なんていそがしすぎるお嬢様
「おかしいですわね」
わたしの知っているアイがいなくなって、少し経った。
やはり、そらくんとアイとでデートしたあの日に、尾行していたのは、事務所に雇われたひとだった。
社長とマネージャーが、あのあと二ヶ月ほど調べて周り聞き込みをしたところ、事務所の人員不足で、補うのに入れていた事務のひとりが、配信者のストーカー経験があった。
配信者のひとりが、それを覚えていて、弁護士などに依頼する手前で、とりやめていたのだけど、ストーカー相手を変えて、ミリロリ嬢の情報を手にいれては、雇ってストーカーを繰り返していた。
社長がマネージャーと、その相手の事務員の自宅にいき、問いかけたところ、
前から、何名かをつけ狙い、あるときは恐喝して、あるときは、情報を売り買いしていたらしい。
部屋にいったときに、かなりの数の動画と、恐喝につかったらしい手紙やそのほかには、怪しいグッズが転がっていた。
「はぁ。わたしもバカだったわ。昔の知り合いから、急に紹介されていれたから、なにか、ありそうかとは考えたのに、いそがしさで、調査していなかった」
「ごめんなさい」
マネージャーと社長に呼びだされて、謝られたときには、もうアイはいなかったため、そのことをそらくんに話した。
そらくんは、少しだけ寂しそうな、表情をみせたあと、ちゃんと怒ってくれた。
そらくんに、またひとつ好きなところができた。
それからは、事務所の不祥事と、配信者のプライベートの暴露本が重なり、少しの間、ミリロリ嬢も配信の回数を少なくする規制をすることになった。
もちろん、ミリロリ嬢に不正があったわけではなく、形として、事務所所属の配信者は、全員が様子見をしよう、という意図だ。
「はぁ。まさか、アイがいなくなってから、こうも続けざまになると、わたくしもまいりましたわ」
そらくんと逢う時間は、増やせるようになったため、そらくんに少しずつではあるものの、事情を話すようになっていた。
「りーちゃんは、すぐに再開できるようになるよ。問題は、事務所の対応と、それに、SNSの話題次第かもね」
そう。
いまリリスタで、火がついてまわっているのは、まさにそれだ。
おかげで、配信者たちの対応は、日増しにリリスタの対応を増やしていそがしくなっている。
「おかしいですわね」
「どうしました?」
「配信をしないのに、リリスタのフォロワー数は増えるし、対応は細かいし、言葉づかいは、気にするしですわ」
「りーちゃんの、毎日チェックしてるけど、平気だよ」
「もし、わたくしの至らない部分が、ありましたら、そらくんは、ぜひご指摘をしてくださいませ」
「そんなに、丁寧にあいさつしなくても、大丈夫なのに。それとも、そんなに、頼りないかな」
「そらくんは、頼りにしてますわよ」
「そうかな」
腕をパシッと、叩く。
「わたくし、事務所マネージャー以外に、頼りにできるの、そらくんだけですわよ。そらくんが、滅びるとき、わたくしも滅びますわよ?」
「そんなに、かわいく怖いこと言わないでください」
「あら、わたくしかわいい言われましたわ」
「りーちゃんは、もう充分かわいい」
「惚気ですわね」
「惚気てください」
それでも、りーちゃんは想ってしまう。
アイ、なんでいなくなったの。
そらくんとの少しの時間打ち合わせと、デートを重ねると、わたくしは、アイの残した家に帰るようになった。
元から配信をしていた部屋は、少し狭く、配信用の部屋と、寝室とクローゼットくらいしか生活空間がなかったため、モノがあふれていた。
そのため、アイとの想い出がある部屋を居住にして、そのままにして、配信用の部屋は片付けたあとは、作業兼、仕事部屋の扱いとなった。
りーちゃんの居場所を知ってるのは、社長とマネージャー、それに、そらくんだけになった。
「はぁ」
寝室につくと、そのままベットに倒れたいのを抑えて、重ねた上着を脱いで、アクセサリーをはずして、本当のお嬢様のように、丁寧にモノを扱う。
わたしは、ホントはズボラだ。
配信スペース以外は、あまり片付けていなかったし、活動での言葉づかいを心がけているものの、ときどきアイには素顔をみせていた。
それだけ、アイはわたしにとって、欠かせない"アオイ"のままの大事なひとりだ。
「配信作業をしないと、時間が空くかとおもいきや、今度はリリスタと事務所連絡に、ほかにも増えてしまいましたわ」
アイの部屋に引っ越して、ある程度のモノを整理しつつ、頼まれていたことをおこなうのが、日課になってきた。
ひとつは、アイの物の管理だ。
二つは、リリスタのアイのアカウント。
三つは、コスプレ喫茶の役名ブルーのこれからだ。
ブルーについては、すぐには、活動できないことを伝えると、別のウエイトレスを増やすことにしたようで、
役名ブラックが、最近になり、Webページやリリスタで紹介されるようになった。
「ま、かわいいこと」
リリスタの紹介では、
キリっとしたなかに、少し幼く笑顔がかわいく、
お胸が、ポンとでている子が、ポーズをとっている。
スマホをとじて、机の上にある充電コードにつけておく。
バックから手帳を取り出すと、
やってやるぜリストと
いやんなリストと、
教わった重要事項が描かれているページを見ていく。
そして、ちらりと、衣装棚にしまってあるノートについても、考える。
「まさか、ここまでとはね」
ベットに座り、机にあるペンを持ち、少しだけ書き加える。
「そらくんに、話せないこと、増えちゃうな。それとも、話すとアレコレ始まるのか」
「う〜ん」
とりあえず、晩ごはんを食べて、シャワーのなかで、考えてみましょうか。
起きあがると、オートロックの玄関を念のために、たしかめにいき、それから、キッチンで簡単につくりはじめた。
トントン
レンチーン
モリモリ
パラパラ
ジャン
「ま、こんなもんよね」
お手製簡単お嬢様メニュー完成。
スマホをつかむと、写真を撮り
アイのアカウントから、メニュージャンを投稿しておく。
まだ、アイのアカウントは、つかい慣れていないため、リリスタ対応は、消極的だ。
それでも、投稿五秒で、マークがつく。
「はやっ」
理音のプライベートアカウントじゃ、こうならないわね。
理音は、お嬢様メニューをお上品とは、なかなかいえない食べかたで、片付けると、サッとキッチンに持っていく。
「あっ。やっぱりクセなのよね」
サラッと中間くらいの髪を払うと、ひとり言をしてしまう。
配信をはじめた頃は、時間配分がわからなく、長くなったり短くなったりしていた、配信も、途中からは、始まりかたを工夫するようになった。
けれど、それに急かされるように、
食事は、すぐすますようになり、
お手洗いも細かくいくようになった。
肌のお手入れなどは、姿を気にしてきっちりするものの、生活は、なかなか優雅とはいかない。
「あぁ、もっと、映画のように、ふるまいたいわね」
そう言いつつ、キッチンの片付けをおえて、シャワーの準備をしていく。
タオルを持っていき、脱衣室のカギをしめる。
シャワータイム。
裸のまま、あわまみれになり、思考をめぐらしていると、
また、あの日を想い出していた。
アイと、ベットでイチャラブしながら、聴いた、偽スベテのアイの話し。
わたくしだって、と想っていた。
「わたくしだって、心と身体を通わせてみて、わかるのよ。貴女が、スベテという話しに、似せてつくった秘密の香り」
シャンプーをこれでもかと、泡だてながら、あの引き出しの中身を思い返す。
キュッと、シャワーをとめて、ポタッと、雫が落ちていくのを捉えながら、
ひとつの決意をする。
「理音が、今度はアイとなり、 "あい" をだれにも届かない上空に」
役目?
それとも、それが言いたいのかしら。
「いやだわ。愛をまた貴女に返すまでは、わたくし、レベル上限突破しなくては」
遠くで、電話が鳴っているような気がした。




