第17-11回「陣中会議」
・3人称視点です。
主人公のアールは登場しません。
淡い朝の光が、ゆったりと差す中で。
ヘクト11砦の執務室にて、地図を広げ話し合っている、フランク・ジョック部隊長と、ラリー・コットヘッド副部隊長。
2人は、ここをどうするか、ここをどうしようか、と言い合いながら、地図の上で指をなぞらせるように、動かしたり、駒を置いたりしている。
これまで集めてきた情報と照らし合わせながら、今後の戦術方針についての、擦り合わせをしていく2人。
時に、唸り声を上げながら、静かに、地図と睨み合いを続けていると、その空気を破るように、ドアを叩く音が、こんこん、と部屋の中に響き渡った。
「入れ」
「失礼します」
足を踏み入れたのは、一昨日の撃退に、昨日の強行偵察と、腕を振るい続けている、モーリー・サンドヒルズだった。
「おお、朝からすまない。まあ、その辺にでも掛けてくれ」
そう言いながら、近くを手で指し示す部隊長。
モーリーは、遠慮しがちに頭を下げてから、彼らの近くへと歩み寄っていく。
「すまんな。どうしても確認したい事があって」
顎髭を撫でながら、そう彼に切り出す部隊長。
モーリーも、彼の口ぶりから、確認したいその中身について、薄々勘づいている様子だった。
「例の、強力な『魔導士』について、か」
彼の返事に、部隊長は小さな頷きを返す。
「ああ。間違いないのか?」
「はっきりと、姿までは見えなかったが……。強い気を、堀の中からでも、ひしひしと、感じ取る事は出来た」
モーリーの言葉に、彼らはジッと耳を傾けている。
「何より───。身を臥せて、見られないようにしているはずなのに、そいつから、見られているような感じが、ずっとしていた。そんな芸当の出来る魔導士、そうそう居ませんよ」
「なるほど……」
モーリーの語りに、頷きを返す2人。
つい3日ほど前に起きた、ホーホックの森の奪還作戦。
無事、王国側の勝利で終わり、奪い返す事が出来たのだが、これによって、前線のパワーバランスが乱れたのも、事実。
1拠点を奪われた敵が、その近隣拠点を整備して、さらなる進軍に備えよう、逆に奪い返してやろうとする動きを取る事。
その動きの想定は モーリーも含めて、この部屋に居る全員が、当然のように、理解をしていた。
部隊長のジョックが、何よりも懸念しているのは、その補強した兵の中に───。
つい3ヶ月ほど前、海を挟んだ半島の国、スティッケル王国の最前線からもたらされた情報に載っていた───。
強力な『屍人使い』。
その屍人使いが、彼が空堀の中で感じ取った、恐ろしい力を持つ、魔導士の事なのでは、というものだった。
生存者の報告によると、丘を80ほどの兵で確保しようとしたのに、ミミズの集合体による潜撃と、死んだはずの仲間に襲われ───。
30人ほどの死者を出して、部隊は確保出来ずに、撤収。
ついに、その作戦は失敗に終わったのだが───。
その時、たった1人で、丘に陣取っていたというその敵が、どうやらその、協力な屍人使い、との事らしい。
「どうなんでしょう?ヤツなんですかね?」
副部隊長の問いかけに、部隊長のジョックは、険しい面持ちを浮かべて返事をする。
「可能性は、無きにしも非ず。砦から一番遠くの空堀まで、そこそこ距離があるのに見られている……。もしヤツが、モーリーの言う通りの範囲まで、『心眼』を使えるというのなら……」
「……なら」
彼の言葉に、コットヘッドも呟きを返す。
「生半可な攻めでは、到底あの砦は、落としきれない……」
眉を顰めたままそう呟いて、部隊長は、押し黙ってしまった。
場に、重苦しい空気が流れていく。
精神を研ぎ澄ませて、見えていなくても、辺りの動きを察知する魔法術。
通称、『心眼』。
大学校で学んだ者でも、体3つ分向こうまで使えれば、上出来だと言われるその術を、モーリーが警戒しているその魔導士は、たった1人で砦の周囲に巡らせるほどの、腕を持っている。
何より、モーリーが危惧しているのは、1つの魔法をそれだけ使えるから、という理由だけではない。
それだけの技量を持っているという事は、当然『それ以外の魔法』も、相当な腕だという事が、容易に想像が出来るからだ。
1人の魔導士を殺すには、3人の兵が必要だと考えられている、が。
もし、それだけの実力を、そいつが持っているのだとしたら───。
部隊長のジョックも、副部隊長のコットヘッドも、そしてモーリーも。
決して、戦いの素人ではない。
何度も潜り抜けてきた激戦の中で、その目で、その体に、あらゆる状況と困難を叩き込んで、生き抜いてきた玄人だ。
玄人だからこそ彼らは、慎重に、最悪の、想定外も、何もかもすべて想定したうえで。
どうすれば良いのかを、頭を突き合わせて、考え込んでいた。
「ならいっそ、敵に大きく圧をかけてみるってのは……。どうだろうか?」
澱んだ空気を断つように、モーリーが口を開く。
2人は険しい表情を浮かべたまま、彼に問い直した。
「例えば……?」
「最深部のここ……。D1が良い。ここに仮設の見張り場を建てて、ヤツらに圧をかけてやる、ってのは」
「なるほど……。有りっちゃ有りだな」
地図に示された地点を、彼は、トントンと人差し指で小突きつつ、顔を並ばせて耳を傾ける2人に、案を提示している。
彼らの頭の中には、もうすぐ夏───。
つまり、雨季が迫っている事が、浮かび上がっていた。
雨が降れば水位が増して、川越えの攻勢を仕掛けるには、難しくなる。
敵も、兵を雨季が来る前に増強しておいて、川から突出するように位置している、このヘクト10を、もう少し固めておきたいと思うはず。
となれば、奴らがこの雨季を前に、何か仕掛けてくるという事も、自然と読めてくる。
昨日の強行偵察で、モーリーはしっかりと、敵の増強と、大まかな敵数の把握に、成功していた。
敵も、なんらかの動きをとる為に、兵をわざわざ砦に集めてきている。
ここしばらく、敵も偵察を活発に仕掛けてきており、こちらの内情を知ろうと動いていた。
となれば、敵が動く前に、こちらが先に動くという事も、考えておいて、損は無い。
彼らは、互いの目を見合わせながら、こくこくと頷き、その考えを擦り合わせていく。
奴らが先か───。
それとも、こちらが先か。
彼らの目には、絵図の上で動く奴らの群れが、克明に映し出されていた。
「分かった。ありがとうサンドヒルズさん、とても参考になった」
「そうでしたか。では、これで」
これからの情報を擦り合わせて、検討に値する情報も、考えも手に入った部隊長のジョックと、副部隊長。
2人は、笑みを浮かべながら、会釈をしてその場を去って行くモーリーを、見送る。
彼も、流れに乗るように、部屋を後にしようとしたのだが。
ドアの取っ手を掴みかけたところで、ふと、その動きを止めた。
「部隊長。1つ、聞いてもいいか」
「なんだ」
彼の呼びかけに、パッと頭を上げるジョック。
モーリーは2人の目を、軽く注視してから、生まれた沈黙を破るように、ポンと、口を開いた。
「破槌班の数は、足りているのか?」
彼の口から出た『破槌』、というもの。
それは、堅牢な甲冑に身を包み、胴回りほどの大きさがある槌を振り回して、城壁や堤を叩いて突破したり、石橋を破壊して道を断つ役割を与えられた、鎧兵の事であった。
今では、ゴーレムなどの、剣では勝てない硬い敵を撃破する役割を、与えられる事の方が多く、そのような敵の居る場所にのみ、これらは集約されている。
無論、甲冑をまとい、腕よりも太いハンマーを振り回す必要がある事から、体格や運動量など、成れる者への基準も高く、王国の支配地全土を見ても、その数は少ない。
それだけ、限られた貴重な兵だという事も、彼らはしっかりと認識していた。
モーリーの問いかけに、ジョックは眉を顰めて、首を傾げる。
「うーーん、2人……2人だな。今居るのは」
「もしも、例のネクロマンサーが、ゴーレムも操れるというのなら。少なくとも、あと4人は欲しい」
「よ、4人……」
モーリーの助言に、思わず言葉を詰まらせる2人。
「ああ。炎陣を張るにしても、それに叩き壊されたら終わりだ。時間を稼げない。進路を潰して、効果的に反撃するとなれば、ゴーレムによる突破を阻止しなければ、絶対に不可能だ」
彼の口から出た『炎陣』というもの。
それは、魔法陣の一種である。
その仕組みは、こうだ。
熱伝導の高い、魔鉱石から作られた『玉』を、進路を断ちたい方向を考えて配置していき、玉と玉を繋ぐように、その間へ火元となる、木製の矢を打ち込み、ばら撒いていく。
そして今度は、火矢を打ち込んでいき、乾いた木矢に火が燃え移ったところで、魔法担当が意識をその間に集中させて、火柱を巻き起こし、進路を断つ。
それが、防衛魔法陣である『炎陣』というものだ。
彼が今、懸念しているのは、その置かれた玉を、ゴーレムに叩き潰される可能性があるという事であった。
火の手が上がり、生身の敵がたじろぐような状況でも、土塊のゴーレムなら平気だ。
易々と、火中にも進出していき、躊躇いも無く打撃を与え、玉を破壊する事が出来てしまう。
そうなったら、せっかくの防衛戦術もすぐに無力化。
たちまちこの砦には敵が殺到して、目も当てられない惨状へと、陥る。
それを防ぐ為にも、決死の覚悟で破槌班が前に出て、ゴーレムを叩き潰す為に、ハンマーを振るう必要がある。
その事を、歴戦を潜り抜けたモーリーは、しっかりと念頭に置いていたのだ。
「ヤツ以外にも魔導士が居る事や、こちらもやられる事を想定して、やはり6人は居て欲しい。炎陣を突破されるか、されないかで、戦局は大きく変わってくる。勝つ為には、絶対に確保しておいた方がいい」
「……ああ。なんとか、なんとか追加で来てもらえるか、どうか。話はしてみるが……。うーーーん……」
彼らの頭の中には、不備によって敗れた戦が、実体験、伝聞によるもの関係なく、映像となって浮かんできていた。
ヘクト11を、奴らに落とされてしまったら───。
最前線の拠点、アウターバンへの圧力が、ますます高まる。
そうなればニッコサンガも、その周辺も危険に晒されてしまい、奴らに奪われた土地を取り返す事が、より困難な状況となってしまう。
なんとしても、それは避けたい───。
険しい表情を浮かべたまま、部隊長のジョックも、副部隊長も、静かに、モーリーに対して、頷きを見せる。
「分かった。サンドヒルズさん、破槌の方は、どうにか間に合わせてみるよ。敵の攻めが、少しでも後になってくれたらいいのだが……」
「よろしく頼むよ。仕掛けるにしても、守るにしても、最後の決断はあんたに掛かっているんだからな」
「あ、ああ……」
臆する様子もなく、モーリーはそう言って、その場を後にする。
2人は、ふうと大きく息を吐いて、近くにある椅子に腰掛けた。
「ヤツが、まさかこっちに来ているとは……。いやあ、どうしてこうも、良くない事ってのは、立て続けに……」
「破槌の件もそうですが、厄介な事になりましたね、ジョックさん……」
地図に手をつけて頭をぐしゃぐしゃと掻きながら、ぼやき混じりにため息を吐く2人。
それでも、彼らの心には、もう───。
この迫り来る脅威を、今はなんとかするしか、他に無い。
そんな、強い姿勢が、はっきりと目の奥に浮かび上がっていた。
避けようの無い、この事態を。
打てる手を、すべて打ち尽くしていくしか、他には無い。
そうしなければ、良い方向へ変えようにも、変える事は出来ない。
頭を抱えている暇は、どこにも無いんだ。
その思いを胸にしながら。
2人は真っ直ぐに立ち上がり、スッと見据え直す。
「コッさん。アウターバンにすぐ、破槌の増援と、あと入れ替え部隊も多めに回してもらうよう、伝令を飛ばしてくれ」
「分かりました」
決断してからの行動は、早かった。
その言葉を受けてから、コットヘッドはすぐに書簡の準備へ取り掛かり、ジョック部隊長はあらためて、地図上の駒や情報を整理し直し、あらゆる想定を出来ているか、もう一度、洗い直す事を始めた。
執務室に差す光は、だんだんと少なくなっていき、空には雲が少しずつ、厚く流れ出してきている。
2人は、そんな様子に構う事も無く───。
今出来る、最善の手を尽くす。
それだけを胸に、自らに与えられた役目を、粛々と遂行していくのだった。
-続-




