アオイの傷痕
「ちゃんと読んで、注文するんだからね! はやくしてよね!」
まだクスクス笑ったあと、りーちゃんは、言う。
「は〜い。ブルーちゃん」
わたしは、顔を赤くしないように、細心の注意をしながら、やめて、もう、と想っていた。
一度、テーブルから離れて、それから、振り返る。
りーちゃんが手をふっている。
「はぁ。恥ずかしい」
そばによってきたホワイトがきく
「どうしたの? なにかあった」
「ううん。えと、知り合い、かな」
「えっ。うそ。ブルーの知り合いなの、だれだれ?」
「いや、そんな大した付き合いでもないし」
なんとか適当にごまかしてみる。
ここで、ミリロリ嬢なんて話しをだしたら、一気にお客さまがさわぎになって、コスプレ喫茶のなかが、大変なことになってしまう。
けれど、わたしの予想とは違い、りーちゃんは控えめに言って、控えめなおとなしい、至極上品な仕草で、周りのひとに愛想をふりまいている。
「あのひと、キレイね」
「かわいい〜」
「あ、笑ってくれてるぅ」
いやいや、りーちゃん、スキル高すぎでしょ。
ゲーム配信してなくても、モテてる。
かぶっている帽子をはずして、長めの髪をふり整える。
「ふぅ。暑いですわね」
今度は眼鏡をかける。
たぶん、伊達メガネかとおもう。
りーちゃんは、必要なときにはコンタクトをつかうらしいから。
フロアのすみのほうで、ホワイトが
「ねぇ、あの子かわいくない。だれか、スカウトしてよ」
と言っている。
注文が入るため、りーちゃんのテーブルにつく。
「ようやく決まったのね」
「トロピカルインパクトパフェと、レインボーローズティー」
「かしこまりましたわ」
「ねぇ、ブルーちゃん」
「なにかしら」
りーちゃんが、くいっと裾を引っ張り、わたしの顔を近づける。
「その衣装かわいいわね。ほれちゃいますわ」
「やめてよ。恥ずかしい」
「あら、ツンデレキャラ」
「う」
わたしは、言い直す。
「わたしに惚れたって、わたしは容赦しないんだからね!」
「はいはい」
「でも、あなたがそう言ってくれるのは、別に嬉しくないわけじゃ、ないんだからね!」
わたしは、とびきりウインクをしてあげる。
「ふふっ」
その場から、離れる。
ヤバい。
恥ずい。
恥ず死。
なんで、お店にくるわけ。
いや、たしかに、ブルーの名刺はあげたけど。
ホワイトが、近よってきて、こそっと話す。
「ブルー、常連客にしちゃいなよ。てか、うまく、スタッフに呼びこめないかな」
「え、うん。かわいいよね」
そんなわけにいかない、とわたしは、思う。
ミリロリ嬢よ。
フォロワー数ハンパなくて、有名配信者で、
ひと言が、あっという間に拡散されるひとよ。
いや、たしかに、ここ最近仲良くなったんだけどね。
店内が、ザワザワしているものの、りーちゃんは、大人しくしているため、次第に、落ち着いてくる。
それにしても、なにか用だろうか。
まさか、単純にわたしのブルーの衣装がみたくて、ここまで、きたわけではないはず。
うん。
なにか、用があるのだろう。
そう想っておこう。
メニューを運んで、三十分ほどしてから、お皿を回収しにいき、そのときに、入店のときに書いていただいている、チェキ参加希望と指名と、小さめなカードに記入するアンケートも持ってくる。
「まぁ、そうよね」
回収した希望と指名は、わたし "ブルー" で、
アンケートには、ポーズ指定もされている。
しかも、チェキ三枚希望らしい。
「ホント、なにしにきたの」
お店の裏で、ひとりあきれてしまうも、
なかに戻るときには、ブルーの顔つきで、クールに接客をしていく。
わたしは、ブルー、
そう想いつつ、感情がアオイのときのことを想いだす。
これは、あまり想い出したくない感情のはず。
りーちゃんが、帰り支度をするところで、
チェキを撮りにいく。
「ブルーちゃん。三ポーズお願いするわ」
「ええ!」
イエローが、かまえてくれて、
わたしがポーズを撮る。
一枚め。
二枚め。
三枚め。
「どうしたの!? ブルー」
「え、ううん。なんでも」
「でも。泣いてるじゃん」
りーちゃんが、わたしを抱きしめてくれる。
「ごめ……ん」
「ううん。泣きたいときってあるよ」
気持ちを整えて、チェキを渡す。
「はい。わたしの気持ちよ。また、わたしに逢いたくなったでしょ!!」
少し眼をうるませながら、
それを言うのが精一杯だった。
仕事帰り、イエローとホワイトが、心配してくれたものの、裏の出口から、出たところ待ちがいた。
りーちゃんだ。
「出待ちね。ブルーかな」
「一緒にいこうか」
「ううん。平気。あの、知り合いなの」
「なんだ! そうなんだぁ。わかった、じゃね」
ホワイトとイエローが、その場から、少し離れたあとで、りーちゃんに近づく。
わたしは、体調不良でさきほどのショックもあり、声をかけられないでいた。
「どうしたんですの? アイ?」
りーちゃんの優しさが、いまここでは、少しつらい。
「うん」
「アイ、なんかあったのかしら?」
「うん」
少ししてからりーちゃんは、わたしの腕をとって、歩きだす。
「ねぇ、アイ」
「うん」
黄色バラ公園について、少し薄暗いなかのベンチに座る。
駅は、すぐそこだ。
気持ちを落ち着けようと、深呼吸を繰り返し、ネックレスに手をかける。
「アイ、なにか話せることある?」
「ありがとう。いま、話すね」
りーちゃんには、話すときかもしれない。
でも、どこから話せば、いいのか。
「どこから、話そう?」
「はじまりを話して」
「そしたら、わたしの部屋までくる?」
わたしは、潤んだひとみのまま、りーちゃんにそう問いかける。
「ええ。アイがそうしたいなら」
「いこ」
なんとか、ベンチから立ちあがり、
りーちゃんと、駅まで歩く。
電車のなかで、スマホを少しだけして、あとは、眼をつむると、りーちゃんは、なにも言わないでいてくれる。
たぶんだけど、りーちゃんは、配信のイメージよりもずっとお嬢様で、そして、ずっと気遣いのできる、きっちりしたひとなんだろう。
駅でおりて、歩きで帰ると、
りーちゃんは、ついてきてくれた。
「どうぞ入って」
「お邪魔しますわ」
わたしは、バックを放りだすと、スマホだけ机に置いて充電する。
「あ」
充電のコードをもうひとつだし、コンセントにつける。
「りーちゃんもよければ、つかって」
「あぁ、それはお気遣いを」
りーちゃんも、自分のスマホを繋げて充電する。
「はぁぁぁぁ!」
わたしは、ベットにいまきた格好のまま、仰向けに寝転ぶ。
りーちゃんは、素直にイスに座っている。
「ねぇ、アイ、そろそろ」
「うん」
わたしは、天井を見上げたまま、"いま"は自分の部屋になっているここに、ミリロリ嬢がいることが、不思議で仕方なく、あの日と重なり、苦笑いしてしまう。
「なに」
「ううん。はじめからよね」
「ええ」
「じゃ、ここからだわ」
「うん」
「わたしは "アオイ" なの。そして、アイでもある。そして、アオイが、レンタルのバイトをしていて、アイは、リリスタで有名な、いえばアイドルなの。アイは、コスプレ喫茶で働いていたわ」
「うん」
それから、二時間はかかっただろうか。
アイが行方不明であり、ここの部屋は "アイ" の部屋で、わたしは、リリスタでもアイであることを話すと、りーちゃんは、枕を抱いて顔を隠していた。
「ね、だから、りーちゃんは、ホントはもう関わらないほうがいいの。そらくんのことは、わたし話さないし……」
すると、りーちゃんは、寂しそうに、笑っているような声をだす。
「そんなこと、考えていたんですのね」
「うん。ね、わたしが泣いた理由は、わかったでしょ。送るから、駅まで」
「アイは、なにも ワカッテ いないんですのね。」
「え」
「ミリロリのことも、わたくしのことも、それに、 "アイ" のことも、わかってないわ」
わたしは、その言葉の意味をうまく受け取ることができずに、困惑する。
「……どうして、そんなことを言うの?」
「シャワー」
「え、なに」
「シャワー浴びたいの」
「え、うん。いいよ」
「下着はあるわ」
「え、あるの?」
「もちろん!」
バックから、りーちゃんは、ちらりとみせる。
そのまま、タオルだけ借りると、脱衣室にきえていく。
「はぁ。なによ〜」
わたしは、ベットに再び寝転ぶと、りーちゃんが抱えていて、下にある枕を手繰る。
そのまま頭をのせると、途端に眠くなる。
そういえば、鍵は閉めただろうか。
いや、オートロックだわ。
そんなことをぼんやり考えているうちに、
シャワーの音が聴こえてきて、
その音を聴きつつ、寝入ってしまったようだった。




