そらくんのメイワク編
あの翌日から、りーちゃんの連絡が返ってこなくなった。
より正確に表現すれば、配信はしているし、リスナーに受け答えをしているけれど、プライベートでのりーちゃん、それにりーちゃんの電話など、いくら連絡をしても返事がない。
はじめは仕事が忙しいのか、マネージャーとの連絡中なのかもと想っていたけれど、それが三日かかり、だんだんと不安になり一週間経つころには、なにを伝えればいいのかわからない。
ラインを連続で送れば迷惑だろうし、電話をかけ続ければ、仕事に差し支えるかもしれない。
大学での生活は、なんとかしているけれど、アルバイトには力が入らなくなり、朝や夜、いつ連絡しようかと考え続けることになった。
配信のリスナーとして、少しだけ仲の良いひとに、全体像をだいぶぼかして、連絡がこないことを相談してみた。
「それは、振られたんですよ。残念ですね」
それは、とても適切なアドバイスではあったけれど、同時にひどく不適切ではあった。
りーちゃんに、振られることを想定しなかったのだ。
それは、ノロケではなくてあの手紙のことがあるからかもしれない。
泊まった翌日、自宅に入ってから落ち着く前に、気になっていた手紙を開けてみた。
そこには、ごく簡単なメッセージと合鍵が入っていたのだ。
「あの部屋に、勝手に入っていいのかな」
一週間経って、まだ手元にある鍵をみては、いってみようかまだ迷っている自分がいる。
「部屋の前まででも、いってみるか」
夕方に、アルバイトのシフトがないことを確認してから、りーちゃんの部屋までの道を歩く。
歩きながら考えるのは、振られたかどうかではなくて、りーちゃんの体調や周囲の状況だ。
事務所にはマネージャーもいるけれど、基本体調管理は、自分でしっかりとしていると、以前言っていた。
けれど、尾行されたりしたときに感じたのは、顔を出さないVirtualな世界でも、特定されたり似ているからと声をかけられたり、これまでも遭ったんじゃないかということだ。
それくらい、あのときりーちゃんは、なぜか冷静だった。
「まもりたいんじゃないんだよな。一緒に闘いたい」
なんとか、部屋の前まで着いたものの、その扉の前で、また考えこんでしまう。
「使ってもいい、というのは、入ってもいいということ」
そう考えつつも、扉を開けるのに逡巡してまうのは、いなかった時のことを想像するからだ。
いないとして、どうする?
部屋にまでいったけど、いなかったよとか連絡するのだろうか。
それは、なんだかひどく尾行している気分になってしまう。
「いや、彼氏だし……いいのかな」
チャイムを鳴らし、いないと想いつつ鍵をあける。
扉をおさえながら、なかに呼びかける。
「りーちゃん?」
玄関から中の様子を見るも、暗がりでひとがいるようには見えない。
一応なかに上がり、部屋を少しだけみるも、やはり誰もいない。
このまま待つとしたら……いや、帰ろう。
「お邪魔しました」
とりあえず、部屋のなかで倒れているわけではなかった。
それだけ確認したからと、帰ろうと玄関の扉を閉めて鍵をかける。
すると、誰か近づいてくるところだった。
「あっ!」
「え?」
一瞬みただけでは、誰かはわからないでいたけれど、先週に公園で見かけたあの少女だ。
ここに来たのなら、りーちゃんに会いにきたのだろう。
と想っていたら、サッと後ろ向きになり、駆けていってしまう。
「あ……の……」
瞬間追いかけそうになり、少しだけ走るもすぐに立ちとまる。
「はぁ……追いかけて、どうすんの」
怪しまれただろうか。
まぁ怪しいのは、向こうの娘なんだけれども。
鍵はかけたはずだからと、帰り道を寂しく戻っていく。
戻りながら、今度はさっきの娘のことを考える。
結局あのときには、学校の名前も学年も聞かなかった。
りーちゃんとぼくがたずねていたのは、まったく違うことだ。
怪我は、していないと嘘をついていたけれど、りーちゃんが怪しんで脱衣室でなにやらしたあと戻ってくると、身体にいくつか痣と、腕にもすり傷があったらしい。
りーちゃんがその場で、簡単にできる手当てをしている間、あまりジロジロ観てはいけないと言い聞かせて、ポットで温かい紅茶を入れていた。
りーちゃんは、珍しくコーヒーにしますと言うため、コーヒーも入れていた。
あまりしゃべらない様子だったけれど、こちらがミニノートでりーちゃんの配信の簡単な準備作業と、合間にスマホでリリスタをしていると、興味深そうにみていた。
「ありあさんは、SNSはみてないの?」
「少しだけ……。でも一時間以上みてると盗られるから」
「そうなんだ」
「配信とか、参加できるとけっこう楽しいわよ」
「そうなんですね……配信」
あとは、りーちゃんが配信で使うようなネタをこっそり話していて、ぼくとしていた会話は、それくらいだった。
別れるときには、りーちゃんが試しにラインを送りあっていたのが、印象に残っている。
少しボーッとしていたのか、いつも買いものをするショッピングセンターにきていた。
でも、あまり楽しむような気分ではなかった。
夕食を軽く済ませると、あとはサッサと明日必要なものだけ買いものをして帰ることにした。
「なんだろ……りーちゃんと話しできるようになったのだって、そんなに経っていないはずなのに、いつの間にかりーちゃんが中心の生活だったんだ」
自宅のアパート近くについて、明日どうしようか考えていたら、アパート部屋の前に誰かいた。
「……あのさっきは、ごめんなさい」
「なんで、ここがわかったの?」
「数日前に、みかけてからつけてきました。話し」
りーちゃんの部屋の前で、逃げていったありあさんが、そこにいた。
「……送るよ。駅どこなの?」
「いいです。立ち話し」
「はぁ……ちょっと待ってて」
鍵をあけて部屋に入ると、サッと買いものをしまいこみ、上着だけ足して外にでる。
まだありあさんはそこにいた。
まさか、りーちゃんがいないのに、こちらの部屋に上げるわけにはいかないだろう。
「歩いてでいいなら……」
「部屋にあげてくれないんですか?」
苦笑いするしかない。
「りーちゃんがいないのに、浮気とかできないし」
「ウワキ? りーちゃんと付き合ってるんですか?」
意外そうに聴いてくる。
そうか。
親しげに話していても、もしかしたら仕事関係のだと思われていたのかもしれない。
「はい。彼氏です……っていっても、いままさに連絡が取れないけど」
「連絡……そっか。あなたにも連絡ないんですね」
「そらです」
「そら?」
上を見ているため、違うと否定する。
「そらって名前なんです」
「そら……くんなんですね」
「送るよ」
上着を渡して、歩きだす。
素直に上着を受け取る辺り、少しは気分が落ち着いているらしい。
話しといっても、この娘となにを話せばいいのか考える。
思えば、秘密も多くなった。
りーちゃんが、あのVランキングでトップテンに並ぶミリロリ嬢なこと、レンタルで知りあったこと、合鍵を渡されたこと。
「そらくん」
「ん、なに?」
足が速かっただろうか。
隣をみると、少し疲れたようにこちらを見てくる。
深呼吸を繰り返す。
「はやい」
「あ、ごめんなさい」
「体力……ないんです」
「わかった」
気づかなかったけれど、あの公園は過ぎていて、少し焦っていたのかもしれない。
「そらくん……」
「ごめんなさい。実は、りーちゃんと連絡とれてなくて、気が滅入ってるのかも」
素直にそう伝えてしまう。
「……そう」
もう少し先には、コンビニもあるけれど、立ち話しには向かないだろう。
どこなら話しできるかと考えて、けれど、なにかワケがあるだろうありあさんに、ぼくがどこまで聴いてしまっていいのかとも考える。
「ありあさん……あの……」
「……ごめんなさい」
「え?」
「メイワクですよね。やっぱり、メイワクかけちゃう」
気づかなかった。
やはりぼくはこの数日の間、頭の回転が鈍くなっていたのだろう。
泣きそうな表情で、こちらの手をつかむありあさんは、それでもなにかを伝えようとしている。
「いや……駅の場所で話そう。迷惑なら、公園のときにはじめから声をかけたりしないよ」
そっか、と瞬間になって、りーちゃんの渡してくれた合鍵の意味に気づいた。




