第9-3回「砦の隊長」
最初の仕事の目的地でもあった『ホックヤードの砦』に、俺達は再び到着した。
この前なら、ここで休んでからニッコサンガに折り返すという流れなのだが、今回は違う。
ここでエディさんと入れ替わり、また新しい仕事をここで覚えなければならないのだ。
支部長が言っていた、サンドヒルズさんの仕事である『ホーホックの森』に蠢く、敵の動きの偵察───。
その交代役として、職務内容をしっかりと、我が身にこれから叩き込んでいく事になる。
俺、上手く出来るかな・・・・・・。
ふう、と溜め息を吐く間もなく、砦の堅い扉が、ゴゴゴと開かれ、パカカと馬車が進んでいった。
相変わらず中には、たくさんの顔も知らない、甲冑に身を包んだ人達が、あそこや向こうで忙しそうに動いている。
ふと騒がしい気配がしたのでその方へ目を向けてみると、腕や足に、何か食い千切られたような傷痕を付けた人達が、呻き声を上げながら横たわっていた。
その横ではぐったりとしたまま、動かない人を囲んで、2、3人が何かを話しながら、何かをしている。
敵に襲われたのだろうか、あの人達は・・・・・・。
そんな光景に目を留めているうちに、馬車列は前と同じ場所で、ピタリと動きを止めた。
ぞぞぞと集まってくる荷下ろしの人達に釣られて、自分も馬車に寄って行こうとした瞬間。
ディアナさんが手を突き出して、俺の動きを制止する。
うん?と思う間もなく、今度は彼女はこっち、と手招きしてきた。
「部隊長の所に案内するから!こっち来て!」
「あ、ああ、はい!」
彼女の動きに引き寄せられるように、スタタと側へ駆け寄ってみた。
追いついてからしばらく、スタスタと、人の間を縫うように歩いていき、ある場所の前へと導かれていく。
扉の無いその部屋の中では、大きくて広い机を囲うようにして、甲冑に身を包んだ3人が、地図と並べられた小さな駒を指差したりしながら、何かを話し合っている。
「エンブル隊長、ちょっといいですか」
彼女の言葉にうん?と言うように、赤い羽根が装飾された甲冑の男が、こちらに目を向けた。
「おおディアさん!ちょうど良かった!君の意見もぜひ聞こうかと、思っていたところだったよ」
「はいはい、後で聞きますから。まずこっちを・・・・・・」
少し頬を引き攣らせた表情を浮かべて、彼女はその方に頭を下げている。
「いや、そうだったな。すまん、ちょっと外すよ」
座っている2人に軽く頭を下げつつ、彼はヨッと腰を上げて、こちらに歩み寄って来た。
「エンブル隊長、彼は新しく交代役に入ってくれる、アールだ。記憶が無いものだから、色々お手数をかける事になるかもしれないが・・・・・・」
「ああ、彼がこの前に聞かせてもらった。そうか、本当にあのスティッケルから流れ着いて・・・・・・。よく無事だったねえ」
そう言いながら、まじまじと俺の目や、手に目線を向けていく。
興味深そうにじろじろと見てくる彼に、どうしていいのか分からず、ただヘコヘコと頭を下げる事しか出来なかった。
「ここの部隊長をしているカルロ・エンブルだ。分からない事ばかりだろうが、頑張って早く慣れてくれよ」
「は、はい・・・・・・」
よろしく、と言いながら伸びてきた手に釣られるように、ぐっと握手を返す。
やや乱雑に右手を振られながら、彼はスッと、後ろに目を向けた。
「あっちが私の補佐をしてもらっている、エドソルとオッドマンだ。君はオッドマンと、あとはモリさんと色々世話になると思うから、上手くやってくれよ」
「は、はい。よろしくお願いします」
左に、右にと手振りで紹介してもらった彼らに、軽く会釈をして間もなく、畳み掛けるように今度は彼女に向けて、言葉が飛んでいった。
「でね、ディアさんね、ちょっと意見が聞きたいんだよ。もうね、今回とんでもない事になっちゃって───」
「はいはい。あ、アールごめん!ちょっと待ってもらう事になるから、しばらく外で待ってくれ。本当にごめん!」
中へ引きずり込まれるように、ディアナさんは部屋へ連れていかれてしまった。
とんでもない事───。
さっきここに来る前に見た、あの負傷した人達と、何か関係のある事なんだろうか。
そんな事を考えているうちに、目の前では彼女を含めて何やら攻めるだの、人をこうして欲しいといった言葉が飛び交い始めていく。
自分の居場所は、みるみるうちに無くなってしまった。
も、もうここに居ても、意味は無いのかも。
そう胸の中で呟きながら、失礼します、と彼らに述べてからその場を後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼女に連れられた部屋から少し歩いたところで、ふとリリスの姿が見えた。
「あっ、アール君。どうだった?部隊長のところで挨拶しに行っていたんでしょ?」
「う、うん」
彼女も駆け寄りながら、話しかけてくる。
ついさっきまで荷下ろしを手伝っていたのか、額からはじっとりと汗が滴っていた。
「いやあ・・・・・・。ちょっと押されちゃったよ。エンブル部隊長って、随分忙しい人なんだね」
その言葉に、彼女も苦笑いを返す。
「まあね。でもあんな感じだよ、いつも。そのうち慣れるよ、あの感じに」
「そ、そうなんだ」
頭の中には、受け流すように応対していた、ディアナさんの姿が浮かんでくる。
「それより、サンドヒルズさんとのやり取りは大変かもしれないけれど、頑張ってね。無理だけはしちゃダメだよ」
「う、うん」
念を押されるように彼女からもう一度、気をつけてね、と声をかけられた。
明るい表情に広がる、薄らとした不安の色に、あらためて彼の気難しさと怖さが、頭の中によぎる。
そうこうするうちに、部屋の方からディアナさんとオッドマン副部隊長が出てきた。
俺の姿に気づいた2人が、こっちにおいでと手招きをしながら、アール、と呼んでいる。
「じゃあ、頑張ってね。エディさんみたいに無理したらダメだよ」
うん、と頷き返してから、俺は2人の方へと足を進めていった。
2人からあらためて、このホックヤード砦の役割や、自分の役目を教えてもらっているうちに、どんどんまた自分が、先の見えない所へ、ずんずん進んで行っている実感が湧いてくる。
上の方で、きょろきょろと、首を動かし何かを見ている人。
脛当てを着け直して、準備をしている人。
個々でありながらも、砦と一体になって動いている人の姿と、2人からの説明を聞いていく度に───。
また胸の高鳴りが、どくどくと、早くなっていくような気がした。
-続-




