにあったため、取り出してデータから、一枚の写真をみつける。
なんてことはない風景。
ただ、そこにアオイかもしれない人物の横顔がある。
キャップをかぶり、一冊取り出そうとしている瞬間だ。
情報提供者は、フォロワーの人だ。
特徴を書いて、いまこの人みかけなかったですか、とタグで探しているのだ。
何十件も送られてくる写真や場所情報のなかで、似ている一枚がこれだった。
その場所で、手に取ったかもしれない一冊の棚は、症状や薬の対処の部分だ。
わたしも同じ仕草をすると、目眩や吐き気の症状のある方に向けたものである。
「目眩、もしくは、病気……?」
パラパラめくると、専門書ではなくて、対処や処方される薬の解説らしい。
フォロワーから送られた写真が、アオイであるかはわからないものの、ここに来れば、あるいは姿をみかけたりするかもしれない。
そう思ったけれど、アオイは病気なのかしら。
不安もあるけれど、このタイトルと内容は、覚えておくことにしましょう。
そらくんのおすすめは、あとはなにがいいだろうか。
大学の専門的な部分は、役に立つことはできなくても、なにかいいのがあればいい。
そう思うと、通りすがる人と肩がトンと触れてしまった。
「あ、ごめんなさい」
その人は、気にせずにいってしまった。
けれど、立ち止まった部分でいいタイトルのものがあった。
「これにしましょう」
そらくんのいるカウンターに戻ると、あかりさんと楽しそうに話しているところだった。
そらくんの隣に座るときに、そっとそれを置いておく。
「おかえりなさい」
「ええ、ただいまですわ」
「これですか」
「これですわね」
"小悪魔な水着の彼女たち リカバリー版"
「これって」
「写真集ですわね」
「なぜに……」
「この女の子たちのなかで、そらくんの好みの子がいるかしらと、いつの間にか手に取ってしまいましたわ。不思議」
「写真集って一冊も買ったことない」
「あらあら。わたくしは持ってますわよ。Vtuver写真集」
「Vじゃないですか」
あかりさんがあきれている。
「あれ、もう一冊ありますね」
"未知街場違い"
「そちらは、未知の恋をいろんな見方で現していますのよ」
「おもしろそうです」
「見終わったら、教えてくださいまし」
「りーちゃんは読んだことは」
「ないですわね」
「おすすめになっていないです」
「きっと楽しいですわよ」
「あらすじひどいですね」
そらくんが、はじめのページでもう挫折しそうらしい。
おすすめかと想ったけれど、違ったかしら。
「あらすじでやめてしまうんですの?」
あかりさんが、横から少しみている。
あかりさんは、興味がありそうだ。
「とりあえず読んでみます。でも、四人の主人公が、それぞれ苦難を乗り越えきれなくて、絶望みたいなことになってますよ」
「そういうときのあらすじは、なにも信用できません」
「わたしも読ませてください」
「あかりさんは、こういうの好きそう?」
「短編に活かします」
「あかりさんの作品が、暗い作品になりそう」
「え、絶望ってスパイスですよ」
「あかりさんが言うと、怖いことしかない」
「なにそれ!」
どうやら、そらくんにおすすめではなくて、あかりさんにおすすめのほうがよさそうだった。
そらくんが静かに読んでいる合間、充電していたタブレットをみると、もう満タンだった。
これで、また続きができそうだ。
あかりさんは、Vtuberの本は読み終えたようで、懸命にメモを取っている。
少しタブレット作業に疲れた頃、そらくんが読み終えた。
「少し眠たくなってきましたわ」
「りーちゃん寝てないですよね」
「仮眠室……」
「図書館にはないと思いますよ」
仕方ない。
あとであかりさんの肩でも借りて寝ることにしましょう。
「これあとで、もう一度読みますね」
そらくんは、意外とさきほどの本は気に入ったようだ。
「たしか、赤い表紙と青い表紙の二冊ありますわ」
「わかりました」
「りーちゃんは、ここにきた目的はできたのですか」
「ええ、もちろんですわ」
図書館をでると、夕方暗くなるより手前くらいだった。
アオイの手がかりになったのかは、まだわからない。
けれど、あかりさんは小旅行ができたことで、気分転換になったようだ。
そらくんも調べて手直しができたりはしたらしい。
「まだ夜には、早いですわね」
「電車でけっこうかかりますから」
帰りもまた数時間かけて戻らなくてはいけない。
幸い図書館にいる間に、そらくんの服も乾き、あかりさんも濡れたのをしまってあるだけで、見ためは制服だ。
これなら電車でしばらく乗っていても、風邪を引くことはなさそうだ。
「りーちゃん眠たそうですよ」
あかりさんが、こちらをみて言う。
「ええ。でも、行きのでも図書館でも、作業は進みましたから、あとは明日の予告動画ですわ」
「タブレット雨で浸水しなくて、よかった」
「そうですわね。あかりさんのぐるぐる巻きのおかげですわ」
わたくしが言うと、あかりさんが少し照れている。
水着の雷雨のとき、一番にあかりさんが荷物をぐるぐる巻きにしてくれた。
「配信に影響しては、困りますからね」
「あかりさんは、とっても気配りができますわ」
「そんなことないです。えと、それもですけど、夕ご飯どうしましょうか」
どうやらあかりさんは、わたくしが眠ってしまう前に、帰りの予定を聴きたいらしい。
「そうですわね。わたくしのところまで戻ってからでは、あかりさんが帰れなくなりますし、途中どこかで降りるか……」
「ご飯は道づれですよ」
「それじゃ、乗り換え駅までいってから、そこでビル内で探しましょう」
あかりさんは、なかなかに旅が上手らしい。
聴いた限り、ほとんど学校行事以外には、遠出はなかったというから、今日の計画はかなり練っていたらしい。
「ふぁ」
「寝ていいですよ、りーちゃん」
あかりさんが、わたくしに手をかけてふわりと寄せてくれる。
荷物は足元にあるし、タブレットは持ってくれている。
「なに、このできた娘は……甘え放題ですわね」
そういえば、あかりさんには妹がいたと話していた。
あまり面倒はみていないというけれど、お姉ちゃんであることは、間違いないと思う。
「わたしにこんな成長した妹がいたんですね」
「妹……」
「はいはい、なんですか」
あかりさんは、お姉さん気質まであるらしい。
これが噂の妹コンプレックス。
いえ、この場合は姉コンプレックスかもしれない。
甘い香りにさらされて、髪をなでられる。
「そらくんはしてはいけませんわ」
「しませんって」
「あかりさんは、わたくしの女です!」
「強気な誤解発言かと思います」
「誤解じゃ……ないかも」
愛人であることも姉妹であることも、もはや事実……といってもいいはず。
快速電車に揺られているうちに、眠たい。
いつ寝たのか、あまり覚えていない。
けれども夢の内容だけは、よりはっきりと覚えている。
あれはアオイと仲睦まじく、ベットでイチャイチャしていたときのだ。
あまりにアオイの手が慣れているため、このまま身体のカンケイを持ち、レズとしてわたくしは快感を得てしまうのだと本気で思った。
実際あの頃、まだ男性に対しての恐怖は微弱にあり、女の子同士が気楽でそのうち、アオイが実は、わたしレズなんだと告白するような気がしていた。
けれど、アオイは快感をくすぐるだけで、すぐに冷静になる。
どこかブルーだ。
「アイ……」
「え?」
「あ、いまアイのこと考えてたかも」
「ま、失礼な女ね」
「りーちゃんほどじゃない」
「どういう意味かしら?」
ベットから起きあがると下着のまま、テーブルにある水のボトルからコップに入れて、そのあとわたくしをみながら話す。
「そうでしょ……彼氏候補……みたいな男の子いるのに、女のベットで身体触られても、嫌とか言わないもん」
「これはイヤんと言えば燃えるやつだったのね」
「そういうプレイじゃない」
「んふふ……アオイは寂しがりやね」
「そうでもない」
「じゃいま眼の前にいる裸の女の子は、アオイじゃないのね」
「ランジェリーはまだある」
「そう……お水くださらない?」
口につけたコップをそのままわたしに渡してくる。
どこか艶めかしいのに、現実味がないのは、この青い娘は、わたくしをこの娘の一番にしたがっているだけで、この娘にとっては、わたくしは一番ではないからだ。
「はい」
「ありがとうございますわ」
こくんと飲むと、アオイはわたくしの眼を薄くみる。
その眼で、とりあえず満足することにする。
「アイは、どこにいますの?」
「幽霊みたいなんだ。側にいてもどこかそこにいない……みたいな」
「ユウレイ」
「存在しなくてみつからないかも」
「わたくしがみつけますわ」
「そう……ね。あなたならみつけられるかも」
「いまはドコにいますのかしら」
「イマは、何時……」
「モウ朝になりますわ」
「いまは…………」
……。
甘い香りが側にあるため、あかりさんのはずだけれど、同時にアオイも側にいる気がした。
「ふたりきりね……いまはどこに?」
「眼が覚めましたか。三人ですよ。乗り換えです」




