アオイがアイに出逢ったように
何度めかの電話の音を聴いて、ようやく通話する。
「はい」
「りーちゃん、今日は寝られそうですか」
「えぇ。平気。いまシャワーしていましたの」
まだ、乾ききらない髪をタオルでふきながら、スマホを耳にあてている。
「スピーカーにしようかしら」
「あ、いいです。すぐに、それならおわりに」
そらくんの慌てぶりが、おかしくなる。
シャワーという単語に、反応したのかしら。
いじわるだなぁと想いつつも、これは、言うしかない。
「あら、いまわたくしの裸やお胸を想像しまして? いやだ。そらくんのえっち!」
わざと、少し冷めた声でいう。
こうすると、男の子は喜ぶのだと、
リリスタのアドバイスで読んだのだ。
「ふはぁわ、いや、想像してません」
「そんなに、慌てて。なにかしら、やましいことしかなくってよ」
「そんなこと、ありませんて」
そらくんとの会話。
以前よりもだいぶ打ち解けるようになった。
アイのおかげだ。
それまでのわたくしは、お嬢様としてのふるまいは、できても、
友だちや恋人のふるまいかたは知らずにいた。
アイは、わかっていたのだろうか。
「ふふふっ。ま、わたくしの素肌がみたいのなら、そうおっしゃってね。そらくんなら、トクベツに」
「いいです! いや、このお邪魔しましたので」
「え、もうおわりですの。サミシイ。わたくし、サミシイですわ」
「あ、うん。じゃ、なにか話しますか」
そらくんは、やさしい。
理音の一つひとつの冗談を受け止めつつ、しっかり、おもしろい反応をしてくれる。
まるで、わたくしは子どもに戻ったように、そらくんをからかうことができる。
いまの理音には、もう貴重なおひとだ。
「それでは、そらくんの今日の一日と、そらくんが、今日は何回りーちゃんと呼んだかと、あとそうですね、わたくしの裸を想像した罰で、このあとは合間で、わたくしに好きをくださいまし」
「あ、えと、ですから、裸は想像してませんし、その、りーちゃんって何回呼んだかなぁ」
わたくしは、タオルで変わらずに髪をふきながら、スマホをスピーカーにして、机に置く。
実は下は、はいているものの、まだ上は下着姿のままで、ベットにいて、そらくんとの会話を"ムフフフ"していることなど、もちろん教えない。
「あら、りーちゃんって無意識ですの? わたくしのこと、そんなに好きなのね?」
「うん。好きだよ。いえ、でも、名前で呼ぶんだから、それは、何度も呼ぶし」
「好き、言わされてる感ですわね」
「そんなぁ。なんて、言えば」
「もっと、感情と感傷とエモーショナルに、言ってくださいな!」
「こ、こうかな。りーちゃん、好き」
ベットで足をバタバタさせる。
ふ、だめだ。
笑いすぎる。
「ふ、はは、ふふ、う、ふふふ」
「ちょ、笑うてひどくない?」
「ムフフハフ」
「笑いすぎ」
「はぁ。楽し」
「それは……うん」
それで、とそらくんは満足して、次の話しをする。
「りーちゃんは、配信は再開することになると思うけど、これまでより、きびしくなるし、アンチみたいな怖いひとも増えてくるかも」
「そうですわね」
「できる限り、防ぎたいですが、プライベートのリリスタに、しばらく気をつけないと」
わたくしは、少し不思議になる。
「そらくんとは、プライベートのリリスタは、つながっていませんし、それに、わたくし名前もアイコンも、趣味でさえ違うのだから、だれにも気づかれないかと」
「いいえ。けっこうな頻度で、プライベートアカから流出してるかたはいますし、つながっているかたが、いい言い方ではないですけど、すべて信用できるかと、いうとそうではないから……」
それは。
とても。
「ふぅ。寂しいですわね」
「あ、でも、ぼくのことは、できる限り頼ってほしい」
わたくしは、タオルを畳み、机の上におくと、スマホを引き寄せる。
そらくんには、いずれ話さなければ、いけないだろうか。
アイのアカウントがあることも、アイにスベテをもらったことも。
「……りーちゃん」
「それに」
たぶんアイは、わたくしに任せたのではないだろうか。
アイが、アオイに出逢ったように、
アオイが、理音に出逢ったように。
「りーちゃん。どうしました?」
ボーッと、考えごとをしてしまう。
スマホと一緒に置いた手帳から、
重要事項をみていると、また声をかけられる。
「りーちゃん。あの、もう寝ちゃいます?」
「そうですわね。やることが……」
「えっ」
「この辺で」
「あ、わかった。じゃ」
「ええ」
スマホの通話をおわりにする。
上の着替えは、たしか、引き出しのなかにある。
上にシャツを着て、机のスマホを充電する。
いくつかのアクセサリーケースから、
ひとつを取り出して、そのなかのネックレスを取り出す。
おおきいサイズだろう、ダイヤモンドがまぶしいネックレスだ。
アイから受け取ったもののひとつだ。
ブラックカードは、アイが携帯していたはずだから、それ以外のなかのひとつだ。
「これほど、高くて珍しいもの、どうして持っていたのでしょう」
「しかも、それをわたくしが受け継ぐなんて」
ダイヤモンドだけではない。
部屋だってそうだ。
これでも、だいぶ理音のものは、処分したのだけど、クローゼットには、知らない服がいくつもあり、
引き出しのなかには、いまも最低限の三人分の下着が、押し込められている。
「アイは、三人……」
「ううん。アイはひとり。受け継ぐ者がいるだけ」
わたくしは、充電してある理音のスマホではなくて、 "アイ" のスマホをつかむと、リリスタに投稿してみる。
"わたしは、だれなの
ねぇ、知っているんでしょう
なにをすればいいの"
三十秒後には、もう二つの通知がくる。
ひとつは、教わったアカウントだ。
アイの昔からのファンであり、アイの一番をうたっているひとだ。
かつては、アオイがいたため、二番だったらしい。
"アイは、貴女のことよ。好きにしてよ。どんな貴女でも、ゼッタイに好きでいるからね"
わたしは、マークだけつけて返信のかわりにする。
「スキにする。好きでいる」
アイ名義のこのアカウントは、闇だ。
悪魔がくっついている。
アイという名前で、コスプレ喫茶でブルーと呼ばれて、別の名前アオイであった、あの娘はいないのに。
三万五千百十二のフォロワーを持つアイは、たった二人しか、フォローしていない。
ひとりは、かつてのアオイのアカウントで、いまは停止中。
そして、もうひとり。




