沈む配信
はじめてからの三回の配信は、ええええと、ああああと、おおおおとの三回になってしまい、ちゃんとできたのは四回めからだ。
もう一回落ち着いてから話しましょう、みなさま落ち着いていきましょう、となにか猛獣使いのようなセリフからはじめる。
今回はもう七回なのだから、そろそろあきれているだろう、そのはずだ。
りーちゃんは、毎回わたしの配信を事細かくチェックしてくれる。
これハハだ。
マネージャーがりーちゃんに任せれば安心かもと言っていたのは、配信に関してはハハだからだろう。
一度だけりーちゃんってハハなんですね、と言ってみたら、なぜか照れていたので、もう言わないようにしよう。
ようやくここにきて、始まりのセリフを言えるようになってきた。
狼なのだから、それっぽいのを考えていたのに、なんだかマトモに言えていなかった。
「今宵もお集まりいただきまして、ありがとうございます。月が隠れ、闇の狼たちが騒がしくなるなか、わたしはみなさまに、灰色の静かなるお時間を提供していきます。間違って爪の傷痕など残されませんように」
いいスタートだ。
自己紹介は、もう省いてもよさそうだ。
常連さまも少しずつふえてきた。
「きっとこの寒さもあと数える月で、収まっていくはず。お身体をしっかり暖めていますか?」
コメントは、素直な返事がおおい。
「そう、配信スケジュールがしばらく上手くいきませんでしたが、後半から二月には、少しずつお出ししていくようにしていきます」
スケジュール帳をみていると、そういえばバレンタインデーがあることに眼がついた。
「みなさまは、バレンタインデーってチョコ欲しいですか。それともあげたいですか。それともみてるだけのひともいますよね」
急にコメントがいっぱいになる。
スクロールで頑張って読む。
「え……みなさま欲しいじゃなくて……あげる?」
あげるでどんどんうまる。
「あげる、あげる、あげる」
まだ、あげるらしい。
「そんなにあげるひといらっしゃるんですね。羨ましいです」
コメントは違うよ、と言っている。
なんのことだろうか。
「あ、わたしにってことですか?」
そうだよ、となっている。
「そんな狼にお渡しにならなくても、みなさま大事なかたに、少しずつお分けいただければ、それでわたしはいいです。満足です」
それでも、あげたいらしい。
「わかりました。それじゃ、わたしになにかメッセージでも届けてください。こんな気持ちでチョコをあげたいよ、とそう伝えてくださいね」
配信は、簡単な朗読とこれからしたいことを少しずつ話すような内容になった。
だいぶ落ち着いた様子になったはずだ。
画面を閉じると、わたしのVもいなくなる。
「すごいですわね」
りーちゃんが、なにか感心している。
「はい……え、なんですか」
「チョコのことですわ。すごいモテようですわ」
「そんなことないですよ。メッセージだけでいいとお伝えしましたし、平気」
「ふふふっあかりさんは、きっと驚きますわよ」
「なににですか?」
なにか不思議と、にやりとしている。
ミリロリ嬢様はチョコを箱で、一トンくらい送られてくると聞いたことがある。
全部は無理なため厳選した上でひっそりとどこかで配っているらしい。
それを踏まえても贈られてくるのだから、半端なものではない。
わたしの配信は、目立つようなパフォーマンスも派手さもなく、性別もいまのところ不明でいる。
方向は変わることもあるだろうけれど、このスタイルで少なくとも一年は続けるはずだ。
配信のスタイルもここ最近少しずついろんなものがあると教わった。
わたしはミリロリ嬢様とはいくずれさん以外目に入らないため、りーちゃんに教わる。
りーちゃんは、思ったとおりに勉強熱心だ。
生活習慣は、まぁ崩壊する手前だけど、それなのに体調管理はきちっとしていて、声の管理は、いつでもチェックしている。
「りーちゃんは、学生のころはどうでしたか」
「チョコですの?」
「それ以外でも」
「Vですわよ」
「いいえ、それ以外のモテ具合とかです」
「お嬢様ですので、自分で発信するのもですが、モテませんわ。いろいろ触りにくいのではありませんか」
「たしかに、そらくんもはじめはびくびくしたって言ってましたね」
「へぇ」
「ほかにもそらくんは、少なくとも一か月くらいは、ずっと緊張していたって」
「へぇ、まったく耳には入ってきませんわね。そらくんという言葉が、なぜか素通りしますわね」
「りーちゃん、それで次はいついくんですか」
配信の昂りが少し落ち着いてきたため、スケジュール管理をしてみる。
「一応たずねますが、あかりさんはくる……」
「いきます!」
りーちゃんがなにか考えているようだ。
来なくてもいいと言われても、マネージャーとして同行するのだけど、なにかあまりはっきりしない。
「スケジュールは次は、いつですの?」
「次は、土曜日です。少し空きます」
「わたくしは……」
手帳をめくる。
スマホのスケジュールと両方つかいなのだけど、スマホが使えない状況でも、把握するためらしい。
「次の配信は、二日後ですね」
「そうですわね」
まだ考えている。
「明日いくつもりなんですね」
「どうしようかしら……」
考えているけれど、いくのかもしれない。
明日は平日だ。
行くなら夕方集まってからになる。
そのあとだと、日曜日だ。
りーちゃんが車で行くなら、混むなかになる。
ふとみていると、二月には祝日がある。
「あれ……祝日あるんですね」
りーちゃんが急に動きだし、キッチンで落ち着きがない。
「祝日ですわね」
バレンタインデーに気を取られていて、祝日があることは、忘れていた。
「この日は……」
「まだ入っていませんわ」
そういうことか。
りーちゃんはこの日に合わせてスケジュールを調整しているようだ。
「ついていきますね」
「まだ、なにも言ってはいませんわ」
カップを持ってくるけれど、なにかまだ考えている。
「わたし次からは、お湯にしようかな」
「お紅茶薄めに入れていますわよ」
「でも、ちゃんとボイストレーニングもしていきたい」
「あかりさんは、そのうちお歌もきますわよ」
「あ、そういえば、りーちゃんはチョコいりますか?」
「いただけるなら嬉しいですわ」
「それじゃマネチョコ? 買います」
少し今週からの配信の話しと、雑談をして帰ることにした。
少し悩んでいるのは、そらくんにどう渡そうかということだ。
りーちゃんに相談しようかとも思った。
けれど、しっかり彼女なのだから、ここは彼氏に会うためにも考えよう。
りーちゃんが帰るまで態度が変なのは、それもあってのことかもしれない。
そらくんは、すっかりりーちゃんの部屋にまでは来なくなった。
連絡は、しているらしい。
帰りの電車で頭を使うのは、チョコのことでもそらくんのことでもない。
りーちゃんの部屋をずっと配信部屋として使うのは、あまりに遠慮がなさすぎる気がずっとしている。
マネージャーの相談と一緒にできるのは、効率はよいのだけど、マネージャーのお給料ともう少しすると、配信からの収入もくると言われている。
しばらくは、わたしのマネージャーと経費やその他の計算をしていくため、おそらくそんなに残らないと思うけれど、前の喫茶店の残りともあわせて、部屋をちゃんと確保して、春休みには一人暮らしだ。
部屋に回線を引いて、デスクとほか必要なものを揃える。
できるだけ、りーちゃんの部屋から近いところにしようと探しているけれど、駅からはある程度離れないと、家賃が保つのかはわからない。
バレンタインデーのチョコと併せて、りーちゃんになんとか協力してもらおう。
そらくんは、あとは論文の結果待ちだけど、とりあえずでの認定はでているらしい。
だけど、もう就職先はヨジゴジで、しかもマネージャーとして決まっているため、内定だとか入社式だとかをすべて飛ばして、なぜかもう仕事になっている。
このままいくと、どうせそうなる。
「仕事中毒の社会人」
一緒にアフタークリスマスをしたっきりで、年始に顔をあわせても、ほとんど一瞬で恋人とはいったいなにをするんですか、という感じだ。
引っ越し先と、それからスケジュールと荷物、それに理由を妹に伝える。
これを優先して進めなければ、いけない。
駅から、部屋に戻る。
このところ夜に部屋に戻っても、怒鳴られることも、部屋を叩かれて、理不尽に言われることはなくなってきた。
わたしが忙しいため、すぐに寝るためかもしれない。
その代わり、妹との会話も少ない。
帰ってきたことと、ときどきのお小遣い、それに両親にナイショにしているけれど、一人暮らしをするかも、というくらいだ。
もうすぐ中二になる妹は、ときどき連絡を入れてくるけれど、ときどきよくわからない。




