第9-7-3回
ふう、ふう・・・・・・。
もう走れない───口の中からどろどろとした、変な臭いがしてくる。
胸が痛い・・・・・・押し潰されるように、痛い・・・・・・。
ふと森の方に目を向けると、かなり遠ざかって見えていた。
砦と、森の中間点くらいにまで、逃げられたのかな・・・・・・。
そう思いながら、視線をモーリーさんの方へ向けてみる。
彼は険しい表情を浮かべながら、肩で大きく息をしていた。
ベルトには大切な、あの地図がしっかりと差し込まれている。
「あっっっの馬鹿が!!戦わずに叫ぶだけの奴が居るか!!糞ったれめ!!!!」
ようやく落ち着いたと思いきや、間を空けずに青筋を立てながら彼は吠え始めた。
びりびりと耳を震わせるほどの叫び声に、頭が割れそうになる。
もう一度視線を森に向けてみるが、ゴブリン共の追走は、もう見えていない。
先に逃げた2人の姿も、辺りには見えていなかった。
「あ、あの、モーリーさん・・・・・・」
少し、落ち着いてもらおう。
そう思いながら、怒り心頭の彼に声をかけた瞬間だった。
「貴様もだアール!!実戦も乏しいのに、あんな無謀な事を!!お前がやられていたら、いったいどうなっていたと思う!!」
彼の気迫に押されて、言葉が続いてこない。
その言葉に何も言い返せず、ただ押し黙る他は無かった。
叫び終えた彼は、ゆっくり、ゆっくりと息を吐きながら、握っていた拳を緩めたり、ぶらぶらとさせたりしている。
ようやく落ち着いたのか、大きく溜め息をついて、目を覆って、頭を抱えたりしながら、口を開き始めた。
「アール・・・・・・。ちょっと怒鳴り過ぎた。君はそんなに間違っていないんだ、すまない」
そう言ってから、もう一度大きく、彼は溜め息を吐いた。
耳を震わせていたほどの、怒りに満ちた声を叫んだ人と、目の前のこの人は、別人じゃないのか、と思うほどに、落ち着いた様子で。
「い、いえ・・・・・・。無謀に立ち向かった事は本当なんですから。心配かけてしまい、すいません」
彼の言葉で、俺の頭も少しずつ、冷静さを取り戻していく。
あの時はいけると、思っていたのだが・・・・・・。
今考え直してみると、向こう見ずで、危険な動きだった。
生きて、五体満足で帰ろう、と言ってくれていたのに。
自己判断で立ち回って、自分から危険な方へと突っ込んでいったのだ。
怒られても、仕方がない。
少しでも間が狂っていたら・・・・・・。
あの時見た、ズタズタになった怪我人と同じ姿で、自分も帰って来ていた・・・・・・。
いや───もっと悲惨な目に、遭っていたかもしれない・・・・・・。
胸の中に浮かんだその言葉を飲み込むように、こく、こくと頷きながら、もう一度深く、彼に頭を下げた。
「いいんだ、君が落ち込む事はない。八つ当たりして、すまん」
彼はそう言いながら、頭を下げてくれている。
「い、いいんですよ。俺、大丈夫ですから」
もうこれ以上、彼に頭を下げられると、逆にこっちが申し訳なくなる。
どうか、どうか、と言うように手を突き出して、その気持ちを伝えていく。
気持ちが伝わったのか、スッと頭を上げて、静かな表情を浮かべるモーリーさん。
だが、すぐにまた、沸々と怒りが込み上がってきたような、怒気を顔に少しずつ纏い始めだした。
マズイ。またあの2人の事で、怒るのかな・・・・・・。
もう、もう充分だよ・・・・・・。
「あ、あの!ち、地図は大丈夫ですか?」
2人への気持ちを逸らせるように、腰に差してある地図へと目を向けて、そう切り出してみる。
「地図?ああ・・・・・・」
どうやら、上手く気逸らしが出来たらしい。
そう言ってからすぐ、彼は腰の地図に手を当てて、くるくると広げていく。
そのままの面持ちで、ふんふん、と頷きながら中を確認した彼は、また丸めて腰に差し直した。
「うん、書けていた。これなら、今回の目的は、無事達成出来た、と報告出来るよ」
その言葉に、ホッと息が、思わず漏れ出てくる。
ああ、良かった。
あれが、ムダにならなくて・・・・・・。
そんな言葉を、ポツリと胸の中で呟いて、彼に目を向けてみる。
「アール、戻ろうか。これなら大丈夫だ」
「そ、そうでしたか。よ、良かったです」
若干、険しい顔ではあるが、僅かに穏やかさを取り戻して、彼は行こうと促している。
その姿に、少しぎこちなくではあるが、言葉を返した。
「じゃあ、戻ろうか」
彼の言葉を受けて、再びこくりと、頷き返す。
森に背を向けて、砦へと歩くその後ろ姿を、追いかけるように続いていく。
森に入る前、あれだけ高く上がっていた日の光は、山へ向けてじわじわと、落ち始めていた。
今日もなんとか、一日を終える事が出来た。
山並みの上で、ややオレンジ色っぽく燦々と丸く輝く日に向けて、俺はもう一度、小さく溜め息を吐いたのだった。
-続-
・ここまでのご拝読、ありがとうございました。




