第16-2回「砦に迫る影」
荒れ地に佇む最前線の砦。
ヘクト11に到着してすぐ、砦の隊長、ジョックから役目を伝えられ───。
今は、小さな待機所の中で、座りながら装備の再確認をしている。
すぐ側ではモーリーさんが座って、使っている剣を研ぎ直しており、その近くにも他の遊撃班の人達が居て、様々な事をしていた。
ぼんやりと、虚空を見ている者。
目の前に立っている人と、話しをする者。
ジッと目を閉じて、休んでいる者。
あまり広くない部屋の中で、さまざまな人が、それぞれの事をして、その時をジッと待っていた。
自分も、彼らやモーリーさんの動きを確認しながら、見よう見真似でもう一度、脛当ての紐の緩みを、締め直してみる。
右は終わり、次は左をやろうかな。
と視線を動かした時、1人の伝令が入り口に現れ、声を荒げた。
「すいません!敵襲です!」
出撃の合図───。
あまりにも唐突な出来事で、つい背中から飛び上がりそうになる。
遊撃班の出番が、やって来てすぐ、何の前触れも無く、突きつけられた。
こんなにも早く、役目を与えられる事になるとは……。
最前線、しかも激戦地と聞いてはいたので、多少は覚悟していたが……。
「どれくらいだ」
「え、ええと……4、5体くらいかと」
「遠いのか」
「発見が早かったので、今はB2の地点くらい……です、おそらく」
情報を飲み込み処理する間も無く、目の前でどんどん話が進んでいく。
モーリーさんはそんな状況を物ともせず、うんうんと頷きを挟みながら、声を返していた。
その背中には、物怖じするような気配が、まったく感じ取れ無い。
「2段目なら初動勝負だ。俺が行こう」
躊躇いも無くモーリーさんはそう言って、その場を立った。
脛当てはもう付け終わっており、前を見据えながら、堂々とした手つきで胴当ても付けている。
迷いの無い、彼の真っ直ぐな瞳に、思わず生唾を飲んでしまう。
これが、経験の積み重ねから来る自信、というものなのか……。
呆気に取られて彼の立ち姿を見ているうちに、どんどん話が、目の前で進んでいく。
「なら、私も行こう。あと2人───」
「待て、俺も行くよ。あんたが行くって言うんだ、俺も行かなきゃ噛み合わねえ」
モーリーさんの後に続くように、壁際に座っていた2人が立ち上がり、歩みを進めた。
彼らの様子からして、日頃から2人は組んで、動いているのだろうか。
間を空けずに続いた動きから、ふと、そんな空気を感じ取る事が出来る。
2人が名乗りを上げて、ほんの僅かに、場に沈黙が流れた。
「えっと……どうされますか?これで、向かわれますか?」
沈黙を嫌ったように、焦った様子で口を開く伝令兵。
モーリーさんも、2人も、敢えて言わない、といった様子で、ジッと周囲に返事を待っている。
周りの人達は、何も言わずに互いを、きょろきょろと見ているだけ。
敵の偵察に対して、迎撃人数3では、心許ないのは目に見えている。
だが、もう1人───という中で、声を上げる者は、誰も居ない。
誰か行けよ……とでも言うように、周りを見渡すばかりであった。
それなら、ここはもう……。
俺も、行くしかないよな……。
腹を括って、声を上げる。
「俺も、行きます」
ひそひそと話していた空間に、再び流れる、沈黙。
その後にグッと、突き刺すような視線が、俺にだけ集中していく。
彼らの目に、ドキリと胸が弾けそうになるが───。
俺の申し出に、安堵したのか、すぐに視線も外れて、場に流れる空気も、緩んだ。
「えーと……。どうしましょうか?」
さらに迎撃役を募ろうとする伝令に対して、モーリーさんが口を開く。
「もうこれで充分だ。時間が無い、追加はまた後で決めたらいいさ」
既に出撃の準備を済ませた彼は、そう言いながら俺と、2人に目を向ける。
「ああ、急ごう。少しでも奴らに、情報はあげたくないからな」
彼らもこくりと頷いて、モーリーさんの出撃合図に同意した。
「では部隊長に報告してきます。お気をつけて」
「ああ。ほらアール、早くしろ」
伝令兵が去っていく中、彼はそう返事をしてすぐ、流れるように目線をこちらに向けて、支度を済ませるように促してきていた。
その声で慌てて、自分の姿に目を動かす。
まだ脛当てしか付けておらず、胴当ても中途半端な状態だった。
「す、すいません」
「歩きながらでいい、待っているぞ」
先に行くぞ、と言うように、前に出て行く2人を追うように、動き出したモーリーさん。
俺も、ゆさゆさと引っ掛かったように腰に付けたベルトを揺らしながら、片手で胴当てを押さえて、その背中を追いかける。
待機所から外に向かってと、体が広間に出た時だった。
スッと、モーリーさんが側に寄ってくれて、宙ぶらりんになった胴当てに、手を差し伸べてくれる。
「頑張った分、後が楽になる。ここが踏ん張り所だぞ」
そう、声をかけてくれながら、手際よく締めて、紐を縛ってくれるモーリーさん。
えっ、と声が出そうになった時。
俺の体はもう、いつでも出撃出来る状態に、なっていた。
「さ、行くぞ」
ポンと、そう言いながら、俺の背中を押してくれる。
そしてそのまま、彼は先を行く2人を追うように、また足を動かした。
「ま、待ってください!」
3人に置いていかれないように、慌てて俺も、その背中を追いかける。
何の前触れも無く、突如立ちはだかった、ヘクト11での初仕事。
敵の偵察の、妨害───。
見慣れていない場所で、これから起こる戦い───。
気持ちの整理は、まだついていないが───。
その時は、その場所は、刻々と目の前に、迫ってきている。
それでも───。
誰も行かないのなら、俺が行けばいい。
頑張った分、後が楽になるんだから。
かけられた言葉と、鼓舞を、もう一度頭の中で呟きながら、駆け足でその背中を追いかけた。
角を1つ曲がる度に、少しずつ気持ちが、落ち着いてくる。
砦を出て、3人の側に寄り添えた時には。
不思議な事に、どくどくとした心音も、荒れようとしていた息も、穏やかなものへと、変わっていた。
「B2はあそこだ、急ごう」
2人のうちの片方が、少し離れた所に見えている、木々と岩の集まる場所を指差す。
2人は躊躇う事無く、そこを目指して地面を蹴り上げた。
「行くぞ、アール」
「はい!」
モーリーさんの呼びかけに、掛け声のような返事が、自然と込み上げてきた。
かちゃり、と腰に差した剣に手を当てながら、前に続いていく彼らの背中を追って、前を見据えながら、俺も地面を蹴り上げる。
曇っていた空は薄く、どこか優しげな雰囲気を纏わせながら、青い部分を覗かせていた。
-続-




