表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/77

第11-3回「二人っきりの宴席」


「アール君、もっと急いでよー」


 うっすらと紫の色が侵食(しんしょく)し始めている空。

それを背にして、リリスはそわそわと体を(ふる)わせながら、早く早く、と()かしている。


「ま、待ってよ。(いそ)ぐ、急ぐから」

「もう遅いってー。ほら、早くしないと()め切られちゃうよー!」

「ちょ、待っ・・・・・・わわっ!」


 (しび)れを切らした彼女は、グイと手首を(にぎ)ってくると、そのままホールへと引っ張っていくように、走り出した。

腰に付けたお金袋を()さぶりながら、もう片方の腕を振って、彼女の元から離されないように、足を動かしていく。



 はあ、はあ・・・・・・。



彼女の足が止まったので、少しだけ(うつむ)いて息を切り、グイと、顔を上げてみる。

あの親睦会(しんぼくかい)をしてもらえた『ケインズのキッチンホール』は、まだ外へ向けて、(にぎ)わいの声を飛ばしてくれている。


「間に合った・・・・・・。ふう・・・・・・」


 一つ大きく吐きながら、彼女はすっと視線を向けてくる。


「ま、間に合ったね。ははは・・・・・・」

「もう。着いたんだから、早く入ろうよ」

「そ、そうだね。ごめん・・・・・・」


 つい今日の約束も忘れて、長話をしてしまった事も()びつつ、頭を彼女に下げてから、店の中へと足を踏み入れていく。

中は、あの時よりも(わず)かに、人が少ないような感じがした。

それでも、聴こえてくる些細(ささい)な日常話や、顔も知らない誰かの愚痴(ぐち)───。

そして、(つくえ)の上に並べられた湯気立つじゃがいも、輝きを放つジョッキが、明るくて楽しい、(いこ)いの場所だと、再認識させてくれる。

女給仕(ウェイターさん)の方に2名だと伝えて壁際(かべぎわ)の、椅子(いす)が4つ並んでいる、丸い机に案内してもらった。


(のど)(かわ)いたね」

「そうだね。なんでもいいよ」

「分かった。すいません、冷たいお茶2つ」


 注文を受けたウェイターさんは、ぺこりと頭を下げて、その場を離れていく。


「アール君はどこに座る?」


 彼女の問いを受けてもう一度、机の周りへ目を向けてみる。



 正直、どこに座りたいという気持ちはまったく無いのだが。

 さて、どこにしよう・・・・・・。



「じゃ、私ここで」


 彼女は隣の机に面している席に、ヨイショと腰掛ける。



 それなら、ここはこう座った方が落ち着くか。



そう思いながら、彼女と向き合えるように対面の、柱を背にした側の席へと腰掛ける。


「アール君、どれにする?」


 そうこうするうちに、今度は置かれたメニュー表を(のぞ)き込むようにして、指を差しながら、話しかけてきた。

言われるがままに、ずらりと書かれた料理の名前に目を通していく。



 キャベツの酢漬(すづ)けも、美味しかったな。

 お茶から入るなら、ハムの盛り合わせなんかも、あったら良いと思うし・・・・・・。

 気になっていた、南国瓜のポタージュも、今日を機に食べてみようかな・・・・・・。



「じゃあ、俺は・・・・・・。キャベツの酢漬けと、ハムの盛り合わせ5種にしようかな」

「いいね!私も酢漬けと、あとチーズにしよっかな。この5種の」


 これでいこう、と選んでいった料理名に、彼女も笑顔を返してくれる。



 これがきた後で、それからはどうしようかな・・・・・・。



と、またメニューと向き合いながら考えていると、頼んでいた冷たい麦茶が机の上に並べられていく。

その流れで、ウェイターさんにさっき決めた商品を注文していくと、彼女から、ある提案が飛んできた。


「アール君、ここのビール美味しいんだよ!せっかくだから、()んでみてよ!」

「えっ、俺も?」


 その言葉でふと、頭の中にこの前の、ぐでぐでに()(つぶ)れた彼女と、眠り落ちたセシリーさんの姿が、浮かび上がってくる。



 それを呑んだら、俺もあんな事に、なるかもしれないのかな・・・・・・?

 もしそうなったら、今日は2人だけなんだし・・・・・・。

 頼んでも、大丈夫なのかな・・・・・・?



「う、うーーん。前みたいな事に、ならないかな?」

「大丈夫!私、初めて(おご)ってくれるアール君の為にも、あんな酔い方しないから!今日はちゃんと帰れるようにします!」

「う、うーーーん・・・・・・?」



 本当に、大丈夫なのだろうか・・・・・・。

 でも、今日はせっかく、初給料で食べようって決めた、約束の場なんだし・・・・・・。

 ここで断るというのも、なんだか嫌だな。



 やけに自信を(たた)えた言い方に、僅かな不安を感じつつも、楽しもう、という心の声もあり、ついその勢いに飲まれたまま、(うなず)き返してしまった。


「じゃ、じゃあ。ビール2つ」

「かしこまりました」


 ウェイターさんの笑顔に、また不安な気持ちがよぎってくる。



 本当に、大丈夫かな・・・・・・。

 あんな形で、お互いめちゃくちゃに酔って、もう何もかも、分からなくなったりしたら・・・・・・。

 俺、支部の皆に、顔向け出来ないぞ・・・・・・。

 皆に迷惑をかけるような事だけは、絶対に避けないと・・・・・・。



「ほらアール君!そんな暗い顔しないで!楽しまないと!」

「う、うん。ははは・・・・・・」


 なみなみに(そそ)がれた麦茶を片手に、彼女が(まぶ)しい笑顔を向けてくる。

こんな笑顔を向けられたら、とても後の心配だの、お酒が怖いだの、言い出せない。



 リリスも、わざわざ誘ってくれたのは、こんな湿(しめ)っぽい姿が見たいが為ではない、はず。

 なら、俺も今日は、パーッとやらないと。



「じゃあ乾杯(かんぱい)!お疲れさまー!」

「お、おう!!」


 突き出された容器に、俺も(かか)げ返しながら、釣られるようにカツン、とぶつけ返す。

そのまま口をつけて、ごくごくと嬉しそうに喉を動かして飲んでいくリリス。



 俺も、今は楽しくやる事を一番に考えないと、な!



胸の中でそう(つぶや)きながら、彼女に負けじと渇いた口の中にへ。

グッと、冷えた茶を、麦の(こう)ばしい風味と共に、ごくごくと流し込んでいくのだった。




 -続-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ