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第1-6回「身分照会」

・長くなっております。

 約4,000字、推定読了時間10分になります。


 彼はこのニッコサンガを、要害の都市だと言っていたが、ついて行くうちにその理由がだんだんと分かってきた。

真っ直ぐ進んでいったと思うと、建物に(さえぎ)られ左右どちらかに進路を取らされ、また進んでいくと、道が真っ直ぐと曲がる方へと分かれていく。

通り道は横に人が並べば十人いけるかくらいの幅。

通る分には(せま)くないが、とても広いという訳でもない、絶妙な広さで作られていた。

急ぎ足で進む彼に置いていかれないように、俺もひたすらついて行く。

その途中で、ぽつりぽつりと、曲がり道三つ四つ間隔(かんかく)で作られた、大きな建物とすれ違っていった。

通りに面する所が開かれていたり、家のような作りになっていたり───。

と、多種多様な顔を持っていたが、ちらりと一番上に目をやると、こちらから上の様子が見えないような作りになっていた。



 すれ違う人は家や、近くの村へと帰る途中なのだろう。



ぴりぴりとした緊張感は、全く伝わってこない。

だが、入り組んだ町の作りに、点在する見張りのような建物────。

視界に広がる町並みが、敵の侵攻を食い止める重要な拠点であるという事を、ひしひしと伝えてきている。



 ここも、戦場の最前線なんだな・・・・・・



過ぎゆく建物を見ていくうちに、そんな言葉がぽんと浮かんできた。


「ふう・・・・・・。なんとか間に合った」


 前を行く支部長は、立派に組まれた門を見据えながら、ぽつりと(つぶや)く。

その門の向こうには、大きく広がる建物。

さらに遠くの方には山のような所に建てられた、立派な建物が見えていた。



 あの立派な建物に、ここの(えら)い人が居るんだろうか。



一度もニッコサンガに来た事が無い自分でも、そう分かるほどに、遠くに見えている建物は堂々としたものだった。


「さ、ついて来てくれ。まだ夜にはなっていないから、間に合うとは思うけれど・・・・・・」

「あ、そ、そうですね。すいません、ついぼーっとしちゃって」


 彼の呼びかけに意識を戻し、再び歩みを進めていく彼について行く事にした。

目の前の建物には入っていかず、横に逸れてから一つ建物の横を抜けていき、更に斜め奥に位置する建物に辿り着く。

彼の開けた扉を抜けると、そこには何かを待っている人がおり、長く作られた机のような仕切りの向こうでは、(まば)らではあるが何かをしている人達が居た。



 あの人達は、ここで働いている人達かな。



また彼に視線を戻すと、きょろきょろと何かを探している様子だ。

何を探しているんだろう、と思いしばらく待っていると、手招きしてこっちだよと呼びかけてくれていた。


「彼の身分について、調べて欲しいんだ」


 向こうに居る人に、スタックスさんがそう話しかけている。


「分かりました。じゃあ、書類を用意しますので───」

「いや、それなんだが・・・・・・。彼は記憶喪失(きおくそうしつ)なんだ」


 その言葉に、対面する方の動きが止まった。


「記憶喪失───。えっと、まさか名前とかも思い出せないんですか?」

「ああ、名前だけじゃない。生まれた場所も、両親の名前も、思い出せないようで・・・・・・」


 うーん、と向こうの人は考え込んでいる。

その様子を見ているうちに、また不安な気持ちがふつふつと湧き上がってくる。


「なんとか出来ないかな?」

「そうですね・・・・・・。ちょっと聞いてきます」


 そう言うとその人は奥の方へ、誰かを呼びに行ってしまった。


「あの、スタックスさん。今、何をしてもらっているんですか?」


 居ても立っても居られなくなり、思わず彼に尋ねてみる。


「ああ、ここで君の戸籍(こせき)を確認してもらっているんだよ」

()()・・・・・・」

「君がその人かどうか、その名前で正しいのかどうか。それを調べる前に『君以外の君』が居るのかどうかを、まずは調べないといけないからね。今はその手順を踏む前の段階なんだよ」

「う、うーん・・・・・・?」



 分かるような、分からないような。

 自分以外にも自分が居る───そんな事があるのか?



「ははは。いや何、君が気にする事は無いよ。思い出せない事は仕方ないんだし」

「す、すいません。思い出せたら良かったんですけれど、お手数掛けてしまって」

「いいっていいって。前にもこんな事があったんだ、今回はその応用みたいなものだし」


 そうこうするうちに、さっきの人がよりしっかりとした印象の人を連れて、こちらに戻って来た。


「あ、スタックスさん。彼がその人だね?」

「いやー遅くにすまんね、トーカーさん。何とか調べられないかな?」


 目の前に現れた、ぴしっとした印象を与えるこの方は、どうやらトーカーと言う名前らしい。

彼とスタックスさんの話す雰囲気からして、前にどうも接点があったようだ。


「他に、こう名前が分かりそうな、手掛かりは無いか?」

「いや、あるっちゃあるんだよ。すまない、あの短剣を彼に貸してくれないか?」


 支部長に呼び掛けられ、ハッとなる。


「え、ええ。どうぞ・・・・・・」


 言われるがままに、俺はトーカーさんに腰に付けていたそれを手渡した。


「ほら、ここに書いてあるだろ?これから何か分からないかな?」

「ああ、スティッケルの文字だねこれ」


 刻まれた文字をなぞりながら、彼はそう答える。


「ああ、それか!なるほど、どうりで見覚えがある訳だ!」

「お、おい。もう閉めようって時なんだから、あんまり興奮すんなよ・・・・・・」


 手を叩き喜ぶ彼の姿を、トーカーさんは(まゆ)をしかめて、(たしな)めている。

だが彼の喜ぶ反応からして、あの文字は決してこの地域とは馴染(なじ)みの薄い物でも無いようだ。



 それなら俺がいったい誰なのかも、案外あっさりと分かるのかも・・・・・・。



不安だった気持ちもふっと薄れて、ぱっと希望が差し込んだような気がした。


「なんて書いてあるか分かるか?」


 笑みを浮かべて尋ねる彼に対して、トーカーさんは(うな)りを返している。

その表情は、どんよりと曇りっぽかった。


「いや、すまん。俺にはちょっと分からん。多分、どこかの部隊所属だって事が分かるぐらいしか・・・・・・」



 部隊所属───。



その言葉で、あの短剣に書かれているのが自分の名前じゃない事が、あっさりと確定してしまった。

喜んでいたスタックスさんも、しょんぼりと肩を落としている。


「そ、そうか・・・・・・」

「あと、これがスティッケルの文字だっていう事は多分、身分を証明するの相当大変だぞ」

「えっ、相当大変・・・・・・?」


 彼のその言葉に、思わず尋ね返してしまった。


「あの、どうして大変なんですか?」

「うん?ああ、一応そこと、うちの国は地続きで(つな)がってはいるんだがね。魔族に分断されて、すぐにやり取りは出来ないんだよ」


 彼の説明に、スタックスさんが補足をしてくれる。


「来る前に言った、戦争の相手。そいつらがその国とここを攻めているから、情報のやり取りも時間がかかるんだよ」



 ああ・・・・・・なるほど。

 だから、トーカーさんは短剣の文字を見た瞬間、あんなに険しい顔をしていたんだ。



「そうだったんですね・・・・・・」

「うん、そうなんだよ。───で、調べ終わるのは、いつぐらい掛かりそうだ?」


 支部長がそう尋ねると、彼は顎を軽く(さす)ってから、こう返事をする。


「うーーーん。断言は出来ないけれど、二週間は超えるかも。下手したらもっと・・・・・・」

「そ、そんなにか・・・・・・」


 彼の返事に、スタックスさんは絶句している。

その様子を見て、記憶の無い自分を自分だと証明するという事が、どれだけ大変なのかと言う事を、身をもって痛感させられた。



 自分はこの人達を、とてつもない苦労に巻き込んでしまった。



そう思った時にはもう、申し訳ない気持ちで、心の中がいっぱいになっていた。


「すいません・・・・・・」


 俺には、その言葉を(つぶ)く事しか、出来なかった。


「いや、気にしちゃダメだって!ちょっと時間が掛かるだけだから!そんなに落ち込まないで!」

「そうそう!手掛かりはこうしてあるんだし、調べる方法が無い訳じゃないから。大丈夫だよ、ちょっと手間が掛かるだけだから」


 二人は懸命に、俺を(はげ)ましてくれている。

その姿が、申し訳ない気持ちをますます湧き立たせてきた。

見えている床が、ぐらあっと(ゆが)んだように見えてくる。



 ・・・・・・いや、ここで自分が落ち込んだら、ダメじゃないか。



ぐっと目を(つぶ)ってから、前を見据(みす)えて返事をする。


「・・・・・・ありがとうございます。トーカーさん俺、頼らせてもらいます!大変なのは承知ですが、よろしくお願いします!」


 俺の言葉に、彼らの表情が(やわ)らぐ。


「・・・・・・よし!そこまで言ってくれるんだ、俺も頑張らせてもらうからな」

「すまん、トーカーさん。よろしく頼むよ」

「じゃあ、出来る範囲でなんとか情報が欲しいからね。ちょっと待ってね」


 そう言うと彼は奥の方へと戻って行き、そして両手に何かを持って帰って来た。


「すまないが、ここに手形を取りたいんだ。そのインクに手を(ひた)してくれ」


 彼の視線の先には、真っ黒なそれと紙のような物が()かれた物があった。

ここに手を乗せればいいのか、と思いつつ、俺はインクに右手を軽く浸して、ぐっと紙に押し付けた。

ぺらりとした触感の後に、はらりと手の形が付いた紙が()がれる。


「ありがとう、じゃあこっちには左の手を押してくれ」


 言われるがままに今度は反対の手を浸して、また別に用意された紙の上に押し付けた。


「よし、今はこれで何とかするか。ちょっとタオルを取ってくるから待っていてくれ、手はそのままでね」


 彼は手形の付いた紙とインクを持って、また奥の方へと消えて行ってしまった。


「へえ、あんな感じでも照会って出来るんだな」


 横で見ていた彼は、感嘆(かんたん)の声を漏らしていた。

その反応からして、このやり方は随分(ずいぶん)珍しい方法らしい。



 記憶喪失のまま生きて流れついて、しかもこの国の人では無い───。

 それだけ自分のように助かった人は珍しい、という事なのだろうか。



そう考えるとなぜだか、しっかりと生きなきゃ、という考えがむくむくと伸びていっているような気がした。



 この命は自分だけの命じゃない───。



そんな言葉が込み上げる度に、胸の中が、明るくなっていくような、そんな実感が湧いてきていたのだった。




 -続-

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