そらくんにキャッシュカード
「はい……」
母親に履歴書と印鑑、それに保護者同意書を示した。
「バイトするのね? いいわ書いておく。銀行とあと写真ね」
「……いいの?」
「あなたのところ、アルバイトいいんでしょ。連絡先だけあとでメモでも置いておいて」
「はい」
このあと、母親は上機嫌だった。
次の日には、学校を早退してからすぐに銀行にいき、カードと通帳を作成し、制服のまま近くの写真屋さんで写真を撮る。
「制服似合いますね! かわいいですよ」
そういう写真撮影のひとは、ほんとににこやかで、なんとか愛想良くはできた。
母親は、そのあともなにかと笑顔で、店員さんに対応していて、二日前にはあんなに不機嫌だった顔は、どうしたと言いたいくらいだ。
妹に、少しだけバイトの話しをしたら「いいなぁお姉ちゃんは」と、半ば本気で言っている。
まだ中学生の妹は、もうスマホまで買ってもらっていて、夜中にだれかとおしゃべりしていることがある。
でも、父親にはなにひとつ話さないようで、できるだけスマホのことさえ会話にしない。
以前ホンの少しだけ、妹とふたりで話したときには「中身みられたくない。ゼッタイ制限とかされる」と言うくらいだから、怪しいけれど、それ以上なにか言うのはやめた。
アルバイト先を紹介してくれたのは、そらくんだ。
トキメキ ♡ マジカルフェアリーという名前の喫茶店で、少しいかがわしいけれど、高校生から可能だった。
中身は、コンセプトのある服装をしたメイドさんで、コスプレをしたあとでチェキサービスがあるのと、キャラクターづけを設定するのが売りだ。
平日の学校おわりに、そらくんに連れられていったときには、事務所に通されて、そらくんと少し離れて面接した。
「高校生から平気ですか」
「あなた、芸能人に興味あるかしら」
「……あまり」
「どう? とりあえず俳優契約とかしない」
もしかしたら騙されて契約とかして、気づくと、男に囲まれたりするのだろうか。
「しません」
「そう。気が変わったらまた聴いてね。水着とかまでオーケーとか」
「しません。そもそも高校生に水着とかいいんですか」
「アイドル部門とかもあるわよ」
「喫茶店って聴きました」
「ここのお店はね! けっこうSNS人気もあるのよ」
「昨日調べました」
終始この女性オーナーは怪しかった。
けれど、事務所のなかにいるひとたちは、穏やかだし、途中にみつけた掲示板には、各それぞれの事務所対応からのお知らせと、対応への不満が書かれた紙があったりした。
これで信じるかはともかく、少しは安心した。
「ブルーは、いまは別のひとだから、どういう性格なら平気とか、どういう言葉づかいが話しやすいとかってあるかしら」
「性格……言葉?」
「う〜ん、例えば〜ぴょんとか……るんとか」
「ぴょんとか、るんとか、ジンセイでつかったことない……」
「ま、まぁそうよね」
しまった。
少しオーナーを困らせてしまったかもしれない。
「……少しだけなら」
「えっ?」
「男の子の言葉とか、怒っている感じみたい」
「そうね。わかったわ。少し考えてみるわ」
「はい」
契約書になにか書き加えているのは、なにか気になる。
「保護者の同意は、いいからあとは、学校と通帳とはあるかしら?」
「学校、知らせるんですか」
「なにかあったときの連絡ね。同意とかなにか入学で言われた?」
「とりあえず、部活は入部努力だけどアルバイトとかは自由って」
「わかりました」
目の前に並べられていく書類を前にして、目眩してくる。
「あの……聴いていいんですか」
「はい」
「そらくんには、アルバイトの面接だって聞いたんですけど、これって契約書ですよね」
「ええ! 合格よ」
「そんなあっさりと」
「いやならいいわよ。無理強いはしません。でも、高校生くらいになったら、少しはご自分で決められるんじゃないかしら?」
なかなかはっきりと言うひとだ。
それに、少し悔しい。
せっかくそらくんに、高校生でもできて、しっかりとしてると聴いたのに、ここで話してるとなんだか心細くて、この書類を前にして誰かに頼りたくなる。
「いいえ。はい! 書類でもなんでも書きます!」
「あんまり、オトナの言うこと信じてはだめよ?」
「え〜と?」
「騙されてから、みんな泥棒のせいって言ってみても、そのひどいひとたちは、大抵もういないのだから」
「そんなぁ」
「じゃ、ゆっくりね」
「はぁ。いいです!」
なんなりとわたしにできることなら、やったろうじゃないか。
それが水のなかでも暗闇でも、そらくんを巻き添えにしてやる。
「そうねぇシャドウがいま空いてるけど、あとは何色かしら」
オーナーが立ち上がり、事務所のひとと話しはじめる。
その間に契約書を書きつつ、いちおうと、そらくんにメッセージを送る。
決まったよ。
働く。
騙されたら、そらくんに責任ね。
怒怒怒。
メッセージを送りながら、気持ちは少し笑っていた。
「わたしそらくんのカノジョみたいなこと言うようになった」
そらくんの彼女になれば、なにか変わるのだろうか。
だけど、そらくんの彼女になるということは、りーちゃんから奪うか、そらくんがりーちゃんとわたしで掛け持ちをすることだ。
「掛け持ちなら、浮気じゃない。彼女が二人になるだけ」
契約書の続きを書きながら、なんだかここで契約することは、そらくんと契約するような気持ちになり、りーちゃんはそこまでわかっていたのかもしれないと想う。
「書けました?」
「あ、通帳と印鑑って、どうすれば」
「これと、これね」
「はい」
一応新しくしたばかりの通帳を開くと、当然まだ零円だ。
カードだって、わたし専用のは初めてだ。
「連絡先、スマホ持ってるかしら」
「はい」
取り出すと、電話番号の欄にまず書き、別のにはここの事務所の連絡先が書いてある。
「連絡先、いま登録してね」
「はい」
スマホをみていると、そらくんからの通知がきている。
そういえばと考えるのは、アルバイトを始めると今度はそらくんと、あの部屋でいることは少なくなるのかもしれない。
「わかる?」
「はい……あの、代表と事務所って?」
「オーナーのスマホと、事務所の電話ね」
「普段は、どちらに」
「基本事務所でいいわ。でも緊急や学校の用事、金銭面でなにかあれば、迷わず連絡ください」
「お願いします」
「こちらこそ」
事務所から出ようとするとき、そらくんがあいさつしていた。
「保護者みたい」
「いちおうね」
事務所の出口に向かうとき、オーナーが手を振ってくれていた。
なぜか、にやりとしている。
でてから、外を周り少しだけ店内をみて回った。
みんな忙しそうだ。
「ありがとう、そらくん」
帰り道、そらくんは仕事がないというため、りーちゃんの部屋までいくことになった。
そらくんは部屋の前までで、そのあと帰るのだろう。
「ありあさん、緊張した」
「ううん。契約書のほうが緊張した」
「そうだよね」
「それにはじめてだから、まだなにもわからないし」
「何回かいったけど、スタッフはひどいひとはいなさそうだよ。いろいろたずねてみてね」
「うん」
ちょっと複雑だ。
そらくんが一人で、あのコスプレ喫茶に通っているのだろうか。
いくらりーちゃんがいる仕事の場所だからといっても、なんだかお姉さんたちばかりの空間で、デレデレしてるんじゃないかな。
部屋の前につき、そらくんがカギを渡してくれる。
「ゆっくりして、また帰るときには連絡はしてね」
「あ、待ってそらくん」
「なに?」
「手を出してください」
そらくんが両手を出すため、そこに通帳とカードを渡す。
「え! どうしたの?」
「それ、預かって欲しいです」
「でも……」
「必要になったら、戻して」
「いや、危ないんじゃないかな」
少し泣きそうになるも、堪らえて話す。
「わたし、りーちゃんの部屋つかってるのに、お金もなにも払ってない」
「それは……」
「学校いってる間は使わないし仕事して家に帰って、もし両親に渡したら、たぶんみんな使われちゃう」
「給料とか、ご両親にはいいの?」
「……あまり話したくない。でも、部屋の代金足りないと思うけど、学校と少しずつ貯めて、いずれりーちゃんとそらくんに渡したい。だから、見張ってほしい」
「もっと、話してもよかったかも。ありあさん」
「いいの。じゃ」
パタンと扉を閉めて、カギをかける。
そらくんが、なにか言いたそうだったけど、我慢した。
少しだけ、玄関で外の音を聴きながら、また泣きそうになる。
「この部屋。りーちゃんの部屋だけど、わたしの宝箱なんだよ。そらくんとの想い出。ちゃんとりーちゃんに話さなきゃ」
涙が伝うけれど、すぐに拭いてシャワーをするタオルや着替えの準備をして、脱衣室に入る。
シャワーを流しつつ、また少しだけ泣く。
「りーちゃん。なんでカノジョなんだろ」
「彼女なのに、なんでいないの」
あれから六日経って、初出勤日になった。
学校の授業をおわって委員会で、そのあとすぐにそのまま、喫茶店の裏口に回る。
事前に渡されたカードで、裏口のモニター前でタッチすると、すぐに返事がくる。
「いまあけます」
裏口から、更衣室兼休憩室に入ると、もうほかのスタッフが着替えながら準備と、セリフチェックをしていた。
「お、おはようございます!」
「あ、おはよ」
「おはよう」
なにか、話していたのだろう。
すぐに会話に戻っている。
わたしもすぐに着替える。
「あ、それ」
「はい」
「こう結んで」
「はい」
髪も整えて初心者案内を少しだけ読むと、もうほかのスタッフは、フロアの入り口前に並んでいる。
鏡があるらしく、そこで話している。
慌てつつ追いつくと、話しかけられる。
「始めてのフロア?」
「はい」
「イロは?」
「灰色」
「シルバー」
「よろしくね」
「いくよ」
「静かにそっとね」
廊下から、フロアに入っていく。
耳にはイヤホンマイクで、無線機をエプロンにつけている。
「いらっしゃいませ! トキメキ ♡ マジカルフェアリーにようこそ」




