第8-3回「初給料」
初仕事を終え、ニッコサンガの支部に帰って来た、その日の夜。
初めてここで食事をした日のように、俺はスタックス支部長とセシリーさんの3人で、食卓を囲んでいた。
切り分けられた、ねじねじの太いパン。
盛り付けられたキャベツと、蕪の漬物。
その側に添えられた、燻製した豚の肉。
そして、小皿に乗せられた、リリスと一緒に見繕ってきたオレンジ。
華やかに彩られた机を囲んで、俺達は食事についていた。
リリスも、報告を済ませたトミーさんもディアスさんも、今はこの場所に居ない。
お給料を貰って、それぞれの家に帰ってしまっていた。
「アールさん、このオレンジ美味しいですよ」
「そう?リリスさんと一緒に、仕事帰りに見繕ってもらったんだ。喜んでくれて嬉しいよ」
ひと口食べながらそう話すセシリーさんに、俺も笑みを返す。
ふと自分の左手にある、切られたパンを乗せた皿の方へ、目を向けてみた。
一番最後にスタックスさんから手渡された、初仕事のお給料。
キラキラと誇らしそうに輝く、1枚の金貨に、5枚の銀貨。
視線を自分の両手に戻すと、まだ支部長の手から伝わってきていた手の温もりと、硬貨の重みが、ゆったりと残っているのが、見える。
「どうした?またニコニコして」
「えっ!?」
「アールさんの初お給料ですもんね。分かりますよ。私も初めて貰えた時、嬉しかったですもん」
2人にそう話しかけられ、気持ちを誤魔化すように、慌ててパンと漬物を口の中に突っ込む。
「ははは、なんでそんなに恥ずかしがるんだよ。変わっているなあ」
彼も笑いながら、手に取ったパンを口の中へ運んでいる。
「それでも、少し驚いたよ。ゴブリンに襲われたんだってね」
緩んだ頬を少し締めてから、彼はさらに、言葉を続けてくる。
「え、ええ。4体と、あと森の方からも・・・・・・まあまあ」
「いや、それでもよく無事に帰って来たね。しかも1体やっつけたそうじゃないか。大したもんだよ、本当に」
そう言いながら、スタックスさんは残りの漬物をペロリと平らげた。
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
ぺこりと頭を下げてから、自分も残りの漬物とパンを、口の中へ持っていった。
食卓の彩りも少しずつ、茶色と白ばかりになっていく。
俺もスタックスさんも、おおかた食べ終わったかな、というところで、彼にある事を、尋ねてみる事にした。
「あの、1つ聞いてもいいですか?」
「うん?どうした」
眉を動かし目を向けてくる彼に、言葉を続けていく。
「その、今回護衛で向かった砦。あそこの見張りも、その・・・・・・仕事であったりとか、するんですか?」
何の事だろう、と言うように、ふっと目を外す支部長。
しばらくしてから、ああと手を叩いて、言葉を返してくれた。
「あれか。うん、そうだね。エディ君のやっている遊撃役が、次のタイミングで交代になるけれど。それの事かい?」
「はい、それなんですけれど・・・・・・」
頭の中でもう一度言葉を纏めてから、うんと口を開く。
「俺、次の交代で・・・・・・。その役目、出来ないでしょうか」
「うん・・・・・・うん?」
彼は驚いた様子で、少し言葉に詰まりながら目を見開いた。
「いや、アール君。そんなに無理しなくてもいいよ。その気持ちは嬉しいけれど、ちょっといきなり、君にお願いするのは・・・・・・」
申し訳なさそうな表情で、首を傾げながら辿々しく話す支部長。
彼の言い分も、心配も当然なものだ。
まだ入って間もない自分が、二つ三つと色んな仕事をしていく事が、危険だというのも分かる。
「ええ、そうですよね・・・・・・。それでも、それを承知でさせてもらえませんか?いずれやる事になると思いますし、それに────」
それに、という言葉に、彼も復唱している。
「俺がここで交代に入った方が、なんだか上手くいきそうな気もするんです」
真っ直ぐに、その目を見据えながら、そう言葉を続けてみた。
彼の表情は、渋い。
うーーーん、と低い声で唸っている。
やはり、言うべきじゃなかったかな・・・・・・。
自分で言っておいておきながら、険しい彼の顔を見ているうちに、なんだか申し訳ない気持ちが、ずんずんと強くなってくる。
ふと、手の動きがちらりと見えたので視線を向けてみると、セシリーさんが空いたお皿を重ねて、回収してくれていた。
彼女も既に食べ終わっており、あの切り分けられたオレンジもすっかり無くなっている。
他に目を向けてみると、自分の皿に乗ったオレンジ以外は、みんな空っぽになっていた。
「す、すいません」
「いえいえ」
ニコッと微笑み返した彼女は、残りの皿をヒョイヒョイと重ねていき、裏手の方へと歩いて行く。
ありがとう、ともう一度頭を下げてから、また視線をスタックスさんに向けて見ると、心なしか、眉も緩んで小さく、こくこくと、納得するように頷いてくれていた。
「うーーーん・・・・・・。うん、ありがたいんだが・・・・・・うーん」
小さくそう呟きながら表情を緩めたり、また眉を険しくさせたりしながら、何度も何度も頷いている。
どうなのかな、とまた目を向け直そうとした瞬間、うんと頷きながら口を開いた。
「アール君。本当に申し訳ない!やってくれると言うのなら、ぜひやってもらえないかな」
「い、いいんですか?」
断られるかも、と思いそうになった瞬間、彼が少し眉を緩めて口を開く。
自分から言っておきながら、彼の言葉に思わず驚きそうになってしまった。
「いや、正直なところ、エディ君とモーリーさんが上手くいっていないからね。他の皆も、彼と距離を置いている感じだし・・・・・・。その、申し訳ないね。入ったばかりなのに、色々気にさせてしまって・・・・・・」
頬を緩めながらも、苦い表情のまま、彼は言葉を続けている。
サンドヒルズさんの気難しさも分かったうえで───。
自分から、そう言ってもらう事にさせてしまい、すまない・・・・・・。
そう言うように。
「俺は大丈夫ですよ。それで少しでも、皆の力になれるなら」
俺の言葉にまた彼は小さく、すまない、と呟きながら頭を下げていた。
-続-




