第17-2回「モーリーの言葉」
朝焼けと共に、敵陣地を探る強行偵察。
なんとか、無事に終える事が出来た。
奴らの吐息がすぐそこまで聴こえた時。
もうダメかと、一瞬思ったが……。
こうして今は、両の足を地につけて、立っている。
固く閉ざされた扉を見つめながら、グッと背中を伸ばした時。
あの時の光景が、再び頭の中に、映し出されてくる。
砦がグンと、視界に広がった瞬間。
ひゅおん、と音を立てて、後ろに飛んでいく、矢。
その後に続くように、ひゅんひゅんと、何発も飛んでいった矢の雨。
脇目にそれが留まった時、浮かび上がってきた、安堵の文字。
それと共に湧き出てきた、言葉にならないほどの、あたたかな、安らぎ。
その時の光景を、胸の中で味わいながら、側に居るモーリーさんと、2人に目を向けてみる。
彼の胴当てに挟まれている、敵地から集めてきた情報も、無事だ。
追走してきた敵も既に引き返したのか、中の様子も落ち着いた、いつもの状態に戻っている。
ああ、助かった……。
荒れていた息も収まり、膝の力を抜こうとした時だった。
「こっっっのバカが!!」
怒声の主は、モーリーさん。
しかも方向からして、それは明らかに、俺に対して飛ばされたものだった。
「また勝手な判断でゴーレムに立ち向かいやがって!!命を落としたらどうするんだ!」
耳を破りそうなほどの声に、思わず跳び上がりそうになる。
あの、土塊の化け物───。
あれは、『ゴーレム』と呼ぶのか。
スッと、頭の中に浮かんできたさっきの映像と、彼の言った怪物の名を照らし合わせる暇も無く、また次の怒声が飛ばされる。
「あれはな!こんな軽装じゃ相手に出来ないんだよ!それをお前は!!」
「す、すいません……」
何も言えない。
彼の言う通り、支部長から貰ったこの剣では、奴の動きを受け止めるので、精一杯だった。
あの時に伝わってきた衝撃から、1発でもまともに殴られたりしたら、ひとたまりも無い事は、容易に想像がつく。
あまりにも軽率な行動。
怒られて、当然だ。
「ま、まあ、そう怒らんでやってくれ。彼のおかげで、俺達は命拾いしたんだから。な?」
「あ、ああ……」
咄嗟に2人の片割れが、怒るモーリーさんとの間に割って入り、宥めてくれている。
もう片方も、少し遠慮がちにではあるが、頷きながら俺と、彼に、目線を向けてくれていた。
モーリーさんも、少しずつ息を吐きながら、ゆっくりと、立てていた青筋を静めてくれている。
「……分かっているよ。こいつがやってくれなかったら、あんたらは今頃、ぺしゃんこだしな」
「あ、ああ……。すまん」
宥める彼をギロリと睨みながら、モーリーさんが口を開く。
彼も肩から手を離して、少しだけ下がり、身を小さくしていた。
「戦場では指示、命令があるとはいえ、最後の判断は自分自身だ。命の局面に立たされて、それを判断出来るのは自分だけ。あんたらもそれを、知らない訳じゃないだろ」
退いた彼らに、モーリーさんは言葉を続けている。
片割れの人も、ああ……、と返事をするだけだ。
「アール、お前が2人を助けたいという気持ちも分かる。だがな、俺は堀の中に入る前、なんと言った?」
クルリと体を動かし、俺の目を見つめがなら、口を開くモーリーさん。
「えっと……。何かあったら、笛を吹け。あと、その場を動くな、と……」
あの時の映像を思い出しながら、その時に言われた言葉を、繰り返すように口にする。
彼はこくりと、頷いた。
「そうだ。今回の偵察は2人1組。俺とアール、そしてあの2人。ならどうして、お前があそこを離れたらいけないか、分かるよな?」
そう言い終えてから、ジッと、視線を向けてくる。
なんとなくだが、分かる……。
ペアを組んでいるからには、相方に危険が迫った時、もう1人がそれを、助けてやらないといけない。
でも、俺はそれを放棄して、笛だけ吹いてモーリーさんのそれからも確認せず、2人の方へ駆け寄ってしまった……。
頭に浮かんだ理由はそれなのだが。
なんとなく、それだけでは、離れてはいけない理由として説明するには、足りないような気がする。
足りない───。
それをすべて上手く説明する事が、今の自分には、出来ない。
「ごめんなさい、その……。上手く言葉に、出来ないです」
頭を下げながら、そう返事をした。
彼は怒らずに、うん、と頷いてくれている。
「アール。2つに分けたのはな、仮に片方がやられても、もう片方が生きて帰って来られたら、敵地で取ってきた情報が、『生きて』帰れるからだ。俺も、彼も情報を集める為にやって来たのに、俺の命を守るお前が、その役目を放棄したら、どうなる?」
そうなった場合が容易に、映像として浮かんでくる。
ゴーレムの打撃が、まともに俺の体に当たっていたら。
俺は動けなくなり、追撃していた奴らに、間違いなく襲われている。
そうなれば2人も、モーリーさんも、無事に戻れたのか、分からない。
いや───。
4人全員が、二度と日の目を見る事無く、息絶えていたのかもしれない。
あの燻んだ、土のような色になった、体になって───。
そうなる事が、しっかりと分かっている以上。
ただ、彼の言葉に頭を下げるしか、今出来る事は、無かった。
「……すいません」
「あの2人も、それを承知でこれを受けているんだ。助けてやりたい、という気持ちはそれでいい。だがな、常にいつでも、2つの事が両方出来るとは、限らないんだ」
常にいつでも、2つの事が両方出来るとは、限らない───。
胸の中に引っ掛かったその言葉を、飲み込みながら、フッと、頭を上げる。
あの2人も、彼の言葉に黙ったまま、こくりこくりと、頷いていた。
モーリーさんは少しだけ、悲しそうな顔をしている。
過去に、その両方を出来ない結果を、味わってしまったから。
アールには、そんな思いを、させたくはない。
そんな事を、言うような表情で、俺の顔を見つめている。
「常に、いつでも……」
「ああ。時に犠牲が出る事も、受け止めなければいけない。そういう気持ちもな、持っておかなきゃ、いけないんだ」
そう呟きながら、彼は小さく頷いている。
何かを守るには───。
時に何かを、犠牲にしなくては、いけない────。
頭の中に浮かんだ、二者択一という言葉が、重くのしかかってくる。
今回は、皆無事で帰って来られたが……。
もし、自分がゴーレムの攻めを躱しきれずに、捕まっていたら……。
笛を吹くのが、遅れていたら……。
2人を助ける前に、ゴーレムにやられてしまったら……。
残っているのが、俺だけになっていたら……。
再び頭の中に浮かぶ、あの時の映像。
克明になったそれは、ずわっ、ずわっと、次から次へと、ダメだった時の様子へと変わっていき、ちかちかと光りながら、広がっていく。
俺は……俺は……。
もしそうなったら、俺は……。
「アール?」
モーリーさんの呼びかけが聴こえて、ハッと、意識が引き戻される。
視線を彼に戻すと、普段の落ち着いた表情に、なっていた。
「もう怒っていないから。終わった事だ、これ以上落ち込むな。お前の助けが無かったら、2人も無事に帰って来られなかった。俺も、笛の音が聞こえる前から敵の動きには気をつけていたし、いつでも逃げる準備は出来ていた」
彼はそう言いながら、ポンと、肩を叩いてくれる。
もう気にするな、と言うように。
「だから、もういい。お前が今日の事を、忘れなかったらいいんだ。こんな事、これからずっと、いくらでも出てくる。その時にはちゃんと、判断出来たらいい。分かったな?」
こくりと頷いて、真っ直ぐな目を向けてくれるモーリーさん。
彼の目に、俺は言葉を返せない。
ただ、頷き返すしか、俺には出来なかった。
「2人とも、昨日からありがとう。それじゃあ報告して、食事にしようか」
そう労うような言葉をかけながら、2人と共に、彼はその場を後にしようとする。
これからも出てくる、二者択一……。
去り行く彼の背中を見ているうちに、また浮かんできた言葉。
その二者択一を突きつけられて、他に取れる手段が、無くなった時。
俺はちゃんと、選びきれるのだろうか?
突きつけられた、その中で。
本当に大切なものが、大切なものと並べられて、突きつけられた時。
ちゃんと、落ち着いて───。
「おーい、何突っ立っているんだ。そこで待つか?」
「えっ」
パッと、聴こえてきたモーリーさんの声に、また意識を引き戻される。
気がついた時には、ジョック隊長の居る部屋のすぐ近くにまで、辿り着いていた。
「アール、今日はもういいからな。昨日から頑張り詰めだ。何かあっても大変だろうし、先に戻って、休んでおけよ」
そう言って彼は、部屋の中へと入っていった。
そうなのかな。
俺、疲れているのかな……。
と思いながら、肩に手を当てて、グルグルと回してみる。
腕を回しながら、もう一度さっきの言葉を、頭の中で呟く。
俺に、その二者択一……。
しっかり選びきれるのかな……。
俺には出来るのか……。
出来ないまま、終わってしまうのか……。
そう、胸の中で呟きながら、グルグル、グルグルと肩を回していく。
答えの浮かばないまま、ふと視線を3人の入った部屋に向けてみると、窓からは、澄んだ朝日が差し込んでいた。
今は、まだいい。
そう言うように、燦々と。
-続-




