きみじゃなくてあおい
少し前までは源氏名とか呼ばれていた。
いまもそうなのかな。
源氏と平家なのか、それとも源氏物語からなのか、わたしはよく知らない。
呼ばれかたが源氏からより柔らかくレンタルとなっただけか。
レンタルのお仕事をするようになって、名前で呼ばれることが増えた。
アオイは、名前だけど教えるのはカタカナだ。
漢字は、一部のヒトしか知らない。
こういうとき、少しありふれた名前のほうが紛れて役に立つ。
だから、アオイはレンタルのときの名前で、あおいがわたしの本当の名前だ。
レンタルの名前アオイとなってもうしばらく経つけれど、男性も女性もまったく別のレンタル名、通称、仮名さんをよくつかうことがある。
そのため、みんな本当の名前ではほぼ会話しないし、登録されている本名すら長年していても知らないヒトは多い。
できるだけ危険がないようにするし、女性は性的サービスは、なにがあっても手をつけない。
男性は、例え相手からどれだけ触られたり、口を近づけたりして誘われても、仕事上のこと以外では、それを引きずらない。
もし、本気の恋人とするなら、その相手とはそのあとは一切レンタルのお仕事を受けないことが条件だ。
レンタルのお仕事は、幅広い。
というか依頼人のかたがなにを求めるのかで、役割が違う。
恋人のフリもするし、浮気相手になるならキスだってする。
カメラの撮影係として一日振り回されたこともあるし、公設秘書として書類を作成する手伝いもする。
男性はときどき危険なお仕事もくるし、女性も護衛訓練に参加したりもある。
そういったいくつかの決まりがあっても、ここ数年トラブルが多いのは、ある種進化したたくさんのツールが、境界を簡単に曖昧にするからだ。
わたしはプライベートはきっちりして、代わりにお仕事で少しずつではあるけれど、ルーズにしている。
粗もあるだろうけれど、ここで生き抜くためにそのほうがいい。
トラブルに巻き込まれ、後輩もできると多少責任も持つようになったため、自分自身で決まりも決めてきた。
前に、女の子たちを酔わせて無理やり迫ろうとした団体もあったし、宗教のお悩みかと相談されていたら、それをネタにした脅しになったりもした。
どこでもあるのだろうけれど、そういうのに対処するために、防犯撃退グッズもたくさん持つようになった。
アイにネットで会ったのは、その辺りのときだ。
アイはフォロワー数をずっと伸ばし続ける一般人のなかの有名人だ。
わたしがみつけたときには、まだ数はそれほどではなかったのに、その後一年もすると、アイのひと言に対するコメントが百や二百つくようになった。
いわゆる人気者とは違う。
非難もされるし、アイドルのようにテレビに出たりはしていない。
それでもなぜかフォロワーたちは、アイに話しかけるようになっていく。
わたしがみつけたときには、だれかと喧嘩していた。
けれど、いくつかの出来事を重ねてみていくと、アイがだれかの意思を一緒に応援していることがわかった。
冷たい言い方。
独特なジョーク。
みせびらかすアクセ。
あやうい行動。
ある種類の危険人物なのに、このヒトとどこかですれ違わないか、話しかけたい衝動になる。
みつけて数日後には、アイの発言を二ヶ月分は遡り返信を続け、ひとりでアイと話したいなと発信することになった。
アオイとリリスタのユーザ名も変えて、わざとアオイちゃんと呼ばれるようになるために、同じ服装やみたショップを回る。
立派なアイのストーカーの出来上がりになった。
認知というか、しっかりときみはよく見かけるね、と言われるようになるまでに、一年程度はかかった気がする。
高校生くらいのときには、わたしは追いかけられる側で、男子がよくついてくると悩んでいた。
痴漢に似た行為もされたし、こっそり物がないときもあった。
ときどき盗撮されても、みないフリをした。
そうしないと同じ学校の女子生徒から、わたしはかわいいでしょ、かわいいと大変なんだと、アピールしていると勘違いされるからだ。
それで中学生のときにいくつかトラブルを起こして、教師にお説教されてから、わたしはある種それらを総て利用しないといけなかった。
アイの真似をして同じショップをみつけて写真もみせびらかし、ネットでも、だれかの話しを他人事とは思わずに同じように争う。
一度だけ、アイだというヒトの横顔の写真がアップされていたことがあった。
それを保存した。
それからは、その写真に似たヒトを探す。
何度か、同じヒトをみかけて後をつけた。
アイかどうかではなくて、似たヒトからでもどうにか繋がりたかった。
レンタルの同僚の男性が話しかけてくる。
この男の子とはお仕事としては長いけれど、幾分か軽薄だ。
眼が丸っぽく、背も高くひと懐っこいため、優しそうにみえる。
そうみえるだけだ。
レンタル依頼人にときどき迫られるらしいけれど、スパッと断るためときどき事務所に泣きの苦情が入る。
「アオイさんは次の現場はどこなの?」
「次は前にも連絡がきていた人。依頼は女子で、パーティで親友」
「実際は三人で、その一人の男性を狙うんだろ」
「シラクラさん、あまり狙うとか目をつけるとか言わないほうがいいです」
「アオイさんがモテそうだから、地味な服装にしないと、先にアオイさんに声がかかったりするよ」
「その前には、やんわり彼氏いそうアピールしますから」
「元彼氏だよね」
「ま、そういう設定です。元彼氏がいて次の恋人を探しにきた。けれど、もう次の彼氏候補はいるから、依頼人をサポートする」
「女子ってめんどくさいな」
「シラクラさんの次のは?」
「こちらは男子同士の気軽な会合だよ」
「どこ?」
「ビジネスホテルでビジネス会話」
「どこ?」
「前にもあった駅前のやつ」
「そう。一応気をつけて」
「心配してくれてる?」
「はいはい」
こんな会話だけど、実はけっこう心配だ。
男性同士での集まりでも、トラブルは山のようにある。
シラクラは軽くて冷たいけれど、メンバーを見捨てるほどではない。
わたしとのときにも自然とかばうし、トラブルに遭いそうなときには、先に正面に立つ。
嫌われ者じゃないんだろうな、というのだけはわかる。
「アオイさんは恋人とかいらない?」
「依頼ですか? 高いですよ」
「お金……」
「まぁ護衛くらいにはつきますけど」
「優しいね。次のは、ま、気をつける」
「お仕事」
「仕事でもなんでも、優しいのは変わらないさ」
「へぇそれじゃ、わたしにも優しいんですね」
「お仕事じゃないよ」
「プライベートで優しいとか信用ならないですね」
「冷たくない?」
「さっき優しいって言ってくれましたね」
「前言撤回するか」
「撤回はやい」
「男子は器用じゃなくちゃ」
「器用に貧乏ですね」
「ほめてくれてるね」
ほめて伸びるタイプなら、もっとほめてもいい。
でも、本当に器用貧乏そうだ。
翌日に会うと怪我をしていた。
「はぁ! どうしたの? それ」
「あぁ昨日のやつ、ちょっとトラブルでね」
「だからあれほど」
「心配してくれたんだ?」
「あとで呼びだし!」
お説教くらいするわ。
いくら軽薄でも、同僚だ。
それに悪いやつではないはずだ。




