アイからアオイ
リリスタとラルルンの登録名、アイ。
リリスタのフォロワー数は、あの事件のときから一万を超えて、いまも伸び続けている。
わたしは、アオイだった者。
でも、わたしはアオイではもうない。
バイトは続けているし、一人暮らしをしていた部屋だってあった。
"いま昼食休憩してるところ
でもアゲないよ
べーっ
わたしがひと言、リリスタに投稿をすると、すぐにリリスタマークがついていき、そのマークの数は、通常百くらいはいき、多くなると、千に近くなる。
わたしの前のアカウントである "アオイ" のときには、なるべく隠しごとをしていたため、おおくて百で、日常は十くらいだった。
このアイのラルルンは、よく鳴る。
ここも違う。
アイになってから、わかるのは、よくも悪くも誘われ遊ばれバカにされ、ときにエ○い言葉を使われる。
その一つひとつはメンドうで、仕方なくアイの手帳通りに、何名かの仲良しリストから、返信をすることになる。
アイはどこにいったのだろう。
事件の記憶が、わたしはなぜか曖昧ななか、アイの入院している病室にいったことがある。
病室のベットにつくと、いなくなっていたアイ。
開いた窓となびくカーテンだけがそこにある。
看護師さんにきいても、まるでその病室には、誰もいなかったような返事が返ってきた。
いないアイ。
行方不明なのか、それとも、死んでしまったから、病院ではそういう態度なのかもわからない。
わたしの元に残ったのは、彼女の部屋とスマホ二台、手帳、ノート、通帳、とある写真集、それに合鍵など、アイのほとんどの財産だ。
"食べおわり
これからでかけるよ
着替えるけど
のぞかないことね
リリスタに投稿する数を増やしていくと、その都度、リリスタマークは増えていく。
今日も複数投稿すると、フォロワー数はどんどん伸びることが予想される。
わたしは、まだ暑いこの時期にあわせて、薄いピンクのシャツに、上着に一枚七分丈の青いシャツ。
ショートパンツ。
帽子をかぶる。
ネックレスをかけて、バックの中身を確認する。
バックには、スマホ二台と手帳が必須だ。
大学は休みだけど、夜にはアオイとしてやっていたバイトがあり、明日には、アイのコスプレ喫茶のバイトもある。
「そろそろ、わたしの部屋解約しなきゃ」
二重に部屋を持つのは、やはり損であるし、荷物もだいぶこちらの部屋に移動できた。
あとは、向こうでの用事をすべて終わらせて、解約手続きをすませればいいだけ。
早いうちにすませよう。
"夜は、いそがしいな
いまのうち遊んでこよ
今日はショートパンツだよん
わざわざ、足元の写真を撮って投稿すると、リリスタマークはぐんと伸びる。
「わたしは、アイ」
玄関をでるとき、元アイの部屋でいまはわたしが住む部屋を振り返る。
また疑問が、広がる。
「なぜ、彼女はわたしに頼んだの」
オートロックの扉をでて、閉まる。
玄関の鍵が閉まったのを一回だけ確認する。
帽子を深めに被るのは、やはり少し怖いからだろう。
アイのアカウントは、一万を超えてから、熱狂している。
いまわたしの一台のスマホから発信される、リリスタの数行が、みんなの話題になったりするのだ。
「コワい」
わたしは駅まで歩きだす。
ときどき振り返るクセがついたのは、あの事件がきっかけのはず。
けれど、投稿は続ける。
「アイに、もらったものは、必ず引き継いでいくからね」
駅から電車を乗り継ぎ、目的のところに着く。
途中混んでいて、立っていたが、つく直前に投稿する。
"とうちゃく
だれかとエンカするかなぁ
わたしはショートパンツだよ
すぐにリリスタマークがついたあと、返信がくる。
"ショートパンツのキレイなひとを探そう
"どこにいるの?
もちろん、みんなの返信のほとんどはネタだとわかっているため、いくつかリリスタ既読だけつけて、歩きだす。
降りるときにも、ちらっと振り返ってしまう。
駅ビルのなかを通り、エレベーター前の案内表示をみると、一階と二階に目的地があるようだ。
一階のフロアを横ぎりながら、ショップにたどりつく。
バックから、アイの手帳を取り出して見比べると、たしかにここのショップのようだ。
店内をぐるぐるしてみると、似たものを発見する。
「これ、バイトで使ってるやつだね」
コスプレ喫茶で利用するアイテムやチャーム、衣装のアレンジなどに使う小物を集めて、お会計に持っていく。
「あ、これでお願いします」
わたしは、ブラックカードでお会計をすます。
店内をでたあと、二階に移動する前に、側のベンチに座ると、ショッピングバックから、いま買ったものを取り出して、写真を撮る。
"ジャン
今度アレンジするからね
でも、別にあなたたちのために、買ったんじゃないんだからね!
すぐに、リリスタに投稿したあと、またバックにしまって、フロアを移動する。
「次は二階」
二階に上がると、真ん中が吹き抜けのエスカレーターになり、駅ビルなのに、外の風景も少し観られる。
「ここ、よくアイが写真撮ってたな」
駅ビルのガラスの向こうに映る夕焼けや雨の風景など、わたしは画面上でみていた風景を思い出す。
次のは、たしかバイトではなくて、ご褒美でよく買いものをしていた場所らしい。
二階フロアを少し進んだ先、真ん中辺りにショップがみつかる。
もう一度、手帳をみるとたしかにここだ。
「こんな可愛いお店なんだ!」
ピンクキーピンキッシュという、鍵のモチーフが飾ってあるお店だ。
一目表からみると、ファンシー雑貨だけど、なかに入ると意外と、ファッションセンスがある、セレクトショップらしい。
「いらっしゃいませ」
ショップのスタッフは若い子がおおいみたいだ。
一回りしてもみつからずに、もう一度、歩いてみると、小さめなコーナーに、ネックレスや指輪、ピアスなどのアクセサリーが並ぶ。
「かわいい。ここなら、選ぶのわかるな」
リリスタに投稿されていた、アクセサリーは、ここのものだったらしい。
わたしは、自分のスマホを取り出すと、少しだけメモをとる。
いま使ってるネックレスは、青い透明石で雫型のものだけど、それはアオイとして使っていたものだ。
あるバイトをしているときに、そのお客様がプレゼントしてくれるといって、通り沿いにあるアクセサリーショップで買ってくれたのだ。
でも、できるだけアオイのものは、投稿に載せないほうがいい。
「まぁ、気にいってはいるんだけどね」
ひとりアクセサリーの場所で、スマホをしていると、ショップのスタッフさんがきてくれる。
「お探しですか?」
「ああ、えと待ってください」
わたしは、過去に保存してある画像の一枚をデータから探して、みせる。
「このやつなんですけど」
「こちらですね」
真ん中のほかのに隠れるように、それがみつかる。
「ありがとうございます」
「よく似合いますよ」
「えぇ、そうかな」
わたしは、帽子を取らないようにしながら、うまくネックレスを首もとに当ててみると、前に映る鏡のわたしもそんなには、悪くなかった。
「なにかありましたら、お声かけくださいませ。それでは、ごゆっくりどうぞ」
離れていく。
三つほど、首にあてたり眺めたりしながら選ぶ。
他にも指輪やピアスなど、なにかあったらの準備で揃えておくことにする。
リリスタをひらいて、一言投稿する。
"可愛い!
あとでみせるね
お会計を、すませたあと、駅の一階にあるロッカーに、荷物を預ける。
タッチ式のカードで登録して、預けるようだ。
さらに二つ、駅ビルの外にいって、買いものをしていく。




