第17-1回「強行偵察」
・軽い戦闘描写があります。
初めてヘクト11の砦に来た、次の日。
再び役目が、俺の元へと舞い込んできた。
その役目は、荒れ地を挟んで川近くに聳え立つ、かつての拠点。
敵に奪われたままになっている、ヘクト10の砦を強行偵察しろ、というものだ。
その内容は、まだ日が昇りきる前の、朝の早い頃を見計らって、陣地のすぐ近くまで接近し───。
増強の有無、詳細な敵の動きを把握してくる、というもの。
聞いただけでもこれが、どれだけ危険なものなのかという事が、よく分かる。
その危険性は、ホーホックの森でやった偵察よりも、もう一段階キツいものだと、モーリーさんは昨日、内容を伝えてくれた時に、併せて教えてもらった。
まだ、空に紫色の広がりが残っている中。
背丈ほどに伸びた草むらや、あちこちに点在する木々に、身を寄せていき、少しずつ、少しずつ、向こうに見えている砦にまで、体を近づけていく。
今回の偵察も、俺とモーリーさんに加えて、昨日の敵偵察の撃退に動いてくれた2人による、2つのペアによるもの。
今回の強行偵察、誰が行くか。
行ってくれた者には、それ相応の報酬が出るが、どうだ。
昨日の、日が落ちきる前に俺達、遊撃班を集めて、砦の隊長であるジョックさんが、話していた光景が、頭の中に映し出される。
その時も、率先して動く者は最後まで現れず、成り行きのまま、撃退に動いた組み合わせのメンバーで、今回も動く事となってしまった。
あの時に浮かべていた、2人の苦い表情と。
モーリーさんが珍しく見せた、暗い表情と共に、溢れ出た言葉が、再び頭の中に、響いてくる。
すまないな、アール。
俺なんかと来たばっかりに、こんな危ない目ばかり、遭わせてしまって。
あの時はつい、彼をこれ以上暗い気持ちにさせてはいけないと、つい明るく振る舞ってしまったが───。
向こうに見えている砦の陰影が、少しずつ迫ってくる度に。
俺も、本当はこんな危ない所に、足を踏み入れたくはない。
リリスとした約束を、ちゃんと果たして、この砦を後にしたい。
彼女を、みんなを───。
悲しませるような結果には、したくない。
そんな言葉がふつふつと湧き上がっていき、胸の中が押し潰されるように、苦しくなっていった。
遠くに見えていた土の堤は、少しずつ、大きくなり、その向こうに見えている影が、より鮮明なものへと、なっていく。
2つの砦の間にある緩衝地帯を、ずんずん、ずんずんと歩き進んでいくうちに。
とうとう、地帯の最深部、ヘクト10のすぐ側にまで、足を踏み入れてしまった。
この先にはもう、身を遮られそうな物は、無い。
身を潜めている草陰の先では、敵の見張りが、ぽつぽつと立っている。
眠たそうに欠伸をしたり、退屈しのぎに何かを話しているゴブリン共が、ぽつぽつと。
ただ、向こうの様子を、窺っている。
それだけなのに、胸がばくばくと、破れそうな勢いで音を立てている。
息を吐く度に、かちかちと顎が音を立てて、腕がぷるぷると、震えた。
自分の周りに居るのは、モーリーさんと、仲間の2人だけ。
後は点在する、小さな背丈の草があるばかり。
味方は、どこにも居ない。
もしも───。
もしも奴らに、見つかったら───。
考えたくも無い、最悪の事態に、背筋がぞくりと波立つ。
無事に、帰れるのかな……。
はあ、と息を吐いて、ギュッと目を閉じた瞬間。
横から、声が聞こえてきた。
「向こうに、空堀があるのが見えるか」
「えっ」
身を臥せているモーリーさんが、そう言いながら、向こうを指差している。
その先には、彼の言う通り、敵陣営の手前に、掘り下げられた窪地のような場所が、広く横へ伸びているのが、見えていた。
いったい、これからどうするつもりだ……。
固唾を飲んで彼に目を向け直すと、予想もしていなかった言葉が、飛んでくる。
「ギリギリまで行って動きが見たい。アール、奴らが動いたらこれを吹け」
返事をする間もなく、小さな骨のような物で作られた笛を、手渡された。
どういう事ですか、と聞く暇も無しに、矢継ぎ早に言葉を続けられる。
「お前は何があっても、ここを動くな。俺がこっちを向いたら、敵と目が合ったら、それを合図に躊躇わずに笛を吹け。その時だけに、意識を集中させろ。俺の言っている事、分かるな」
「えっ、いや……」
詳しい説明を聞く隙も与えられないまま、彼は身を低くして、小走りになり堀の方へと向かっていく。
手を伸ばそうとした時には、ぱすんっと胸を地につけて、腹這いになった状態で、堀の中へと、その体を沈めていた。
ど、どうしよう……。
笛を吹けって言われても、こんなの吹いた事も無いぞ……。
助けが欲しいあまり、つい、向こう隣の草陰に身を潜めている、2人に目を向けてみる。
2人は2人で、ヒソヒソと何かを話しており、モーリーさんの動きや、敵陣営の様子を気にしているばかり。
俺の不安げな表情には、目もくれる気配すら、無い。
「う、ううっ……」
唐突にぶつけられた臨戦体制と、彼から押し付けられた命の支えに、ますます胸が押し潰されていく。
吐きそうだ……。
声を上げたくなりそうなほど、胸の高鳴りが、大きくなっていく。
もう、逃げたい……。
荒くなる息を必死に抑えながら、フッと敵陣営の方へ、目を戻す。
奴らは、まだ気づいていない。
張り裂けそうな胸を摩る俺と裏腹に、悠長な雰囲気を醸し出したまま、ボーっと見張りを続けている。
モーリーさんのそれからが気になり、ちらりと目線を上げてみると、空堀の中で身をつけたまま、外の様子を窺いつつ、手に持っている紙のような物に、何かを細かく、書き込んでいた。
もう一度目線を、砦の方へと戻すが、まだこちらの動きに、気づいてはいない。
……あれ?
思っていたよりも、大丈夫なのかな……。
奴らの様子を、ゆっくりと観察しているうちに、だんだんと心音は静まり、吐息も落ち着いてきた。
耳を撫でる、風のそよぎを感じる余裕すら、生まれてくるほどに。
あの様子だと、もうすぐしたら終わるのかも……。
言われずとも、場に漂ってくる空気がそれとなく、偵察の完了を、ひしひしと伝えてくれ始めている。
陣営を、空堀を照らす空の色は、だんだんと、少しずつ明るくなってきた。
この偵察、なんとか無事に、終われるのかもしれない……。
そう考えた、その時だった。
ふと、隣向こうの茂みで、何か動きがあったような、気がしたのだ。
ハッと目を向けてみると、2人がより敵陣近くにまで、ジリジリと迫って、岩陰に身を隠し、向こうの様子を窺おうとしている。
空堀のすぐ近くに、不自然な形で積み上げられた、土塁。
それが何故か───。
敵の仕掛けた罠のような気がして、ならないのだ。
堀の中の彼と、2人の様子に目を配りながら、砦の様子を注視していると。
その土塁が───。
動いたような感じがしたのだ。
うん?と思い、また、2人の方へと、目を向けてみる。
間違い無い。
片割れが土塁に、手を付けた瞬間。
『それ』がグググと、動き出していた。
あっ、ダメだ!
声が出そうになった時には、それはもう起き上がり、2人を包み込もうとしている。
敵陣営に目を戻すと、ゴブリン共は明らかにそれを注視しており、今にも動き出そうとしていた。
知らせないと!!
気がついた時には笛を握って、強く、勢いよく、吹いていた。
キィーーーッ!!
耳を破りそうなほどに、甲高い、けたたましい音が、辺りに響く。
音の後にはモーリーさんと、向こうに居るゴブリン共の視線が、パッと俺の方へと向けられていた。
その視線に構う事なく、2人に目を向け直すと、彼らはもう土塊の怪物に、襲われかけようとしている。
そこからは真っ白で、何も浮かんでこなかった。
腕を振って走り、化け物と2人の間に、割って入ろうとして───。
2人の片割れに対して、掴まれようと振るわれた、それの腕を躱す為に───。
突き飛ばして、後ろに下がっていき───。
気がついた時には、化け物と彼らの間に、俺は立っていた。
「逃げて!」
「ひいっ!!」
返すように腕を止めて、振り下ろしながら、俺を掴もうとする土の塊。
腰の剣を抜いて、それに押し当て弾き返す。
ぐわんと響く、強烈な震え。
ダメだ!
俺では、勝てない!
その震えで、土の化け物の腕が、恐ろしいほどの硬さだとすぐに分かり、俺の中の俺が、叫び声を上げていた。
間合いを取ろうと、1歩退きかけた時。
掴むような腕の振り下ろしが、再び俺に、襲いかかる。
「アール、逃げろ!!」
向こうから聴こえた、モーリーさんの叫び。
戦いの中で、ハッと意識が戻る。
こいつは倒さなくていい。
目的はもう、果たされたんだ。
もう片手で刃を支えながら、奴の掴みを受け弾く。
また、ぶるりときた振動に負けないよう、虚空へと逃すように振り下ろしてから、腰に剣を収め直す。
モーリーさんは一目散に、元来た砦に向けて、腕を振って走りだしていた。
俺も身を翻して、砦に走ろうとした時───。
ふと、ゴブリン共が来ている、砦の向こう───。
敵陣の、そこで、腕を動かす、黒衣を纏った人の姿が、目に留まった。
「アール!!」
また聴こえてきた、モーリーさんの声。
あの2人は既に、砦に向かって脇目も振らずに、走っている。
俺も、その背中だけを見つめるように、その向こうへと手を振り、足を振り上げた。
この勝負、今は受けられない。
走りながら浮かんできた、そんな不思議な言葉を胸に。
遙か後ろから迫ってくる、纏わり付くようなものを振り払うように。
俺達を待つ砦に向けて、走り続けていった。
-続-
・ここまでの拝読、ありがとうございました。




