あやまちしょうめん
りーちゃんとは、なにを話していたんだろう。
雷雨のなか傘一本で隣には、そらくんだ。
水着だって負けていなかったはずだし、身体はタオルで隠していたけど、雨になる前だって、砂浜を笑顔で歩いていた。
いまだって、廃コンビニの横でりーちゃんが着替えるまで一緒にいて、周りにひとはいない。
「そらくん濡れてますよ」
風に負けないように声をだす。
傘は二人でつかんでいるけれど、雨の振動がすごい。
「え、そうかな。平気だよ」
またそらくんは、こういうことを言う。
「平気って、わたしやりーちゃんはいいですけど、そらくん私服ですよ」
「それより、なんで制服なの?」
あ、気になるかな。
「予備で持ってきたんですよ。わたし私服あんまり持ってなくて」
部屋のクローゼットのなかには、私服は数着しかなく、破れてから買う。
下のは、破れていてもはく。
この少し前に、ようやくスカートとパンツを買えたけれど、バイト代金のほかは貯金とりーちゃんの部屋代金のためにとっておく。
貯金は、自立用と少しほかの用途だ。
できれば、そらくんにもなにか買いたい。
「アクセサリーとかはないの?」
「アクセ? う〜ん。一応あります。でも、りーちゃんの前だと恥ずかしい」
アクセサリーも好きだ。
でも、高価といえるものは一点しかなくて、それ以外のは安売りと中古ショップのだ。
「あかりさんは、しっかりしてきた」
「りーちゃんが、ちょっと心配なくらいだからですよ」
りーちゃんはトップVtuver配信者で、収入は安定してきたらしい。
部屋も配信部屋とプライベート部屋で二つあり、スマホとタブレットのほかいくつか機材もあると聴いた。
とても安定した職業とはいえないなか、マネージャーのほかはほとんど頼れるひとなどいなかったはず。
それでも月にカエルお姫さま、はいくずれさん、ミリロリ嬢様といま競うなかの最前線で戦い続けている。
「それは、そうだよね……」
そらくんもわかるらしい。
実質、収入としっかりしたというのは、違ったらしい。
どこかふらふらしていて、配信の動画やコンテンツの作成のほかは、できないことも多く、迷子にはなるし、恋人もそらくんが初めてらしい。
「よくあれで、成人式までいきましたよね」
少し辛口で話すのは、ちょっと心配になるくらいには、変わったひとだからだ。
「あかりさんももう少ししたら成人だよ」
「成人早いですね。りーちゃんのは年齢疑ってます」
「免許証は持っているみたいだよ」
「みたんですか」
「いいや。見せてもらってはいないかな」
「最初会ったあとは二十四歳ってたしか」
「ぼくのときには、二十三歳ってたしか」
「この前には二十一歳って……」
「ぼくより歳下だとは思わないけど」
「すごい若かったらどうしましょう」
わたしは高校生っていうアドバンテージがあるからと油断していたけれど、もし二十歳くらいだと、まずいかもしれない。
そらくんとほとんど一緒ということになる。
「二十歳って想っていたほうが……」
「きゃっ!!」
雷が近くにきた。
雨はまたひどくなる。
「平気……」
「ていうかごめんなさい」
思わずそらくんに抱きついていた。
傘が揺れる。
「雷ニガテ?」
「ニガテっていうより、ここまで近いとけっこうヤバい感じが……」
雨の音で聴こえているかわからない。
「年齢かぁ」
「年齢です」
「あかりさんは歳気にする?」
「りーちゃんの年齢が気になります!」
見た目は十は離れていそうだし、収入はすごいけど、常識がちょっとで言動もときどき幼い気がする。
お姉さんっていうより、お姉ちゃんのほうがあっているかも。
「ぼくは、本当に気にしてないんだよね」
「でも、もし歳下なら態度違いませんか?」
「そんなに、変わらない気がするけど」
「本当にですか!? それなら、わたしも同じように扱っていいですよ?」
「あかりさんは、高校生だから」
「いま歳下って強調しましたよね!?」
「いや……その」
「高校生だから、とVtuverだからってなにか違いますか?」
「あかりさん、なにをそんなに焦ってるの」
「え、なに聴こえないです!」
ホントは聴こえている内容も、雨のせいで聴こえていないことにする。
「わかった。今度身分証聴いてみるよ」
またそらくんが少し濡れている。
傘は充分おおきいのに、それでもわたしのほうに量をつかう。
もうさっき走って濡れているからとはいえ、そのやさしさがなんだか罪深い。
「りーちゃんにも優しいですよね」
「お人好しってよく言われるよね」
「そらくんの場合、なんだか罪深いやさしさなんですよね」
「優しいにカテゴリーがあったんだ」
「あります」
「……参考になるかもだから、どういうの?」
優しいの段階から説明するのがいいのだろうか。
それとも、優しいの複数系だろうか。
もしかしたら、そらくんの優しいを聴かないと、わからないかもしれない。
「少し聞き返しになりますけど、優しいってそらくんはどういう風ですか?」
雨のなかだからか、それとも相合い傘だからか。
いつもより大きい声で、それでいつもより積極的に話しかける。
りーちゃんが着替えているけれど、近くに存在がいることも影響している気がする。
「ものを拾ってあげるとか、傷を手当てしてあげるとか、側で眼をみつめるとかかな」
「優しいけど、ゲームの内容じゃないですよね?」
「普段の通りだよ」
普段でこうらしい。
これは困ってしまう。
「もしかして、男の子にもですか?」
「男女で区別して、なにかしたとかは……あまりないかも」
「男の子には厳しくしていいですよ」
「どういう理屈になるの?」
「わたしからの注文です」
ただでさえ、りーちゃんというモンスター級の第一彼女がいるのに、更に男の子の恋敵まで現れたら、わたしはブーストを上げないといけなくなる。
「あまり聴いてませんでしたけど、りーちゃんがはじめての彼女なんですよね」
「あ……うん。違うかも」
「前にも彼女いたんですか!?」
「いた……かな」
ショックだ。
これは、あとでリサーチしなくてはいけない。
傘を持つ手が、ぶるっとふるえる。
「ふふふ、モテモテですね」
「あかりさん怖いよ」
「やさしさって、段階なんですよ」
「レベル……」
「いきなり優しくされると、なにか別の側面があったりしますし、名前も知らないひとに、贅沢なことはなかなかできませんよね」
「そうなるかな」
「手をつなぐ、と抱きしめるの違いみたいな」
「そっか」
「それに、雨のなか傘を差すことは出来ても、雨やめと神に祈るのは違います」
「あかりさん、なんだかたくましいな」
「やさしさについて考えることは、かみさまにお祈りする行為と、どこか似ているんですよ」
「それじゃ」
「そうです。だからわたし、運命をあまり信じていないんです。わたしが優しくないのと、神様はいないと想っているのは、同じことなんです」
少し間があいてしまう。
引かせてしまったかもしれない。
わたしはDVに遭う前から、そんなことを想っていた。
わたしのなにかについて考えるときに、そこにやさしさなどなくて、唯一妹のことだけ、なにかわたしが渡せることってあるのかなと想っている。
そして、りーちゃんとそらくんがいることで、少しだけできた醜いと綺麗の間に、上手くしたい気持ちができた。
「あかりさんは優しいし、可愛いよ」
「それは、そらくんのやさしさです」
「上手く伝えられなくて、なんだか申しわけないな」
そらくんが濡れてしまうより、ずっといい。
そう想って傘をそらくんよりにする。
すると、そらくんの傘を持つ手が近くなり重なる。
りーちゃんがみていないうちに、キスをしてしまおうか。
りーちゃんが来ないうちに、抱き締めてしまおうか。
そんな雷に似た、一瞬の考えがでてくる。
そらくんの眼をみつめる。
吸い込まれてしまいそうだ。
でも、しない。
りーちゃんに宣言した恋の覚悟ではなくて、わたしがそらくんを奪うために必死に育てることにした、そらくんへの愛情をいまは大切にする。
「……もういいですわよ!」
りーちゃんの声が届く。
この雨のなかでもよく通る、素敵な声が呼んでいる。
「まだですよ!」
「……もういいですわよ!」
「りーちゃんが着替え終わったみたいです」
「あかりさん。またゆっくり話しきかせて」
「……それってそらくんなりの告白ですか?」
「第二彼女なんでしょ?」
「そうです。わたし彼女なんです」
そうだった。
いや覚えている。
わたしは、そらくんの彼女だ。
物陰からそらくんとでて、少し止んできた雨のなか近づくと、なぜかカーテンのすぐ下の小さな台に、はいくずれさんぬいぐるみが置いてあった。
「これって」
「見張りですわ」
「怖かったんですね」
「うう、雷落ちましたわ」
「もう過ぎるみたいですよ」
遠くの海と雲に、光がある。
「はいくずれさんが役に立ちますわ」
「今度本人にお礼を言いましょう」
ぬいぐるみを持ち上げると、しっかり見張りの役割を終えた顔をしている。
「天気除け?」
「除けになるなら、いま降られてないですわ」
「カバンにしまってあったからかも!」
三人して笑ってしまう。
これは、ぬいぐるみを持ち歩けるようにしなくてはいけない。
天気除けになってもらおう。
「今度、ストラップでもつけましょうよ」
「おおき過ぎないかな」
「質より量です!」
「この場合は、効果を期待するなら量より質なのではないかしら」
どちらが正解かは、わからないけれど、勉強しなくてはいけない。
はいくずれさん、受験バイブルをもう少し読まないといけないと思う。
恋は、そらくんが教えてくれる。
わたしは、愛を覚えなくてはいけない。
濡れてしまったカーテンをたたみ、そういえばと気づく。
「そらくんは着替えなくていいんですか?」
「晴れてくれば乾くよ」
「夏の子どもですね」
「そらくんって野生?」
「植物らしいけどね」
「へぇ〜、前のひとのときの態度は草食系だったんですね」
「そんなことは言ってないよ」
片付けている間で、雲が切れてきた。
通り雨だったらしい。
雨が少なくなると、できている水溜まりに、光が反射する。
「雨やんできましたわね」
「それでりーちゃん、目的の場所はどちらなんですか?」
「ここともう一か所ありますわ」
海とそらくんに気を取られていて、目的は別にあったと思いだす。
「晴れてきました。でも、三人で相合い傘しそびれました」
「日傘ですわ」
「あ、そうでした」
「晴れていて三人でいたら、怪しいですよ」
そらくんが濡れてしまった荷物を袋に収めつつ、くすくす笑っている。
「どうしましたの」
「雨降られるってわかってたら、水着持ってきたのに。準備不足とはこれのことだった」
わたしは、あきれつつ笑う。
海より雨のほうが、水着の必要性があったらしい。
たしかに、わたしはそのおかげで制服とその他は濡れなかった。
次の目的地までは、そんなにかからないらしい。
重くなった荷物をそらくんが持ってくれるため、わたしとりーちゃんで荷物をわける。
「さぁいきますわよ」
「行き先はどちらなんですか?」
「晴れていれば、すぐ近くですわ」
「雷まだ、遠くで光ってますね」
「雨がやんで気温おちたかも」
「まだまだ上がりますわよ」
ていっとそらくんの手を取ろうとしたら、荷物がいっぱいだった。
代わりに腕をこつんとあてる。
少し正面から、そらくんの表情を覗くようにする。
りーちゃんとわたしにあきれているのか、天気予報にあきれているのかわからないけれど、楽しそうでよかった。
はいくずれさんのぬいぐるみに、どうやったらストラップがつけられるだろうか。
歩きながら話しかける。




