第15-1回「新たな戦地の名」
ホーホックの森を、敵から奪還した次の日。
入れ替わるようにやって来た整備班や、防衛の役目を担う兵隊の到着を確認してから、ホックヤードの砦へと、引き返す事になった。
今日の空は、どんよりと曇っている。
向こうに見える山の方は、濃く集まった雲の塊で、もうもうと埋められており、不穏な印象を漂わせていた。
今にも、雨が降り出しそうだな……。
そんな事を、胸の中でポツリと呟きながら、視線を前に戻してみた。
オッドマン副部隊長やモーリーさんが、堂々とした足取りで、真っ直ぐに、砦だけを見据えて、歩き続けている。
ふと後ろを見てみると、トミーさんにリリス、それに自分達以外の班が続いて歩いていた。
リリスや、班の皆は、大丈夫そうなのだが……。
その周りに目を向けてみると、疲労ですっかり参ったような表情を浮かべている人や、虚ろな目で歩いている者もいる。
担架に乗せられている人も、ちらりと列の中から見え、その中には、燻んだ色の体になった、ピクリともせずに、横たわったまま者もいた。
「し、死んだのかな……」
「やめとけよ。あんまり見てやるな」
つい漏れ出てしまった言葉を、トミーさんに窘められる。
「す、すいません」
あの動かない彼にも、仲の良かった人や、家族が居るんだ。
気安く、死んだ、なんて言うべきじゃなかった。
迂闊な事を口走った自分を、戒めるように目線を下に向ける。
「大丈夫、そのうち慣れるさ。こればっかりは、どうしても避けらんねえからな」
トミーさんは、そう呟いてから、再び前を見据え直した。
この光景に、慣れる……。
そう、胸の中で呟きながら、後ろを振り返ってみると、エディさんもリリスも、敢えて列の方に目を向けないように、歩いていた。
その後ろを歩いているディアナさんは───。
なんだか物憂げな目で、冷たくなったそれを見つめてから、また前を見据えて、スタスタと歩いていた。
俺も、よく考えたら……。
無心とはいえ、敵を斬ってしまったんだよな……。
彼らにも、身内や家族が、居たりするのかな……。
憂いた彼女の視線が、頭の向こうでずんと、重くちらついてくる。
その度に───。
自分のしてきた事は、正しかったのか。
という言葉が、頭の中に浮かんできた。
「開けてくれ!オッドマンの部隊だ!」
ハッと意識を戻し、声のした方へ顔を上げると、モーリーさん達は立ち止まって、砦と対面していた。
門番の合図で、鈍い音を立てながら、少しずつ開いていく大扉。
開かれたその向こうには、昨日と変わらない光景が広がっていた。
完全に開かれるのを待たずに、彼らは中へと足を進めていく。
俺も、ゆっくりと進む、人の波に乗って、流されるように中へと足を踏み入れた。
「おお。みんな、よくやってくれた」
俺達の到着を待ちかねていたように、そう話しながら、こちらに歩み寄ってくる砦の部隊長、エンブル。
その側に居た人の姿に、アッと口が、開きそうになる。
スタックス支部長が、そこに立っていたのだ。
「良かった。みんな、無事だったんだな。いやあ、良かった……」
俺達が、ここまで帰って来られた事に、心から安堵するような表情を浮かべて、彼が笑いかけてくれている。
あまりにも意外な出会いと、安らぎを湛えたその笑顔に───。
釣られるように、笑い返してしまった。
「どうした。何か、大事な話でもあるのか?」
彼の笑いを断つように、間髪入れず口を開くモーリーさん。
「ああ……。その、これからの仕事について、ちょっと」
「分かった。俺は事後報告があるから、また後で聞くよ」
彼の問いかけに、少し表情が暗くなる支部長。
含みを持たせたような返事に、モーリーさんは特に気にする素振りも見せず、そう言って部隊長の方へと歩み寄っていった。
分かっている、また面倒な用件なんだろ……。
とでも言うよな、表情を浮かべながら。
「それにしても、支部長が居るとは珍しいな。でも、どうしてここに居るんだ?」
うっすらと漂う、暗い雰囲気を振り払うように、声をかけるトミーさん。
「久しぶりの大仕事だからね。つい心配で、来てみたんだよ」
彼の問いかけに答えるスタックスさん。
トミーさんも、それに笑い返そうとするが、後ろから聞き馴染みのある声が、ふと割り込んでくる。
「それと。また何か、面倒な仕事の打ち合わせもあって……。そういう事なんだろ?」
ディアナさんが、彼にそう問いかけている。
彼女もまた、支部長の言いたい事を、理解している様子だった。
「……まあね。なんでもお見通しだな、参ったよ。ははは……」
そう言いながら、乾いた笑いを浮かべて、小さく頭を抱える支部長。
疲れて帰って来たところに、こんな話を持って来て申し訳ない。
とでも、言うように。
「で、支部長。その新しい仕事、っていうのは……」
苦笑いの落ち着きを見計らったように、リリスが尋ねている。
彼は、うん……、と呟いてから、気まずそうに口を歪ませて、答えた。
「その……。『ヘクト11の砦』の見張りとして、人を回してくれないか、という話がきてね。みんなの意見を、聞こうと思ったんだ」
ヘクト11───。
その言葉を聞いた瞬間、ディアナさんの頬が、一気に引き攣る。
彼女ですら萎縮してしまう、ヘクト11、という砦。
そこは、それだけ恐ろしい場所、という事なんだろうか……。
僅かに緩んでいた体の筋が、キュッと締まりそうになる。
「えっと、その……。どういう所なんですか?ヘクト11って所は」
聞いてみたい、という気持ちに押されて、つい口走ってしまう。
「……そうだね。アール君には説明していなかったな」
「うん。せっかくだ、教えておかないとな。激戦地の事も」
激戦地───。
支部長の後に続いたディアナさんの言葉に、固唾を飲んでから。
彼らの口から、その砦について、現在の戦局について、教えてもらう事にした。
-続-




