そらくんに教わる
休みの日曜日に、勉強道具を集めてりーちゃんの部屋にいた。
学校では、クラスメイトたちが急にやる気をだしているわたしに、なんだか引いているみたいだけど、なにも気にならない。
アルバイトは、はじめのうちは日曜日に入ってほしいと言われているけれど、よく話しを聴くと、土曜や日曜にだけ入るスタッフがいるため、返って日曜日は人数がおおいと言われた。
そのため日曜日を空き時間にすることで、勉強時間にした。
そらくんは、用ができたからと朝に来たきりで、まだ帰ってこない。
「大学生かぁ」
勉強しながらその合間で考えるのは、将来のことではなくて、あと二年と少ししかない高校生のうちに、わたしがなにかみつけることなど、できないという劣等感だ。
それでなくても、目的としては資金を集めて早くにりーちゃんやそらくんに、ここにいたいということだけど、それが将来になにかあるのと言われてしまうと、わたしはいったいなにをしたいヒトなのだろうか。
進路指導室に一度呼ばれたときには、少なくとも二年生の夏休みまでには、なにか決めたほうがいいらしい。
「そうだ。そらくんは大学生になってなにがしたいのか、まだ聴いてないや」
勉強のひとつ休憩に、そう想うもやっぱり自分は、だれかに目標を定めてもらわないと、なにもできない気がしてきて、鬱とした気分になる。
カーテンが開けられている外を眺めると、晴れているらしく陽光がキレイで、ここは日当たりがいいのだとわかる。
「暑い。アイス食べたい」
できるだけ、わたし一人でいるときには、電気を使いたくなくて、天井にはりつく電灯も消して、エアコンもがまんしている。
もし気分わるくなるならすぐ使いなさい、とは言われているため、気分がわるくなるぎりぎりまでは、使わない。
とりあえず、足でも動かそうと冷蔵庫前にいき開けると、天然水のボトルが二つある。
どうやら、りーちゃんが買い置きするらしく、ダンボールにも少しそれが残っている。
こういうとき、りーちゃんともっと話したくなり、もしりーちゃんがこの部屋にいたなら、きっとわたしの知らないセカイを教えてくれるのだろう。
そらくんの聴かせてくれた話しの一部だと、けっこう有名なヒトでファンもいるというから、芸能人なのだろうか。
「冷たいのは、お水だけ」
部屋では、しばらく温かい飲みものですませていたけれど、季節がもう冷たいものが欲しくなる。
天然水のボトルを手にテーブルまで戻る。
コップに、まだ開けていなかったそれを入れて、スマホで検索をする。
ここの部屋のミニノートは、そらくんは平気で使っているけれど、わたしはなんだか、りーちゃんの秘密をみてしまいそうで、あまり使っていない。
「通販で……って言っても、勝手に注文できないな」
使ってしまった分のお水でも、買っておこうかと思ったけれど、例え郵便のひとでも、ここの部屋のチャイムには、ひとりで出ないようにしているんだった。
そらくんに宛て、購入すればいいかもしれない。
あとで、そらくんにたずねてみよう。
気を取り直して、またテーブルに向かう。
夕方疲れてきてやる気がでなくなる前に、いま開いている分と英語のわからない部分を復習しておきたい。
こうして休憩しつつも集中できるのは、やっぱりこの部屋が落ち着くからだろう。
中学生のときには、友人の家でも勉強はしていたけれど、途中話しに夢中になったり、お菓子で休憩して、そのままテレビをみてしまったりしていた気がする。
受験時期は、あまり覚えていない。
たぶん、家の記憶を飛ばしているため、あとは喫茶店にでもいた気がする。
テキストをみてノートに書いて、いくつかタブレットで調べものをする。
何度か繰り返している。
そのうちに陽の影が少し傾き、あれと気づくとけっこうな時間が経っていた。
スマホの通知がきていたらしい。
それも気づいていなかった。
そらくんが、もう着くからというものだ。
返信をパパッと送ろうと、文字を打ちはじめたら、電話がきた。
「はい!」
「そら……」
「……ひかり。いま開けます」
「荷物もあるから」
「うん。わかりました」
パパッとスマホをテーブルに置いて、玄関にいく。
「そらくん」
「はい」
すぐそこにいるようだ。
何度か、そらくんに慎重にと注意されてから、玄関ごしにも確認するようになっていた。
玄関の内側から開けると、両手に荷物を持っている。
「入って。どうしたんですか、それ」
「買いものと、少し自分のも」
「言ってください」
とりあえず、なかに入ってもらう。
荷物を置いたら、すぐに鍵をしめる。
「でかけたついでに、と思って泊まるときに必要なのとか、足りないなっていうのとか、あれこれ買ってしまった」
「必要経費」
「あと、アイスも買ってきたよ」
「アイス!! それはやく言って!!」
慌てて袋のなかをみると、二つほど逆さまになっているアイスがある。
合計で五つだ。
すぐに、アイスを冷蔵庫のなかに入れる。
「あ、冷凍庫でも」
「すぐに食べます!」
でも、その前に荷物を少し手伝わないといけない。
「あ、いいよ、拡げるの」
「手伝います」
そらくんは、こういうところがある。
いまは、勉強も区切りをつけたのだから、手伝いたいのに、なぜかひとりでやろうとする。
よく深夜に、夜食が作りおきしてあるけれど、そんなのわたしに手伝わせたっていいはずなのに。
袋のなかのいくつかは、夏用のグッズだ。
そのほかに男のヒトが使うものと、余分にブランケットと、余分なものがある。
「ねぇ、なんでこんなに買ってきたんですか?」
「りーちゃんの家のばかり使っても、なんか遠慮しちゃうから」
「はぁ。そんなのわたしも買いものしたかった」
「いや忙しいでしょ」
「気分転換!」
「うん……」
なんだろう。
だんだんとそらくんの金銭感覚は、心配になってきた。
たしかに無駄使いではないけれど、わたしに相談したり、りーちゃんの部屋で使えないものは、部屋から持ってくればいいのに。
「まさか、そらくんの部屋ってごみだらけとか!?」
「そうじゃないよ。大学の資料と少し服が散らかっているくらいで……」
「今度片付けにいきます」
「いや、りーちゃんがいるから」
「わたしお留守番の彼女ですもんね」
それで、いいんだと想う。
想っているけれど、悔しい。
「そんなにいじけないで」
「いじけてません!」
そういいつつも、荷物はなんとか整頓できた。
「なんか本当に彼女みたい」
「彼女です! アイス食べましょ」
「はいはい」
テーブルの上をキレイにしていると、すぐにアイスがこちらにやってきた。
「なに味?」
「ストロベリー二つとチョコ二つとバニラ」
「なんで五つですか」
「残り三つは、あかりさんのひと休み用だよ」
このそらくんというひとは!
このそらくんというひとは。
「お人好し」
「前にも言われたよね」
「お人好しバカ」
「バカはいらなくないかな?」
「いただきます!」
「そうだね。いただきます」
スプーン二つのうち、ひとつを手にして、さっそくフタをあける。
少し溶けかかっている。
何分くらい買ってから経ったのだろう。
りーちゃんにも、こんなに優しいのだろうか。
わたしは、トクベツだろうか。
聴いてみたいけれど、でも聴きたくない。
「ふぁいすおうすうい」
「おいしい?」
「つめたい。おいしい。そらくんは大学生でなにしたいの?」
「急に」
「アイスの間」
「実は、そんなに決まってない。でも、したいことはある」
「そうなんだ」
「海いきたいし、あと少し遠くまで旅みたいなのしたい」
「海! 旅ってメランコリック」
「大学過ぎてからじゃ、あまりできないかも」
「そんなことない」
「そうかな。いまだって課題とバイトで大変で四年過ぎたら、資金貯めてないと不安」
「そんなに集めてどうするの」
「もう少し経ったら教えるね」
「……うん。わかりました」
「残りは、しまっておくから」
「そらくん。ありがとうございます」
「アイス買ってこんなに喜ばれるとは」
「アイスですよ! アイス」
「わかった」
「ほらそらくんも食べて」
なぜだろう。
そらくんの食べてる姿だけで、なんか嬉しい。
なんか愛のかけらみたい。
「ごちそうさまでした」
アイスの冷たさとは違い、なんだかそらくんは暖かい。
もし北風と太陽ならそらくんは太陽だし、わたしの影の部分を少しずつ取り込んでくれるのは、はじめての経験だ。
窓の外を眺めている。
「あかりさんは、元気だな。いろいろもらえるよ」
「わたし、なにもできてませんよ」
まだ、なにもできていない。
これからだって、そう大差ない。
「少しは、ぼくの言うところを受け取って平気だよ」
「……ニガテです。素直に受け取っていいことほぼなかったから」
そらくんの言葉に、なにか裏があるとか、そんなことは考えない。
信じきっているのではない。
そらくんのひとつ一つが、このそらくんの性格を現しているようでいて、とても新鮮でとても驚く。
第二彼女であるわたしのことなんて、もっと乱暴に扱ったり騙したり、身体目当てのヤリ捨てにだっていくらでもできるのに、まるで勘違いさせるほどに、柔らかく接してくれる。
だから、わたしは言いたい放題だ。
「素直になるってムズカシイよ」
「わたし言いたい放題だし、いつか嫌われちゃいますよね。あきれてきたらポイッてね」
そらくんに、あまり負担にならないように、わざと眼をみつめながら、薄く笑う。
「もし、そういうヒトが恋人なら、サッサと乗り換えたほうがいい。ぼくだって、そんなにいいヒトなわけでもないし」
胸にドクッとくるものがある。
そらくんに、言わせたくないことを言わせてしまった気がする。
「……嫌われたくないです。でも、甘えすぎたくない」
わたしはまだ、こんなに弱い。
もっと、そらくんを掴んで放さないように、ならなくちゃいけないのに。
「甘えるのは、わるくないよ」
「……勉強します。アイスおいしかった」
テーブルを片付けると、そらくんはミニノートで作業するようだ。
まだ、夜にはならない。
これなら暮れる前には、目安にしたところまでは終わるだろう。
そらくんに教わることばっかりだ。
思えば、わたしは中学生くらいから、もうずっと甘えることをしなくなった。
でも、りーちゃんとそらくんになら、甘えていいらしい。
そこは、素直になろう。
そうしよう。
「ひと区切りしたら、また勉強教えてください。あと、もっと恋愛のことも」
「とりあえず、どの辺りのことなの?」
「ゼンブです!」




