第14-2回「歪みと真っ直ぐ」
先行班進軍の合図を受けてから、かなり奥深くまで歩いてきた。
敵から、少しでも見つかりにくくする為に、周りを警戒しながら、茂みや木に寄り添うようにして、足を進めていく。
前の方には、2人の他に、斜め向こうの方で同じく先行班である、ダンフォード商会の兵達が見えていた。
ちらりと後ろを見てみるが、待機している味方部隊の気配は、少しも感じ取れない。
3人が周囲を警戒しながら、続いて来ているだけだ。
相変わらず、ホーホックの森は、夜のように薄暗い。
時おり吹いてくる、頬を撫でるような清涼な風が、胸の鼓動を早くさせていく。
息が詰まりそうな、瞬間が連続していく中で───突然。
ちょっと待て。
と言うように、前を行くモーリーさんが、手を突き出したのだ。
ハッとするように、俺も含めて班の皆が、歩みを制止させる。
見つからないように、その場で丸くなって次の動きを、ジッと待っていると、彼は目配せをしてすぐ、斜め向こうを進んでいるダンフォード商会の班に向かって、ずんずんと駆け寄っていった。
「どうしたんですか?」
思わず、前で身を屈めているトミーさんに、話しかけてみる。
「いやな。ちょっと向こうがずけずけ進み過ぎだからさ、もうちょい足並みを揃えた方が良いだろ、って」
なるほど、そう言う事か。
彼の返事に、自然と頷きが出てきた。
「そうだよね。ちょっと向こうさん、急ぎ過ぎだよね」
後ろに居るリリスも、うん、うんと頷き、彼の言葉に同意している。
彼に待て、と言われてから、そのまま様子を眺めていたのだが、少しずつその光景は、おかしな方向へと移ろい始めていた。
静穏に流れる、森の空気とは裏腹に、遠目がちではあるが───。
なんだかモーリーさんが、イライラとしてきているように、見えていたのだ。
「あれマズいんじゃね?」
トミーさんが顔を顰めた。
彼がそう言って間もなく、向こうから漂ってきている空気が、一変する。
向こうの班長の声も、モーリーさんの声も、どんどん大きくなっていき、怒りと不満を纏わせた、良くないものへと変わり始めていた。
このままじゃ、確実に喧嘩になる。
と、誰がその光景を見ても、分かるほどに。
このままでは、絶対に良くない。
「すいません、俺行きます」
誰に頼まれる事も無く、気がついた時にはそう言って、彼の元へと駆け寄っていた。
「手柄を上げたい気持ちも分かるが、これは連携重視で行け、と言われていたろ!自分らの役目も分からないのか!」
「んだと、ヘボギルドの分際で!臨機応変に動け、が戦場での常識だろうが!指揮権も無い分際で、いちいち───」
「なんだと!!この若造!!」
拳を振り上げる彼を、これ以上はダメだ、と言うように、慌てて羽交い締めにする。
「!?あ、アール離せ!離さんか!」
「だ、ダメですよ!戻りましょうよ、ね?」
これ以上、この場に居てはいけない。
そう諭すように少しずつ、向こうの班長の元から、彼を離していく。
「へっ、偉そうにしやがって!自分の立場を弁えろよな」
「このガキッ!!もっぺん言ってみろ!!」
「き、気にしたらダメですって!モーリーさん!」
身をよじって振り払おうとする彼を、懸命に抑えて自分達の列にまで引き戻していく。
過ぎていく他の班員達は、冷淡に笑って、首を小さく振りながら、深部へと進んで行ってしまった。
皆が待っている場所に帰って来た時には、彼の怒りはもう、収まっていた。
だが、ほんの少しだけだが、肩で大きく息をしている。
まだ、その中では小さく、怒りの種火が燃え続けていた
「仕方ないさ、所詮は他人、他所ギルドだ。どうしようも無いよ」
ディアナさんが慰めるように、彼に声をかけてくれる。
「そうだぜ班長。あんたは間違ってないって。一番手柄が向こうに取られてもさ、俺は気になんかしねえよ」
彼女の言葉に補足をするように、笑みを浮かべながらトミーさんが口を滑らせる。
が、その言葉の何かに引っ掛かったのか、カチンとした表情を浮かべて、ギョロリと彼を睨みつけた。
「おいトミー。お前、俺が手柄取られるのが嫌で、止めに行ったとでも?」
「えっ」
このままでは、また良くない事に───。
そんな予感が頭の中によぎったので、慌てて2人の話に割って入り、会話を止める。
「ま、まあまあ。落ち着いてください。モーリーさん、俺達はどう動きましょうか。向こうとの連携が、出来なくなってしまいましたし……」
昨日と、今日の話では、3班連携で櫓を確保していき、後続に知らせる、という流れだった。
が、向こうの班が、先に先にと行ってしまった以上、今はそれが出来ない。
それならば、自分達だけでも、役目を果たすにはどうすれば良いのかを、あらためて決めておかないといけない。
そう思った俺は、彼に話を振ってみた。
振られた話で、少し頭が落ち着いたのか、視線を下に落として、次の案を考え始めてくれた。
「そうだな……。幸い、今回は6人だ、3対3で分けて、半分が確保、半分が地上の援護で、どうにかなるだろう。他の攻めの援護には、回れないだろうが……」
「そうだな、今はそうするしか、無理だよな」
腕を組みながら、ディアナさんも静かに頷いてくれている。
「じゃあ、どう分けましょうか。そうなった時の、攻め手と援護は……」
彼女の後に、エディさんが言葉を続けていく。
その瞬間、皆の表情が一気に険しくなった。
「うん……。俺が班長だ、櫓の突破は俺がなんとかする。あと2人、誰が俺の側についてくれるか……」
眉を顰めたまま、再び顔を上げて、モーリーさんが呟く。
その言葉で、他の4人は皆、視線を下に落としてしまった。
援護は、すぐにでも決まりそうな役目だ。
櫓の確保を妨害する敵や、何かあった時に下から加勢出来るように、動けばいいだけだから。
正直、危険性も低い役目だろう。
……だが、櫓の確保、攻め手となれば、訳は違う。
上からの猛攻も予想されるし、登りながらも、妨害してくる敵の排除をしなくてはならない。
役目を果たすには、絶対に身を張らなければならない。
常に、死と隣り合わせになりながら。
しかも───彼が真っ先に、攻め手をすると言ってしまった。
皆と上手くいっていないモーリーさんが、攻め手をする、と。
先ほどのやり取りで、ピリピリしている彼の側について、行動していく。
どんな言葉や、態度が飛んでくるかも分からない中で。
命の危機に晒される、自分の身を守りながら。
腕を組んだり、目を下に向けている皆の姿が、痛いほどに突き刺さってくる。
皆、死ぬような思いは、正直したくない。
いつも以上に怖くなっている彼の近くで動くのも、少し気が引けるのだろう。
なら……それならば。
やってやる、ここで自分が頑張らないと。
この前の砦の件で、もしかしたら打ち解けられるのかも、という気持ちが湧いていたじゃないか。
自分なら、こんな状況の彼とでも、上手くやっていけるのかもしれない。
自分だって、怖い思いはしたくないが……。
少しでもやれる、出来る事があるのなら、力を貸してあげないと。
ここで、自分が動かないと。
「モーリーさん。俺も行きます」
真っ直ぐに、その思いを瞳に込めて、彼に返事をする。
その後だった。
意外な人が、3人目を買って出てくれたのだ。
「待って!私もやる!」
リリスだ。
彼女も頷きながら、そう返事をしてくれたのだ。
モーリーさんは、正気か?と言うような表情を浮かべて、目を丸くしている。
が、その返事の後すぐに、ディアナさんが言葉を続けてくれた。
「いや、今はアールとリリスが続いた方がいいのかもしれない。トミーさんやエディ君がつくより、その方が動きやすいと思うし───」
彼女の言葉に、思わず頷き返す。
話はまだ続いていた。
「それに、あたしがトミーさんと続いて行ったら、まだ経験の浅い3人で、下をなんとかしなければいけない。となれば、これが最善策なのかもしれないな」
モーリーさんも、彼女の言葉に、黙って頷いていた。
そうだ。
と言うように。
彼の頷きを見ているうちに、頭の中に言葉が浮かび上がってくる。
モーリーさんに続いて、上手く撃退しながら、確保出来たらそれがいいのだが……。
櫓への斬り込み役が、そんな簡単に終わるはずが無い。
不意を突かれて撃ち落とされたり───。
それこそ、予期していない何かで、引き上げるか、継続するかの判断を、下す場面もあるだろう。
もし、そうなった時に、手練れの3人が欠けていたら……。
最悪、誰も助からずに、全滅する事だって考えられる。
エディさんも、それがいいのかも、と言うような表情を浮かべて、こくりと頷いている。
が、トミーさんだけは相変わらず、渋い表情を浮かべていた。
「でもなあ……。アールとリッちゃんが行くのがなあ……。ちょっと危なくねえか?」
彼の言葉に、何も言い返せない。
それもそうだ……自分もリリスも、まだ入って半年も経っていないのだから。
自分に至っては、ひと月すら経っていない。
危ないと言われるのも、当然だ。
「じゃあ、トミーと……後はどうするんだ?」
横槍を入れた彼を窘めるように、ギロリと視線を向けながら、モーリーさんが口を開いた。
「えっ?い、いや……やっぱ俺はいいよ。遠慮します、遠慮しますから」
その目つきで、すっかり気が引けてしまったのだろう。
言葉を引っ込めるように俯きながら、小さく後退りしていた。
「大丈夫です!アール君がやる、って言ってくれたのに、私が下でジッとする訳にはいかないです!私も、負けていられないですから!」
辺りを漂う不安を払拭するように、リリスが快活に言葉を向けてくれた。
負けていられない、という言葉と、いつもの明るい笑顔。
不思議な感じではあるが、その2つが。
彼女もそう言っているんだ。
俺も、頑張らないとな。
と言い聞かせるように、力強く、後押ししてくれているような、そんな気分にさせてくれた。
「そうか。じゃあ2人とも、行くとなったら、任せたからな。3人も、援護は任せたぞ」
そう言いながら、強い視線を向けて、最後の念押しをするモーリーさん。
俺の決意も、彼女の思いも。
皆の気持ちに、揺らぎは無かった。
こく、こくと頷く、その様子を見て、彼も頷き返してくれている。
「よし、なら行くぞ。無理だけはするなよ」
そう言ってすぐ、また背を向けた彼は、深部へと足を踏み入れていった。
辺りから聞こえる音は、まだひんやりとしていて、何の前兆も無い。
先行していったあの班の声も、聞こえてこない。
ごくり、と生唾を飲んでから、再び先行していった彼らの後を追うように、ゆっくりと俺も、足を進めていく。
来るべき、その瞬間に備えながら。
-続-




