第15-2回「リリスの心配」
・前回にあたる、第15-1回の続きになります。
大きな川を挟んだ向こうに、かつて存在していた北方への中継都市、ヘクト。
そのヘクトを囲むように、10の砦が築かれ、都市を守っていたのだが───。
魔物の猛攻によって、町も、砦も徹底的に破壊され、奪われてしまい───。
今では『ヘクト10』の補助として建てられていた、小さな櫓を改良した砦『ヘクト11』のみを残して、なんとか耐えている状態なのだという。
ヘクト11を奪われると、最前線最後の防衛都市『アウターバン』の町は、瞬く間に敵の手中に落ちる。
なんとしてでも、この砦だけは、守り抜かなければならない。
そういった事情もあり、ヘクト11では、毎日のように偵察と、小競り合いの繰り返しが、敵味方入り交じるように行なわれており───。
その苛烈さは、ここでの見張りからもう一段厳しく、ツラいものなのだという。
「そこに、俺達が……」
「ああ。ヘクト10を奪還する為に、と偵察を出したら、損害が出たらしくてね。急ぎでどうにか、人を回してくれないか、とジュロマン公と、将軍が要請してきたんだ」
俺の言葉に、支部長は返事をしながら、頷きを挟みつつ周りの皆にも目を向けている。
「えっと……。全員来てくれ……って事なんですか?」
不安そうな表情で尋ねるエディさんに、彼は首を横に振った。
「いや、そうじゃない。2人、腕の立つ者を頼めないか、という話だよ。だから、まあ……。行ける人は、限られてくるのだが」
険しい表情を浮かべながらも、そう答える支部長。
腕の立つ───と言われて、2人の顔が、頭の中に浮かんできた。
「支部長、いくらだ」
彼の真横で、モーリーさんが尋ねていた。
「うおっ……!も、もう終わったんですか」
「ああ。それで、いくらだ」
間を空けずに尋ねる彼に押されながらも、少し唸り声を上げてから、スタックスさんは返事をする。
「この砦の仕事と、同じ日数。5日で金貨6枚、6ルーツって話だ」
「倍だな……。じゃあ俺は引き受けた」
顔色一つ変えずに、激戦地での仕事を即決するモーリーさん。
彼の言葉には、何か芯の通った、信念のようなものが、込められているような気がした。
ふと、その瞳に目を向けてみると。
自分の為ではない。
自分の待ってくれている、その人の為に、稼がないと。
そんな、覚悟のようなものが、奥でギラリと、光っているような気がした。
「で、みんなはどうする。断るなら断った方がいい。俺も断るよ」
その後に続いた、モーリーさんの言葉に、思わず頭の中が、疑問符で満たされた。
即決しておいてすぐ、今度は断るという言葉を、彼は自分から、口にしたのだ。
えっ、と言うような表情を浮かべて、スタックスさんも目を丸くしている。
「モ、モーリーさん?」
「要請、なんだろ?みんなが辞めておくというなら、断れるはずだ。向こうも、無理に頼んできた訳じゃないんだろ?」
彼の言葉に、ああ、と声を漏らしながら、スタックスさんは頷き返していた。
「うん。モーリーさんの言う通り、断ったら他に話が回るだけだな。まあ多分、ダンフォード商会の所に、もう一度いくだけだと思うけれど……」
「で、どうする。今なら断れるが」
彼の問いかけに、皆俯いて、考え込んでいた。
「俺は、うーーん……。別の奴から、あそこの話聞いているからな。正直……」
苦笑いを浮かべながら、トミーさんが呟くように、声を発した。
ディアナさんも珍しく、俯いたまま、眉を顰めて考え込んでいる。
エディさんは気まずそうに俯いたまま。
リリスは───何故か俺の方に、目を向けていた。
アール君は、どうするの?
とでも、言うように。
彼女の視線で、ふと、ある疑問が浮かんでくる。
「えっと……。もし断ったら、支部長はどうなるんですか?」
答えを先延ばしにするつもりじゃないが、その事が気になり、スタックスさんにそう、尋ねてみる。
「うん?あ、そうだね……。将軍に嫌な顔されるだけだよ。気にしないで」
彼はそう言いながら、笑い返してくれた。
だが、その目は明らかに笑っていない。
参った事になるな……。
と、今にも呟きそうな表情で、乾いた笑いを浮かべている。
険しい表情を浮かべたままのモーリーさんと、目線を逸らして考え込む皆。
その様子を見つめながら、俺も胸の中で、もう一度考え直してみた。
皆の様子と、話で───。
ヘクト11の役目が、とても厳しい事だというのが、痛いほど分かる。
取って取られて、斬って斬られて───。
双方睨み合いの中で、明日を迎える保証も無いまま。
激戦に揉まれて、呑まれそうになる日々。
行かなくて済むなら、それに越した事は無い。
でも───その気持ちを持っているのは、自分達だけじゃない。
他の兵隊さんや、ダンフォード商会の人達も、同じように、持っているんだろう。
普段の仕事よりも、高い報酬が見返りであるとしても。
つい、尻込みしてしまうほどに、それはツラいものなんだ。
誰もが、その役目を嫌がっているんだ。
断っても、スタックスさんが矢面に立たされる。
矢面に立たされて、ツラい状況を突きつけられる。
受けてしまえば……。
モーリーさんは、やると言ってくれているんだ。
あと1人───。
受ければ、スタックスさんの気持ちが───。
お世話になったお礼を、少しでも返せるかもしれない。
それなら、やってみよう。
自分に今ある力で、それが出来るかどうかは分からないけれど───。
少しずつ場数も踏んで、出来る事が増えてきたんだ。
少しでも、やれる事があれば、やってみたい。
「俺、やりますよ。俺でいいなら、行きます」
思いを込めて、スタックスさんに、モーリーさんに、皆に、返事をした。
「……本当に、いいのか?」
重い口を開いて、モーリーさんが尋ねてきている。
俺は真っ直ぐに、その目を見つめながら、頷き返してみせた。
「アール君、本当に行くの?」
「おい……。別に無理しなくていいぞ?断っても、おめえが怒られる訳じゃねえんだし」
リリスも、トミーさんも不安そうな表情で声をかけてくれている。
「うん……。私も、アール君を向かわせる事は、正直不安だね。まだ入って間もないんだし、何かしてあげたいという気持ちは、充分理解しているつもりなのだが。その……」
2人の言葉に頷くように、スタックス支部長も言葉をかけてくれている。
そうだ───まだ入って、ひと月も経っていないんだ。
心配されるのも当然だ。
「アール、無理して行くつもりなのか?それとも……」
行きたいから、行くのか?
と言うように、尋ねるディアナさん。
彼女の目を見つめ返してから、いいえ、と首を横に振る。
「俺、少しでも、何かしてみたいんです。お世話になった分、力になりたいんです」
彼女は、何も言わずに、俺の言葉に頷き返してくれた。
その気持ち、確かに受け取った、と言うように。
「もしも、アールが来てくれるのなら、その腕前は俺が保証するよ。支部長の思っているより、彼は出来るし勇敢だ。突っ走る傾向もあるっちゃあるが・・・・・・。それもまだ、今は許容範囲だ。彼は出来るよ。いや、思っているよりも、やってくれるよ」
俺の決意に背中を押すように、モーリーさんは、支部長に言葉を添えてくれた。
険しい表情を浮かべていた彼も、こくこくと頷き返し───。
少しだけ、目を閉じてから、ゆっくりと口を開く。
「……分かった。じゃあ2人とも、頼んだよ」
「ああ」
モーリーさんの頷きに続くように、俺も頷き返す。
「アール君、絶対に、無理をしたらいけないからね。必ず、生きて帰ってくるんだよ」
「大丈夫です、ありがとうございます」
念を押すように、声をかけてくるスタックス支部長。
俺も、彼の言葉に笑顔を返す。
彼は、何も言わずに、不安げな表情を纏わせながらも、笑みを返してくれた。
「おーい。支部長、そろそろ食事にしようよ」
ふと、聞き馴染みのある声がしてきたので、目を向けるてみると、幌馬車隊のマンソンさんが、手を振って呼んでくれていた。
彼の側では、副料理長のホーラーさんが、にこにこと笑っている。
「支部長、あれっていったい……」
不思議そうに尋ねるトミーさん。
その言葉に彼は。
やっと、言いたい事が言えた。
と言わんばかりの笑顔を浮かべて、答えてくれた。
「いや、聞いたよ!一番手柄を取ったってね。だから、私の自腹で、2人にも協力してもらって。今日はパーッと、お祝いしようと思っていたんだ!」
そう言ってから、向けられる視線の先。
釣られるように俺も目を向けてみると、机の上に並べられていたのは、いつもの雑穀粥が待つ、光景では無かった。
皿に盛られたソーセージの山に、籠に詰め込まれたパン。
ほかほかと、甘い湯気を立たせている鍋が、そこに並べられていたのだ。
「いいんですか!」
「ああ、よく頑張ってくれたからな!存分に食べてくれ!」
エディさんも、頬を緩ませて、向こうで待っているご馳走に喜んでいる。
「よーし、なら行こうぜ!俺もう腹減って仕方ねえよ!」
居ても立っても居られない、と言うように、机に向かって駆けていくトミーさん。
彼を追うように、皆もスタスタと、その後ろに続いていく。
一瞬で明るくなった、場の空気。
ここまでの頑張りを、労うように。
激地へ赴くその姿を、鼓舞するように。
待っているご馳走と、それに喜ぶ皆の雰囲気に、思わず頬が、緩みそうになった。
……俺も、頑張ろう!
そう思い、彼らの向かった、その場へ足を運ぼうとした───。
その時。
後ろからの視線に、ハッと気づく。
リリスが俯いたまま、動こうとせずに。
ジッと、そこに立っていたのだ。
「リッちゃん?どうしたの?」
彼女は、とても暗い表情を浮かべたまま、下を向いている。
ふと感触がしたので目を向けてみると。
その柔らかな手で、軽く、引き留めるようにして、俺の左腕を握っていた。
「無理だけは、絶対にしないでね……」
「えっ」
思わず尋ね返した言葉に、ハッと我に返った彼女は、その握っていた手を慌てて離し、さらに後ろへと退く。
ただならぬ、暗い雰囲気。
何か怖い光景でも、頭の中に浮かんだのだろうか。
彼女は、いつになく不安げな面持ちで、俺の目を見つめてくる。
「ご、ごめん。つい、変な事考えちゃって」
「変な事、と、いうと……?」
ポツリと呟いた彼女の、その言葉が、雰囲気が気になったあまり───。
思わず、そう尋ね返してしまう。
彼女は唾を飲んでから、意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「なんだか……。今日でもう、アール君と、会えなくなるかもって。そう思ったら、つい……」
ま、まさか。
と、出そうになった言葉を、慌てて塞いで腹の中に押し込める。
そうだ。
次に自分が向かう場所は、誰もが尻込む激戦地なんだ。
彼女の心配は、もっともだ……。
これまでの感覚で行ったら、この首を、落とされるかもしれない。
その心配を、ここで、一笑に付してはいけないんだ。
「分かった。ちゃんと生きて帰ってくるから。無理なんかしないよ」
その暗い表情を、少しでも拭えるように。
大丈夫だよ、と思いを込めて、笑みをかける。
「……絶対、無理しないでね」
そう言ったリリスの頬が、少しだけ緩んだ。
安らぎを取り戻した、その面持ちに、俺もついホッと胸を撫で下ろす。
「2人ともどうした?」
突然かけられた声の方に目を向けてみると、モーリーさんが立っていた。
その後ろでは、早く食べようと言うような視線を、席についた皆が、こちらに向けてきている。
「ご、ごめんなさい。行こっか」
モーリーさんに返事をしたリリスは、そう言って俺に目を向けている。
分かった、行こう。
と、俺も頷き返して、皆が囲んでいる食卓へと足を向け直した。
いつもと違う、砦に作られた宴の場は。
すぐそこまで近づいている、真っ暗なこれからを、照らすように。
明るく、俺達を、励ましてくれていたのだった。
-続-
・本回でホックヤード砦のパートはひと区切りつきます。
ここまでの拝読、ありがとうございました。




