アイに逢いたい
机に置いて、充電してあるスマホが、ラルルンと鳴っている。
アラームは、かけてあるけど、その音ではない。
この音は、通話やメッセージ交換として使えるアプリ、ラルルンの通知だ。
そういえば、ラリルンっていう双子アプリも以前あったのだけど、社長が交代したときに、買収されてしまい、ラリルンのほうは、たしか名前が変わったんだよね、となぜか違うことを考える。
「えと、考えなくても」
起きて少しだけ手を伸ばして、スマホをとると、二つめのメッセージがくる。
ラルルン。
「アオイちゃん」
まだボーッとしているため、そのまま、ベットに寝転び、画面を開いてみると、
"おはよっ
"聴いた?
砂の上に咲く青いバラ
「そっか。昨日の夜中配信だったか」
ここ数年で、先行配信は数多くあり、CDやレコードをあとで発売するというのが、よくある。
昨日夜は、リリスタはチェックしていたけど、配信前には、眠ってしまったかも。
「ていうか、朝早過ぎ。アラームより前」
"おはよ! 朝はやい
ねてた
まだ
わたしは、少し怒ってるつもりでメッセージを送った。
でも
"起きてるじゃん
聴いて
よきよき
伝わってなさそう。
「アオイちゃん、あぁだめだ」
わたしは、操作して動画のところまでもってきたのはいいけど、やはり眠くて、スマホ片手に持ちつつ、ベットに変な格好で、また寝てしまった。
次に目を覚ますと、いつの間にか隣で変な格好に倒れているスマホから、動画が流れている。
あ、これ新しいのかな。
"砂に埋もれた妖精は
嬉しいため息空にアオ
さまようタブケースに
シガレットライター
煙にかすむきみは
ただの幻
ボクのみた夢
ララッタ、ダダッタ
足音の範囲
青い雨から
染まった公園
探しものには
色の魔法
ラタッタ、リタッタ
みつけた石
ラピスラズリに模様がはいり
バラの園は
キミのまつ空に
砂に咲くバラ
青の幻想
はためく喧騒
色あざやかに
ネックレスから
閃光はなち
花びらは
きっと
雨にぬれて
アオイ妖精
あおい想い出
再会は蒼に染まる"
ここまで聴いたところで、みるとアラームの五分前だった。
「ふぅ。結局、アオイちゃんは、いつごろ送ったんよ」
ベットから起きて、日常になっている通りの行動をしていくと、洗面で自身の顔に出くわす。
「おっと」
「うん。顔悪くないよね」
着替えて、玄関をでるときに、スマホをちらっとみると
"おいーー!
ちゃんと聴いたかな
もしかして、寝てる!?
「ふふっ。少しこのまま放っておくか」
わたしは、扉をでて、オートロックだけど、鍵がかかっているか、たしかめた。
電車のなかで席に座りつつ、スマホからリリスタをみる。
「雷津玄師とマゾリカなんとかだっけ」
新曲配信のあとは、こうして聴いたひとの反応や解釈がリリスタにすぐのる。
いいことと悪いときあるけど、わたしはすぐに確認してしまう。
「ところで、マゾリカ先生? てホント誰」
アオイちゃんに聴いてはいたけど、よくわかっていない。
「あ、あるある」
新曲配信の内容は、いつもの通りに絶好調。
この元キュウと名乗っていて、いまは雷津なアーティストは、配信されるたびに、話題を持っていく。
アオイちゃんは、配信ゼロ秒勢だったのか。
配信時間のちょうどその時間くらいに、アオイちゃんのアカウントで、
"ワクワクだね
と
"きた
と
"ぬわーー
キャー
という投稿がしてあった。
大学について、今回の講義の席につくと、
アオイちゃんは、離れた席にみつけた。
手は振ってくれるけど、近寄ってはこないため、動く気はないらしい。
「隣にいけばよかったかな」
ラルルンで、はじまる三分前に、
"起きてた
となりいけばよかった
と返すと
わたしの通知がすぐに鳴った。
"眼鏡が、ここでちょうどなんよ~
となりキテキテキテキテ
あいたいあいたいあいたい
「うん。となりいかなくて、よかったみたい」
わたしは安堵した。
今日は、朝アオイちゃんに起こされたにしては、目の覚め具合はいい。
しっかりと講義も入ってくる。
ノートに、ある程度だけまとめる。
選ぶ内容によって、ノートとパソコンと両方をつかってよい講義は増え、わたしもできればパソコンでの授業ノートのほうが、進みがよいため、今度は軽めのノートPCにしたい。
初代に買った旧めのものは、まだ重たくて、部屋の机に置き去りにされている。
「ま、課題をするには充分なんだけどね」
二講義連続のが終わると、アオイちゃんが、バック片手に近づいてきた。
「ねぇ、ねぇ」
「なに」
まぁ、アレのことだよね。
「あいたいって送ったんだけどね」
「あぁ、いま会えたね、よかったね」
「違うよ」
「えっ、なにが?」
「わたしも、あいたいって送るの!」
「えー! いま、いるじゃん」
「あいたくなかったの?」
「なにそれ。聴いたよ」
「ほら、あいたい。あ、聴いたんだ!」
「なんか、アオイちゃんわたしの彼氏だよね。よかった」
「違うよ。よかったでしょ」
「そっか。彼女か。ほらあそこ」
「「青の幻想とアオイ妖精」」
「そう! まさかわたしのアオイが入ってると思わなくってさ、なんか嬉しい〜てか、キュウは相変わらず、なんか不思議なんよね」
「雷津ね。ここ数年、もうトップだもんね」
話してる間に、ひとが入れ代わっていく。
「ヤバ、次の講義」
「アオイちゃんは」
「次のは、心理学かな」
「同じやつかな?」
「調べて」
わたしがカバンから、調べているなか、
アオイちゃんは、スマホでまた調べものだ。
いちおう、アオイちゃんとこうして、講義と講義の合間の話しや昼食に話しができるようになってよかった。
でも、アオイちゃんは、スマホをみる時間が微妙に長い。
ほとんど、講義とトイレ以外は、ずっとみてるのかも。
「ねぇ、アオイちゃん。スマホよく見てんね」
「うん」
「リリスタ?」
「そう」
「教育心理学と認知心理学あるけど」
「認知心理学」
「じゃ、はじまるね」
「いかなきゃ」
ようやくスマホを離す。
アオイちゃんとは、講義のクラスが同じで、今度はとなりに座れた。
講義の時間になると、
眼鏡をかけたアオイちゃんは、ノートパソコンとタブレット打ちこみで、両方をつかいこなす。
大学生って感じだ。
昼食までの講義をおえて、お昼を探したあと、学食の席にいくと、アオイちゃんが手まねきして呼んでいた。
「はぁ。おつかれさま」
「おつかれ」
わたしの反対側のテーブルには、カレーが、のっている。
「あ、か」
カレーと言おうとしたら、アオイちゃんは、口に手をやる。
「おつ」
「え、なに?」
わたしは、わからずに、カレーを手で示すアオイちゃんをみつめてしまう。
「おつ、○○ーライス、さんはい」
「いや! 言わないよ」
「えーー!」
とアオイちゃんは、大袈裟に驚く。
「はぁ。まさか、それ言わそうとして、カレーにしたの」
「まさか、そんなわけぇーー」
「わけーー」
「ある」
「あるんかい!」
わたしは、思わず、アオイちゃんの頭を、ペシする。
「いやん」
「いやん、じゃね!」
アオイちゃんって、ギャグセンスはないらしい。
「おつ」
「だから、言わないって」
ようやく席に座ると、わたしは、サンドイッチと、お味噌汁を置いて、食べはじめる。
「え、その組み合わせなの」
暖かいコーヒーも置いて
「この組み合わせ」
「ないわ」
「いいでしょ」
すると、アオイちゃんは、スマホで写真を撮ってポチポチする。
少しずつ、わかってきた。
「リリスタ?」
「うん」
「ねぇ、もしかしてだけど、さ」
「なになに?」
「リリスタ廃人なの?」
すると、少しだけ、アオイちゃんは画面をまわして、こちらに見せてくれる。
リリスタの画面ではあるけど、そこには、わたしのが出されていた。
「イタタ、なに」
「あなたの廃人だから!」
もう一度、みてみると、たしかにほとんどのわたしの情報に、リリスタマークが押されている。
わたしは、顔がカーーッと熱くなる。
「うそ!」
「じゃないね?」
「じゃ、いつも投稿してるのは」
「それはネタね。あとはマルマンジ先生の」
わたしは、気をとりなおして
「マルマンジ先生って、だれ」
「マゾリカマルマンジ先生」
「うん」
「リリスタの有名アカで、ほぼ一日リリスタに、生息している小説家のひとだよ」
「小説家なんだ。Vtuberじゃないんだ」
「あ、ほらこのひと」
みると、いま発信されたものが、画面にある。
「いまから、散歩してきてラーメン」
わたしはみたあと
「いや、芸人やん」
「違くて小説描いてるよ」
「ほんとかなぁ?」
わたしもスマホを取り出してみる。
リリスタ、フォローは危険な気がする。
なにが、危険かわからないけど。
そろっと検索だけしてみると
「ラーメンまであと三十分あるくで」
「いや、だから、芸人かって」
「違うよ」
だめだ。
このマルマンジ先生というひとは、もうつっこみしかない。
ラーメンより一時間前まで、チェックしてみてるけど、
うぎゃ、とああ、と
いやー、と違反やいはん
とで、会話が成り立っている。
「こんなかたいるんだね」
「だね」
「えへへ」
「へへ」
おとなしく、お昼を食べることにした。
それにしても、まさか、アオイちゃんから、ストーキング、追いかけてくれてるとは、思わなかったな。
わたしは、ササッと、サンドイッチと味噌汁を食べ終えたあと、まだ熱いコーヒーは置いたままにして、スマホからリリスタを開く。
"お昼サンドイッチ、お味噌汁
これ邪道のきわみ
きわみきわむきわきわ
「あ、ずるい」
アオイちゃんが向こうの席でなにか言っている。
すぐにリリスタマークがつく。
アオイちゃんだ。
「カレーは食べないの?」
「食べてるうちに、投稿しないでよ」
「いやいや、別にアオイちゃんに発信したのでは、ありません」
くすくす笑ってしまう。
「あっ」
「なに?」
「ううん」
またすぐに、リリスタマークがついたのは、元恋人だった。
でも、まだアオイちゃんには内緒にしておこうっと。
このあと、二人でマルマンジ先生の話しを少ししたあと、わたしは軽めの散歩にでかけた。
中庭で写真をとり、ぐるっとまわり、昼食の時間がおわると、講義にでた。
バイトは、十七時からのでシフトに入る。
入るときに
"バイトいってきまーす
と投稿した。
帰りは、ニ十ニ時すぎ。
ようやく、電車で帰りつくと、シャワーを浴びた。
少し課題をこなして寝る。
寝るときに、だれも見ていないだろうリリスタに、
"課題オワタ
ねる
と投稿すると
また、二つマークがついた。
一つはアオイちゃんで
もう一つは元恋人だった。
「はぁ。このひと、いつまで観てるんだろ」
ため息をついてから、電気を消した。